アップデート
この声はーー
「……ゼウス…!!?」
一体何故、頭の中に。
周りを見回すと、紗理奈や光輝、七瀬、
それに他の全生徒達も、一様に耳を抑え、困惑している。
「…!?なにこれ…!?」
七瀬が震え声で言った。
『急にごめんね
えーっとね~
この世界での君たちの生活を、前の世界となるべく似たようにしたかったんだけどね~
まぁ難しかったワケだよ☆』
…何が言いたいんだ……?
『人間達を創るのにちょっと手間取ったけど、ようやく完成したよ♪
アップデート内容
新エリア、《街》☆
並びに新システム、《通貨》☆』
…街?
通貨?
『街には僕が創った人間達も配置してるよ☆』
創った…
つまり、先生達と同じ部類。
『街にはデパートとか色々あるからさ
残り一年の猶予を、なるべく楽しんでほしいんだよね♪』
この前 学校から脱走しようとした事もあったが
門を出て直ぐの所で、カグの欠陥を発見したので、結局学校の外を殆ど見る事なく帰った。
この世界には、街は無かったのか。
それにしても…
何故こいつはこんな事をする…?
俺達の事を思って言っている訳ではないのは一目瞭然だが
…いや
分かっている。
きっとこいつは、楽しんでいるんだ。
己のおかされた状況に絶望する 人間達を。
そして残された生涯の中で、俺達がどう足掻くのかを。
ーーその余裕が、仇となる
エリアを広くすれば、当然欠陥を発見される可能性は高くなる。
俺達は絶対に見つけてみせる。
そして、 皆で帰るんだ。
ーー元の世界に。
『通貨はお小遣い制~☆
月の始めに、それぞれの引き出しに入れておくね~
あっ、本人以外は開けれない様に引き出しはロックされてるから、盗まれる心配はないよ☆』
そうだったのか
引き出しなんてあんまり使ったことなかったから 知らなかった。
『学食はこれまで通りタダでいいからね♪
以上でアップデート内容の解説はおしまいで~す♪
みなさん さよーなら~』
そして、ゼウスの声は聞こえなくなった。
暫しの沈黙が、この教室を支配する。
「…街を実装した、って言ってたな…」
光輝は呟いた。
「うん…
あの人は 私達に何をさせたいんだろう…」
「…分からない」
そこで、朝のホームルーム開始の予鈴のチャイムが鳴った。
「…この話の続きはまた後ね」
「だな」
七瀬が締めくくり、紗理奈と共に席へと戻って行った。
…そういえば、紗理奈と七瀬の席は隣同士だったのか
ちなみに俺は 光輝の前の席だ。
ゼウスに生み出されたといわれる先生が入室し、朝のホームルームが始まる。
放課後
生活部、部室。
長テーブルを挟み、片方に俺、光輝
もう片方に紗理奈、七瀬、カグが座る。
「カグは今回の事…どう思う?」
「どうと言われてもな…
奴なら、施設や人間を創り出す事など容易いだろう。」
「いや…そうじゃなくて…」
「春樹くんが言っているのは、ゼウスさんの目的についての事なんじゃない?」
「…うん
こんな事をした理由は何なのか
…分かるか?」
「ん~…単に面白がってるだけなんじゃねぇの?」
「うむ…その線が妥当だろうな」
「そんな…そんな事して何が楽しいの…?」
「己の掌の上で、絶望したり喜んだりする人間達を見るのが楽しいのだろうな。
何せ奴は、人間に対し人一倍 関心があるのでな」
「そうなのか?」
「ああ…以前奴が言っていた。
しかしいい意味でではないがな。
奴は人間を弄び、楽しんでいるだけだ。」
「…ハッ、いつまで んな悠長な事言ってられっかな!
トラウマになるほどボコボコにしてやんよ!!」
「そ…そうよ!私達があいつを倒すんだから!」
「そうだね!
がんばろー!」
「ふむ…なんだか不思議と団結感があるな‥」
「……つか腹減ったな」
「もう…まだ5時だよ~光輝くん」
「そりゃ生きてりゃ腹も減るもんだ、食堂行こーぜ!」
「では妾は元の空間へ戻っておくとするか。
春樹、頼むぞ」
「わかった」
俺は雲行きが怪しくなりつつある空をカーテンの隙間から覗きながら、カグを鍵で元の空間へと戻した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
まだ人が少なく 広さが際立った食堂で、俺達四人はテーブルに腰を下ろした。
「んじゃ俺、先に注文してくるわ!」
光輝はテーブルを決めるや否や、注文口まで走って行った。
そんなに腹が減ってたのか。
「それじゃ、私も行ってくるね」
そう言った紗理奈も、光輝に続いて行った。
注文に行く時は、メンバーの半分が荷物番をするのが普通だった。
‥まぁ、この人の少なさでは、盗まれる事はまずないだろうが。
今回の荷物番は、向かい合って座っている俺と七瀬となった。
「ね‥ねぇ‥…蒼」
その時、七瀬が口を開いた。
「ん?」
「あのさ‥、
‥今日ゼウスが、街を創ったって言ってたよね‥?」
「言ってたな 」
「そ‥それでさ…
えと……
明日 一緒に…行ってみない‥?」
七瀬は顔を紅潮させながら、そう言った。
「ほ…ほら!
明日 休日だし…!
創られたばっかりだから、欠陥も見つけやすいかもだし…!」
真っ赤な顔で、早口で捲し立てる。
「そうだな…うん、俺はいいよ」
「ほ…ほんとに!?」
「うん
後で光輝と紗理奈にも言っとくよ。」
「へ…いや……あ…
あぁ…うん…そうね……」
「………鈍感バカ」
その言葉は余りにも小さく、俺の耳には届かなかった。
俺は紗理奈と光輝に、明日一緒に街へ探索に行こうと告げた。
光輝はこちらをやれやれと言いたげな目で見つめ、
七瀬はやけに不機嫌な気がしたが、
‥多分気のせいだろう。
俺何も悪いことしてない…と思うし。
楽しく夕食を食べ終えた俺達は、寮へと戻ることにした。
西階段を降り、昇降口を目指す。
が
廊下の窓が視界に入ってきた時
気づいた。
外で、雨が降っている事に。
「げっ…雨じゃん!!」
光輝の声は、廊下中に反響した。
普通なら、何故雨ぐらいでこんなに焦るのか、と思うだろう。
しかしそれは仕方ない
何故ならーー俺達は、傘を持っていないから。
「結構強いね…
この世界で雨が降ったのって、初めてだね」
紗理奈が呟いた。
そう
この世界で雨に遭遇したのは、今回が初めてなのだ。
この世界にも雨は降るんだな
「この雨じゃ、傘無しで帰るのは無理そうね…」
「職員室に行ったら在るんじゃないか?」
俺の元いた学校では職員室に行けば貸してもらえたので、そう提案した。
「んじゃ ま、行ってみるか!」
雨など意にも介さないような元気で、光輝はそう言った。
「失礼します」
先陣をきり職員室に入って行ったのは、紗理奈。
人当たりがいいので、彼女ならなんとかやってくれるだろう。
「外に雨が降っているので、傘をお借りしたいんですが」
はっきりとした声で言った。
すると職員室に居た1人の眼鏡を掛けた女の先生が応答した。
「分かりました
そこに置いてある傘を使って
明日にはきちんと返却するように。」
そう言った先生は、入口のドア付近を指差した。
そこにあったのは、無数の傘が立ててある傘立てが数十個。
恐らく、全学年の全生徒分。
「ありがとうございます」
俺達は傘を四本 借り、職員室を後にした。
昇降口で下履に履き替えた時、光輝が突然
「おっ そうだ。
俺ちょっと七瀬に話したい事あるから、2人は先帰っといてくれ」
と言い出した。
「はっ…は?話って何よ??」
困惑した七瀬が言った。
「まぁいいからいいから。」
と言うと、光輝は七瀬の手を引いて校舎内へと歩いて行った。
ーー怪しい
まさか…告白とか!??
…いや、光輝に限ってそれは無いな
超気になる…が、そっとして置いてやろう。
無駄な検索はしない事にした。
「ムフフ…さては なっちゃんに告白でもするのかな!?」
小悪魔的な笑みを浮かべた紗理奈
「いや…あの光輝だぞ?
それはない…と思う。」
「…確かに…
む~っ、そういう展開期待してたんだけどな~」
口を尖らせ、もの惜しげに言った。
「期待してたのかよ…
ドラマの見過ぎだ」
「う…否定出来ない…」
そんな事を言いながら、俺達は傘をさし寮へと向かう。
しかしその途中、事件は起こった。
…まぁ事件って程大層なものではないのだが
寮まであと半分程の地点で、突然強い風が吹いた。
その時
紗理奈がさしていた黒の傘がひっくり返り、その骨がボッキリと折れた。
「あ………」
「あ……」
なんてこった…
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俺の右肩に、もう一人の左肩が軽く触れる。
柔らかく、温かい。
冷たい雨の中、その温もりは俺にとても安堵感を与えてくれる。
心臓の刻む律動が、俺の制御を無視して先へ先へと進んでしまう。
「‥濡れてないか?」
「うん…大丈夫。ありがと」
そうーー俺達は今、相合傘をしている。
初めは傘を紗理奈に貸し、俺は走って寮へと帰るつもりだった
当然だ、病み上がりの彼女を雨に濡らす訳にはいかない
それを告げたが、あっさり否定されてしまった。
そして彼女の提案で、相合傘をする事になってしまった。
彼女は嫌がっていないのだろうか。
そう思い、横目で彼女の顔を覗いた瞬間ーー
ばっちりと、俺と紗理奈の視線が合ってしまう
「「あっ‥‥‥!」」
その瞬間、慌てて互いに視線を逸らした。
まずいまずいまずいまずい
完全に、俺が紗理奈のことを見ていたことがバレてしまったーーーー
だが心なしか、紗理奈も顔が紅潮しているようだった。
同じ傘の下で、俺達は肩を並べ歩く。
まだ緊張はとれない。
俺の心音が、隣に聞こえそうな程に高ぶる。
この瞬間が、いつまでも続けばいいと
ついそんなことを考えてしまう
「‥ねぇ、春樹くん」
不意に、紗理奈が口を開いた。
「‥?」
「‥‥なっちゃんの事‥
どう思ってる‥‥?」
「‥七瀬?
俺は‥いい友達だと‥」
「‥そっか」
一瞬
ほんの一瞬だけ、彼女の顔に安堵の表情が見えた気がした。
「い‥‥いきなりどうしたんだ?」
「‥‥んーん、何でもない!
ーー明日のお出かけ、楽しみだね!」
紗理奈は笑顔をこちらに向け、そう言った。
「あぁ‥‥そうだな」
ーー恐らく明日は、欠陥を見つけやすい筈。
何せ創られたばかりであり、ゼウス自身でも発見出来ていない可能性が高いから
勿論、元々 街に 欠陥が存在しないという可能性だってある。
俺達が発見できる確率は、限りなく0に近い
‥それでも
だった一日で欠陥を発見した俺達なら、可能かもしれない
そう思えた。
そして、翌日。
俺達は再び、神官の襲撃に会う事となるーー