飛び立った独りの鳥-夜
夜風になびく私の羽毛がなんとも心地よさげに見える今日この頃、
今は無き自分の巣に少しだけの愛着を抱く。
いくら心地よさげに見えた所で
長く、長く飛び続けるのも疲れてきたので、
大木の枝で休む事にした。
寒さと共に頭を巡る記憶がいくつか引き出されていく。
そういえば私の巣に移ったと言われるあの鳥の家族は元気だろうか。
外に絶望せずに楽しく生きて欲しいものだなと思う私は偽善なのだろうか……。
私があの巣を去ったのは赤燕がこの世界を去ってからだが、
私も昔、あの巣は赤燕からあの巣を譲ってもらったことを思い出す。
過去に想いを馳せながら上を向くと、
空にはたくさんの星々が煌き瞬いていて。
少しだけ、ほんの少しだけ。
巣から飛び立つ前に外の世界を見た時の気持ちを思い出してしまったようで、
なにやら少しだけ恥ずかしさが灯ってくる。
【止まり木に使っている大木の下から此方へ向かってくる音が小さく響く。 】
しばらくすると音は暗闇の中へと溶けていった。
誰かが大木に身体を預けているようだったので、
私は静かに声をかけた。
「やあ、お嬢さん。
こんな夜更けに眼を腫らしてどうしたのかな? 」
私から声をかけられた少女は、
ビクりと身体を震わせて私が留まっている枝へと顔を向ける。
仕方ないので下に降りるとしよう。
【人の姿に形を変えて。 】
長い黒髪に緑色の眼、
慎ましい程小さな胸を有する私の性別はメスだ。
私は、少女が驚かないようにゆっくりと隣に腰を降ろした。
「ふう――改めましてこんばんはお嬢さん。
今日は良い星空だね。
こんな夜更けに君はいったいどうしたのかな? 」
出来るだけ優しく、
相手を撫でるように穏やかな表情で少女へと問う。
少女は、少しだけ口ごもりつつ、
「お父さんに逢いたいの。
お父さんはお空の上のお星様になったんだってお母さんが言ってたのっ
でも……私にはどのお星様がお父さんなのかわからないの。 」
と、小さな雫をいっぱい眼に浮かべて言ったので、
私は衝動的に少女の小さな身体をぎゅっと抱き締めてしまった。
少女は驚いたようだった。
抱き締めている少女の身体は少しだけ温かったが、
とても冷えていた。
それは身体だけではない。
心の中も冷えていたのだ。
私が抱き締めている間、
少女の身体は強く、強く震えていた。
こんな夜更けに母親に黙って家を出てきたことに対してなのか、
父親が本当はもう何処にもいないとわかっているからこその悲しみなのか。
この少女にとっての重い真実など私にとってはどうでもいい。
だから私は、
少女の頭を出来るだけ優しく緩く撫でながら、
小さく長くこう零した。
「大丈夫だよ。
君のお父さんはたくさん有る星の中で、
一番大きく輝きながら、君と君のお母さんの事を優しく強く見守っている。
君だって直ぐに見つけられるさ。
さあ、涙を拭いて空を見てみようか。 」
しばらくの沈黙が風と共に通り過ぎた頃、
私の身体から小さな重みが消え、
涙に濡れた少女の顔が星空を見るために上を向く。
そんな時、
少女の視線の先に、
とても大きく輝きを放つ一筋の流れ星が見えた。
流れ星を見た少女は、
小さく「わあ」と零したかと思うと、
静かに眼を瞑って、
しばらくそのまま動かなかった。
その後も流れ星はいくつか空を駆けて行ったけれど、
少女が眼を開いたのは、
流れ星が通り過ぎた後で、
星がまた静かに煌き始めた頃だった。
私は少女に、
何をしていたのかと問おうとしていたのだけれど、
何処となく表情が明るくなっていた少女は、
そんな私に、
「さっきねっ
お父さんにお願いしてきたの!
わたしが大きくなってもちゃんと見ててねって!」
なんて言ってきたので。
胸の中が少し熱くなった私は、
「そっか……
今からはもっと冷え込む頃だよ。
お母さんも心配して待っているだろうし、
もう帰った方がいいね。
なんなら私が一緒に帰ってもいいけれど、どうする? 」なんて答えてしまっていて。
何を言っているのかと思ったが少女の顔を見れば、
一緒に帰ることを望んでいる眼差しが視界に入ったので。
仕方なく。
本当に仕方なく。
手を繋いで少女の案内付きで共に歩き始める。
どうやら、少女の話を聞くに。
この場所から少女の家までは少し長いようなので、
私の昔話をしながらゆっくり歩いて行くとしよう。
少女が風邪を引かない程度に。