炎の鍵
その日の夜中、3時ごろ。
突然、部屋の扉がノックされた。
…?…誰だよ…。
その音に、俺は現実に引き戻されてしまった。
しかし紗理奈の方は全く起きる気配が無い。
仕方なく俺はベッドから降り、扉をあけた。
「うぃっす!」
立っていたのは、眠たさなど微塵も感じさせない様子の光輝だった。
うぃっすじゃねぇよバカ。
「なんだよ…今夜中だぞ…?」
「今からよ、学校 抜け出そうぜ!」
彼は猫目を輝かせながらそう言った。
とても深夜であるとは思えないテンションである。
「…はあ?」
訳が分からない。
「だってよ、欠陥を見つけるには色んな行動が必要なんだろ?
じゃあまずは、学校抜けてみようぜ!
ナンパも兼ねてよ!」
こんな時間にナンパする相手がいるわけないだろ。バカ。
欠陥に関しては確かに一理あるかもしれないが…なにしろ眠い。
「光輝くんの言うとーり!
色んなことしなきゃだよ!」
後ろには、眠りについていたはずの紗理奈が立っていた。
「ぎゃああ!!寝てたんじゃないのかよ!」
「二人がなにやら面白そうな会話をしている香りがしまして‥‥」
なんなんだよその嗅覚。動物か。
「んじゃ、いこーぜ!
わくわくミッドナイトの冒険へ!」
ーー校門ーー
「クライミング!クライミング!」
「おい声でかいんだよ!」
俺達は今、正門をよじ登ろうとしている。
始めに光輝、次に紗理奈、最後に俺。
光輝の騒がしさは、今が深夜であることを忘れさせてくれそうなほどだった。
迷惑ではあるが、暗い気分にならなくて済むことに関しては礼を言うべきなのだろうか。
そんなことを考え、俺が門から飛び降り、着地した刹那。
俺の頭を、激しい痛みが襲った。
「……ッ…!!!?」
脳神経が灼ききれる様なーー鋭い痛み。
「うっ…ああぁぁああっ……!!!?」
痛みは増していき、膝から崩れ落ちた。
「春樹!!?」
「春樹くん!!!」
2人の声が徐々に遠ざかり、視界がシャットアウトしていく。
そして俺の意識は、暗闇へと沈んで行った。
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「…う…。」
強烈な めまいと共に、俺は目覚めた。
「どこだ…ここ…。」
闇。
そう呼ぶにふさわしいほど、暗い場所だった。
光一つなく、自分の身体すら見えない程に暗かった。
『ーー貴様の、名は?』
どこかから声が聞こえた。
澄んだ女性の声だ。
『もう一度問う。貴様の、名は?』
怖い。怖いよ。
聞いてどうするんだよ。
闇のノートに名前でも書くつもりですか。
「蒼……蒼、春樹。」
俺は恐る恐る答えた。
『…そうか。
貴様は妾を解放した。』
何を?死神をですか?
『憎きゼウスに封印された妾を、貴様は解放したのだ。世界の欠陥を見つけ出して、な。』
ーーこの声の主は、ゼウスを知っているのか?
「そういうあんたは誰なんだ?
人に聞いといてだんまりはなしだぞ」
その問いに、そいつは衝撃の答えを返した。
『妾の名は、カグツチ。炎の神、カグツチだ。』
ーー神ぃぃ!!!?
「…ゼウス以外にも、神がいるのか!!?」
『当然だ。しかし、奴は天空神ーー世界の管理者である。
妾達では敵わず、このような場所に封印されたのだ。
貴様は、欠陥に触れた。
そのために、ここへ来たのだ。
…妾と、契約を結ぶために。』
「ーー契約…!?」
そんなどこぞの白猫みたいなことを言われても、思考が追いつかない。
『妾1人では、この空間を抜け出せぬ。人間の助けが必要だ。
そして貴様にとって妾は、ゼウスに対抗しうる唯一の手段だ。』
ーーゼウスに対抗する、手段。
つまり元の世界に戻るための手段ということか。
『妾の力だけでは無力に等しいがな。だが、多くの神々との契約を以てすれば可能かもしれん。』
「ん…?ちょっと待ってくれ。俺はいつ、欠陥に触れたんだ?」
カグツチは、声のトーンを落とさず言った。
『今日の 午前3時19分、X座標12546.864、Y座標365244.23.Z座標1243.95の位置で、この空間との境界が消滅したのだ。』
……!!?
そこに偶然、俺が居たのか…!?
余りに不可解な出来事だったが、信じるしか方法は無かった。
俺は既にもう、信じられない事柄に出会いすぎている。
「イマイチ信じられないんだが…その、契約ってのはどうするんだ?」
『至極簡単だ。
これを、貴様に捧げる。』
すると俺の眼前に、一つの赤い光の玉が現れた。
人魂の様な光は俺の手のひらに落ちると、輝きを消した。
上空の紋章の仄かな灯りに照らされたのは、ドクロがついた《鍵》だった。
不気味めいたその骸骨が、少し俺の少年の心をくすぐる。
これをカッコイイと思ってしまうのは‥仕方が無い。そう思い込む。
『それは妾を解放する、炎の鍵だ。
いつでも呼び出すがよい。』
そして俺の視界は、再び閉ざされた。
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「……春樹!!!」
「……?」
俺は、光輝の声で目が覚めた。
「春樹くん…!!よかった…。」
そう言ったのは、半泣きの紗理奈だった。
嗚咽と共に、微かな吐息が寝転がる俺に届く。
深夜のテンションもあいまってか、彼女を異性として意識せざるを得ない。
ここは道路の上ーー俺が頭痛で倒れた場所だ。
「大丈夫か!?生きてるかのか!?死んでるみたいな顔面してるぞ!?元々か?」
光輝はそう茶化した。
俺に気力があれば目潰しをかましていたところだ。
一体何が……あ。
「そうだ…思い出した。俺は、カグツチに会って来たんだ…。」
右手に握られたドクロの鍵を見せ、俺は説明した。
ゼウス以外にも神がいる事、偶然欠陥に触れた事、それがカグツチの所へと繋がっていた事。
そして、ゼウスに対抗する手段を手に入れたかもしれない事。
「すげぇ!!俺ら、一日で欠陥見つけたのかよ!!」
光輝が、興奮したように叫んだ。
「うん…すごい!この調子なら、もっともっと見つけられるよ!」
そうだーーマグレとはいえ、一日目で欠陥を見つけ出したんだ。
きっといつか、元の世界に戻る事ができる。
「そういえばカグツチが、これで妾を解放出来る 的な事を言ってた…。」
これ というのは、当然鍵の事である。
「召喚とか出来るんだろ!?
どんな超絶美女が出てくるんだ!?」
それはラノベの読みすぎだ。
「簡単に言うなよ…。」
やり方が分からない。これでは、せっかく見つけた欠陥も意味がない‥‥
そう思い鍵を見つめていた時、鍵が紅く輝いた。
それは俺の目の前に集まっていき、人の身体を形どっていった。
どんな化け物が現れるかとドキドキしていたのだが
ーーおかしな点が一つ。
燃えるような紅い髪は、両サイドにくくられている、いわゆるツインテール。
大きな眼球も同じく紅く、強い眼差しをしたつり目。
巫女装束のような白い服を纏った姿は、なんと身長 約ーー130cm。
「「「ーー子供じゃん!!!!」」」
3人の声が、見事に重なった。
「ぶふっ‥こ、これがカグツチ…?これがカミサマ‥?」
光輝は、爆笑するのを堪えながら言った。
次の瞬間
ゴスッ
現れた少女によって、光輝の右足が勢いよく踏みつけられた。
「いっ…てぇぇぇ!!何すんだガキィィ!!!」
再び踏みつけられる。
そして悲鳴。
「貴様…妾に向かって《これ》、《ガキ》だと…?」
少女は、たっぷりと殺気を秘め、そう言った。
「妾は偉大なる炎の神、カグツチであるぞ!!!!」
年相応の可愛らしい声。
小さな子が女王様を真似た だけにしか見えない。
「か……。」
紗理奈が、口に手を当て、そう言った。
「ーー可愛い~っ!!!!!」
目が輝いている。
「可愛い…だと!? 神に向かって身の程知らずな…。」
セリフとは裏腹に紅潮している顔が、照れを隠せていない。
「私、花宮 紗理奈! よろしくねカグちゃん!」
カグちゃん?
えらくフレンドリーな呼び名だな。
「カグちゃんだと!!?カグツチ様と呼べ!」
「怒ってる~!可愛い~!!」
まるで聞いている様子がない。
「舐め腐りおって人間め…!
…ところで、蒼というのは貴様か?」
俺を指差し、そう言った。
「えっ‥あ、ああ。」
くそッ、俺はこんな幼女相手でもキョドってしまうのか!!
沈まれ我が滑舌よ!!
するとカグツチは、頭を下げた。
「……よくぞ妾を解放してくれた。礼を言う。
貴様が居なければ、妾はこの先も、あの空間に閉じ込められていただろう。」
「いや…そんな…礼を言われる程じゃ…。」
「そーそー!俺らはこんなちんちくりんじゃなくて高身長美女を期待してたんだよ!」
足の痛みがようやくとれた光輝が言った。
それはお前だけだ。
「貴様 無礼な…!焼き尽くしてやろうか!」
「やってみろガキ!! 捻り潰してやる!」
「ちょっとやめなよ光輝くん!
子供相手に 大人気無いよ!」
「こどもっ‥‥!!貴様ら揃いも揃って…!!」
こうして 騒がしい仲間が1人、増えた。
カーテンから差し込む朝日によって、寮のベッドで俺は目を覚ました。
不意に、腹の辺りに違和感。
妙に温かい。
嫌な予感は、的中した。
赤髪の少女が、気持ち良さそうにこちらを向いて寝ている。
シャツと、短パンだけで。
「んなぁあぁぁああぁぁ!!!!」
俺は飛び起きた。
俺は昨日寝る時、確かに鍵でカグを、前にこいつが居た空間に戻した。
ーーちなみにカグツチの呼び名はこれで定着したーー
はずなのに、俺のベッドでこいつは寝ている。
しかも、こんな露出の多い服装で。
昨日の 巫女装束みたいなのはどこいったんだよ…!
ーーいや別に俺にロリコン要素は皆無なのだが、如何せんこの見た目なので 倫理的にoutだと感じてしまうのだ。
いや別に、可愛いのは否定しませんよ?ええ。
そんな思考を巡らせていると、少女は目を覚ました。
「…?何を騒いでいるのだ…?」
「お前のせいだ!てゆーか、何で俺のベッドで寝てるんだよ!」
「ち…違うぞ!
別にあの空間がさみしかったから自分で出て来たとか、そういうのでは断じてないぞ!」
可愛いなおい。
中身も外見も年相応じゃないか。
昨日深夜4時ごろ、俺達はようやく部屋に帰った。
俺と、何故か一緒に寝ろとうるさく言ってくるカグをなんとかなだめ、俺達は眠りについた。
そういえばちょうど昨日の朝も、ルームメイトが女子だと知って、仰天していた。
この世界に来て、まだ一日しか経っていないんだ。
昨日は本当に、本当に長かった。
「…それで、その格好は何なんだ?」
俺はカグに尋ねた。
「装束が邪魔だったのでな。」
そう言ったカグは、下ろした髪を左右に結い始めた。
今は朝6:50分。
個人用のタンス ーー着替えなどが入った小さなものーー から、カッターシャツとブレザーと学生ズボンを取り出し、着替えと洗顔と歯磨きのために洗面所へ行く。
ちなみに、紗理奈はまだ睡眠中。
俺は着替え終わると、紗理奈を起こした。
「紗理奈~、起きろよ~!」
「ふえぇ…?」
寝ぼけている。まあ、昨日は遅かったから仕方ない。
俺はカグが居たせいで、完全に目が覚めたが。
「朝だぞ~!」
しぶとい紗理奈をなんとか起こし、カグをあの空間に戻した。
どうやらこの鍵は、あの空間と、この世界をつなぐための道具のようだ。
鍵で呼び出しても、自力でもカグは移動出来るらしい。
ただ、学校の間は移動されると困るので、あの空間に居てもらう事にしている。
紗理奈は用意を済ませ、言った。
「ーー春樹くん、行こ!」
同時刻
ーー神の間ーー
『ゼウス様、ご報告がございます。』
白い騎士の様な服装をした男が、片膝を付き、言った。
『ん~?なにかな~?』
ゼウスは、柔らかなソファにもたれ、飲み物を啜っている。
『本日、新世界にて、欠陥が発見されました。』
『へぇ…?』
突然、目の色が変わった。
『どこに干渉したんだい?』
『炎の神、カグツチの空間です。
解放されました。』
『カグツチちゃんかぁ~、あの子苦手なんだよね~。
にしても、一日で見つけ出すなんて…僕も一通り探したんだよ?』
『存じております。』
真剣な眼差しで、ゼウスは言った。
『やっぱり、僕が直々に選んだ人々なだけのことはあるねぇ‥‥
で、それは誰だい?』
『蒼 春樹 という者です。』
『あーあの冴えない子か‥‥なかなか稀有な「運命」を持っているんだね。
もしかして【擬き】なのかな‥‥?』
一息つき、続けた。
『たった一日で…。マグレか、それとも…。』
『…天照さんの御加護でも受けているのかねぇ…。』
懐かしむような口ぶりで、彼はそう呟いた。