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予感

 そこはまさしく辺境だった。


 東には〈スタート地点〉となった深い森が広がり、さらにその先に、幾つかの山々を経て〈世界〉を隔てる国境がある。陸続きでありながら、文化圏の切れ目であり、便宜上アースガルド大陸の東端と言えばそこを指す。

 西と南は越えることさえ困難な険しい山に囲まれ、開けているのは北方のみ。それも決して平坦ではなく、且つかなりの距離を行かなければ、最寄りの街にさえ到達できない。


 そんな世間から隔絶されたような場所に、ひっそりとレイス村はあった。


 生活する上ではとても便利な環境とは言い難いが、戦乱の世においてはむしろ恵まれた立地と言えるかもしれない。そこは戦略上、重要な拠点にもなり得ないことから、今のところ実際に戦禍を免れている。


「そのわりに、何だか物々しくねえ?」

 ソーマが疑問に思う理由は、彼の視線の先にあった。村は、木製の塀によってぐるりと周囲を囲まれていたのである。


「動物避けではないか」

 それ()あるかもしれない。ダイキの推測へさらに言葉を被せようとして、ソーマはそれきり口を閉ざす。

 ぽっかりと塀が途切れた、村の出入り口らしき箇所。そこに2人の少女が立っているのを認めたからだ。


「ソーマ様、ダイキ様、そしてハルト様ですね。お待ちしておりました」

 幾分緊張した面持ちで、ひとりが恭しく頭を下げた。金色のショートカットで背は低い。身体の線も細く、如何にも大人しそうだが、可愛らしい感じの少女である。


「姉上が血相を変えて飛び込んで来たから、どんなすごい人たちかと思ったけど……なんだ、あんまり強そうじゃないんだね」

 もうひとり、鮮やかに赤く、流れるような長い髪をツインテールに(まと)めた少女が、値踏みするように続く。先程の少女とは対照的に、いかにも活発そうな印象で、勝ち気な瞳を無遠慮に向けている。


「失礼でしょ、ジュリア」

 慌てて(たしな)める金髪の少女。


「申し訳ありません。彼女は何でもずけずけとものを言う性格で……どうかお気を悪くなさらないで下さい」

 小さい少女はさらに縮こまった。2人とも年はソーマたちと変わらないようだが、たまたま正面にいたダイキと比べると、まるで大人と子どもが向かい合っているようだ。


「むう……妹キャラ」

 真っ先に口を開いたのは、意外にもそのダイキ。


 ソーマたちも何かを言おうとするが、両手の掌をこちらに向けて、赤い髪の少女が遮る。

「詳しくは皆の所に行ってから。あたしたちは案内に来ただけだから」


「……と、ツンデレ?」

 王道の組み合わせ。ダイキのそれは、実に的を射た表現だったことが後に判明する。


 ──────────


 村の中はわりと広く感じられた。


 殆どが住居と思われる建物で、それもだいぶ年季が入ったものばかりだが、くたびれた印象は無かった。(むし)ろ村人たちは忙しそうに何かの作業に打ち込んだり、談笑したりして、それは活気に満ちていると表現してもいい。

 ただ、それと同時に何やら妙な違和感も感じる。その正体が分からず、ソーマはしきりに辺りを見回しながら歩いた。


 彼らのことは村人すべてに知らされたわけではないようだ。外からの訪問者が珍しいのか、好奇の目で彼らを振り返るものの、声を掛けてくる者はいない。


「やる気が沸いてきたろ?」


 きょろきょろする彼の行動をどう受け取ったのか、笑顔を見せるハルト。考えていたこととのズレに、思わずソーマは「はあ?」と間が抜けた返事を返す。


「だから、ほら」

 ハルトが目で示したのは、彼らを先導する少女たち。紹介された名前は、金髪の少女がリゼット、赤髪がジュリアだ。

「ダイキは大人しめの妹タイプが好みで、リゼットはまさにストライク。ソーマの好みはおっとりしたお嬢様タイプだから、今はまだ居ないけど、近いうちに登場するから」


「…………何言ってんだ、お前?」

 学年どころか全国でもトップクラスの頭脳を誇るハルトである。その彼がおかしくなってしまったのかと、赤点スレスレのソーマは本気で心配になった。

 しかしダイキはそうでは無かったらしい。彼の言葉を理解出来たらしく、いつになく真剣な顔でハルトを見る。


「むう、それは、つまり……」

「ゲームの中じゃ恋愛も自由ってこと。ただ戦いに明け暮れるだけじゃ面白くないだろ。僕は、どんなメンバーがいるのか調べあげて、ちゃんとそれも加味した上で〈勢力〉を選んだってわけさ」


 ハルトは満足げだ。


「ゲームのキャラと……恋愛?」

 何をバカなことを──と続けようとしたソーマだが、その瞬間、何故か脳裏にルシアの顔が浮かんだ。

 そのルシアも、前を行く2人も、感覚的には現実世界の女性と何ら変わりない。この世界で魅力的な女性に出逢った場合、「実際には存在しない」ことを強く意識しなければ、確かに感情を抑えるのは難しいだろう。

 ましてハルトは、それを「楽しめ」と言うのだ。


「このゲームが〈発売前〉からこんなに注目されてるのは、そんな自由度の高さが理由なんだよ。もうひとりの自分。もうひとつの人生。やるからには存分に楽しまないとね」

「ハルト……お前という奴は」

 その言葉に感激さえ覚えたのか、ダイキはすっかりその気になったようだ。格闘技一本だと思っていた友人の、意外な一面をソーマはみた気がした。


「じゃあさ……ルシアも?」

 恐る恐る、ソーマは訊いた。


「勿論。正直、年が離れてるからノーマークだったんだけど。いいよね、彼女」

 年上に憧れを持ち始める年頃だ。3人は惚けたように、凛々しくもどこか可愛らしい女剣士の姿を思い出した。

 ダイキに至っては、困ったような顔をして、早くも悶々と何かを悩み始めた様子。


「そう言えば〈姉上〉とか言ってたな。あのジュリアって娘、ルシアの妹なのか。何となく顔も似てる気がするし──実はお前も、あの娘が目当てだったりするんじゃねえの」

 軽くからかっただけのつもりだが、ハルトはソーマの指摘にビクッと身体を震わせた。


「な、何言ってるんだよ。僕の好みは知的でクールな大人の女性さ。あんなガサツそうな子どもじゃない」

 珍しく早口になって否定するハルト。その顔が段々赤みを帯びてくる。


「ほほう」

 してやったり。いつも自分たちに先んじて物事を知っていて、すべてを見透かしたような余裕を見せる友人の、弱味をついに握ってやった。

 これをどう使ってやろうか──意地悪そうにニヤリと口角を上げるソーマである。


「何か騒がしいけど……どうかしたの?」

 足を止め振り返るジュリア。彼らは急に押し黙り、赤くなって思わず視線を逸らした。

 早く誤魔化せ──いつもの如くハルトに振ろうとソーマが横目で合図を送るが、こういう時に一番頼れるはずの彼が一番焦っている。

 しかし運よく、話はそこで途切れた。


「着きました。こちらです」

 リゼットが示した建物。そこは村で唯一の宿屋だった。

「営業はしていません。村の方のご好意で、今は私たちが使わせてもらっているんです」


「──いよいよだな。当然、この中にいるんだろ。〈皇子様〉が」

 気恥ずかしさを紛らわす為か、無理矢理〈本題〉に引き戻すと、ソーマは真剣な眼差しで入り口の扉を見詰める。


「ただいまぁ。連れて来たよ」

 不審な3人組を別段気にするでもなく、ジュリアは元気な声を響かせる。後に続くリゼット。そしてやや緊張しながら、彼らもその中に足を踏み入れた。


「おう、来たか」

 至近距離で彼らを出迎えたもの──それは中年男性の、古傷にまみれた厳つい顔。


「うわっ」

 反射的に体が逃げた。入ったばかりの宿屋から転がり出る3人。

「や……ヤクザ?」

 重なり合って倒れた、その一番上にいたソーマが、振り返って思わず唸る。


「何だよ、初対面なのに随分じゃねえか」

 男は豪快に笑った。


 面白そうに上から覗き込む大柄のその男。身長こそダイキよりやや低いが、横幅は、鍛えているはずの彼を遥かに凌ぐ。腕回りは細身のハルトの胴くらいありそうだ。

 まったく手入れをしていない伸び放題の髭に加え、最近のものではない幾多の傷痕が、その顔を埋め尽くしていた。


「よさないか、クレイグ。お前の顔は初見に耐えない」

「ひでえ言い草だな、ルシア」


 クレイグと呼ばれた男を押し退け、奥から現れたのはルシアだ。


「すみません、さぞ驚かれたでしょう。さ、どうぞ中へ」

 彼女は改めて3人を招き入れる。


「……ヤクザに『お前』って言ったぞ」

「そりゃ、ルシアは貴族の娘さんだから」


 どうにか身なりを取り繕いながら、今度こそ彼らは宿屋の中へ。


 城でも宮殿でもなく、小さな村の、仮住まいの宿屋。そこから、彼らの戦いは幕を開けるのだ。

 身を引き締めた彼らの中で、新たな出逢いに対する期待と不安が交錯する。


「ようこそお越し下さいました、〈予言の勇者様〉」


 目上の存在として礼を尽くされたソーマたち。彼らは、集まった面々の中心にいる人物──彼らと年も変わらぬひとりの少年──によって、歓迎を受けた。

 彼こそが、反乱によってその地位を奪われた、〈旧〉アースガルド帝国皇子、セリム・レイアースである。


 体格こそ15歳の年相応であるが、その物腰は随分と大人っぽく、落ち着いて見えた。ひとつひとつの動作が気品を感じさせ、しかし弱々しくは無い。堂々と真っ直ぐに伸ばした背筋は何者にも媚びず、既に人の上に立つ者としての風格さえ備えている。

 春を想わせる爽やかな、明るい緑色の髪。そしてその経歴から予想される薄幸など微塵も感じさせない、輝くようなその瞳。それは彼らを見、まるでその先にある未来まで見通しているかのようだった。


「初めまして、皇子様」


 ぱっと見た印象だけで、ソーマにある予感が沸き起こった。これから一気に加速するであろう時代の激流を、彼と共に乗り越えて行くことになる──そんな、漠然としつつも確かな予感。


 これが、住む世界の異なる少年たちと皇子との、邂逅(かいこう)の瞬間であった。

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