逆境と秘策
お久しぶりの時雨です。今回はvsフレックスの方に戻りますよ。
Let’sスターズが圧倒的な実力差に打ちひしがれるなか、ピッチの外に立つ者は何を思うのか。それではどうぞ。
「そんな…」
呆然と立ち尽くす裕子。あの裕子が反応すらできなかった…。
「たった一人に、なにもできなかった」
「ここまで実力に差があるのかよ…」
敷浪のプレーは他のみんなに大きな絶望を与えるのには十分な威力を持っていた。だが、
「おいおい、まさか1点取られたくらいで諦めた訳じゃねぇだろうな」
「無失点なんて都合のいいことさせてくれるチームじゃないだろう、フレックスは。大丈夫だ、あいつらにだって俺たちのサッカーは通用する」
「でも、あの速攻が通用しなかったんじゃ…」
「勇、なに情けないこと言ってるんだい?僕たちは奇襲だけで勝ってきたような薄っぺらいチームじゃないだろう?」
拓巳が笑う。でもその瞳は敷浪のプレーでは、あの程度のプレーでは自信は揺るがないことを私たちに訴えかけていた。
(そうだ、まだ始まったばかりじゃない)
心から絶望と恐怖が消えていく。そして私は僅かに残ったモヤモヤを吹き飛ばすように声を張り上げた。
「さぁ、まず1点!とっていくよー!」
「おぉー!」
みんなの目にも再び闘志が宿った。そして全員がポジションに付く。
「いくぞ、静音」
「うん」
修麻からパスを受け、試合が再開する。
私は再びドリブルでフレックス陣内に切り込んでいく。みんなが上手くプレッシャーをかけてくれているおかげで陣内中盤まで難なく上がることができた。と、右サイドにいたディフェンダーが駆け上がり私に対応してくる。
「先には行かせない」
(ディフェンダー、重心が右によってるから左に…」
私が左へ揺さぶりをかけるとディフェンダーも予想通りと言わんばかりに反応する。
「と見せかけて右っ!」
お返しの意味を込めて準備していた通りステップを右に切り替え、トップスピードで抜き去る。海や修麻ほどではないが並み以上のドリブル技術はあると自負している。
「よし、これなら…っ!?」(なんでこんなところに…)
私の前に立ちふさがっていたのは敷浪だった。ある種の威圧なのかはたまた天才特有のオーラなのか前に立たれるだけで体がこわばっていくのが自分でも分かる。
「くっ、しゅうっ!?」
敷浪を回避しようと思って修麻にパスしようとしたけれど既に二人のマークが修麻に付いていた。見渡せば海と拓巳にも付いている。悪いことに攻撃の起点を失ってポジショニングが乱れてしまっている。
「くっ」
私は無謀だと分かりながらも敷浪に勝負を仕掛ける。さっきのディフェンダーに通用した技も小手先程度にしか思われていないのか、ピッタリとついてくる。刹那、近づいてきたディフェンダーの足音に思わず意識を移した。
「えっ…」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。何かを追うように後ろを振り向くとボールを取り、ドリブルをしながら駆けていく敷浪の後ろ姿が見える。ここから2点目が取られるまで、そう時間はかからなかった。
※
試合経過を見ながらフレックスの監督である飯田は不敵な笑みを浮かべていた。
「警戒すべき選手も西堂のみだったか。予想外の実力者もいたようだが、問題ない、所詮県大会レベルの天才。本物である敷浪の敵ではなかったか」
三度目の笛が鳴るが彼にとって試合などもうどうでも良かった。と、右サイドバックのポジションに目を向ける。現在は先ほど静音に抜き去られた白見が入っているポジション、そこにある少年の姿が脳裏に浮かぶ。
(確かに今の最強は敷浪だ。ドリブル面、シュート面、ディフェンダー面、どれをとってもあいつに勝つことはできないだろう。だが、奴は次元が違っていた)
彼を一言で言うならば間違いなく『影』だ。敷浪のように華麗に抜き去るのでも、鮮やかに点を取る訳でもない。だが彼の前に立つと一番に思うのだ、「勝てない」と。それは恐怖でもなければ諦めでもない、まるで決定事項のように突きつけられる現実という名の実力差。そして相対した者は言う「まるで幽霊を相手にしているようだ」と
(あれは才能という言葉が陳腐になる。それほどだった、奴は。なのに、なぜいなくなったんだ…)
プレースタイル、行動、ポリシー、その全てが変わっていた。いや、歪だったとも言える。決してシュートを打たない。まるで人を喰ったようなプレー。全てを見通したかのような動き。それらを賞賛する声もあれば批判する声もある。しかし飯田は知っていた。賞賛だけされる者は一流であることを、しかし賞賛と批判、共にある者は超一流であることも。そしてその少年は…。
その時、3点目を告げる笛が鳴った。
●
「強すぎる…」
「今までのはウォーミングアップ代わりなんて言うんじゃねぇだろうな」
そう思ってもおかしくないほどフレックスの動きは違っていた。
「これじゃぁ、もう」
雄二がそう呟く。と、
「くくっ」
「裕子?」
「アハハハ」
沈み込む空気の中、裕子が突然笑い出した。
「どうした?ついにねじが飛んだか?」
「いやぁさぁ、ゾクゾクするなぁって思ってさぁ」
この発言にみんな一瞬ポカンとしていたけれど、その意味に気付いたのか修麻がニヤリと笑う。
「なるほど、逆境ってわけか」
そう言われ、私もその意味にようやく気付く。
「遅すぎるよ、エンジンかかるの」
「ごめんごめん、なんてったって久しぶりだからさ。こんな逆境」
アニメとかによくいる逆境になった途端に強くなるキャラクター。裕子はまさにそんな存在だった。普通のチームならはっきり言ってはた迷惑な存在だろうけど、このチームの特性を考えればこれほど頼りになる存在はいない。そしてこの裕子の笑い声は周りのみんなにも伝染していく。
「あぁ、そうだな。確かに…面白くなってきたな」
「ドラマチックじゃねぇか。ここから逆転だなんて」
(忘れてた。このチームって逆境になった途端に張り切りだす、相手からしたら迷惑極まりないチームだったってこと)
全員に活力が戻ってきていたとき、修麻は海を呼び寄せ、こう囁いた。
「海、あれやるぞ」
「あれ?あぁ、あれか。だが通じるのか?」
「本気を出していなかったのはボランチを含む攻撃陣だけだ。センターとサイドは常に本気、その上で俺たちの動きについてこられてない」
「なんでそんなこと分かるんだよ」
「ミーティングのときに言ったろ。見たことがあるんだよ、あいつらの試合を」
実は修麻は2年前のクラブ選抜選手権決勝でのフレックスの試合を観戦していた。だからこそ分かる、守備陣が本気であることが、そしてその動きが噛み合っていないが。その原因すらも修麻には分かっていた。
「問題は敷浪率いる攻撃陣をどう突破するかだが」
「だからあれって訳か。確かにあれなら突破できる可能性は高いだろうが…」
「海、今は手段を選んでいる場合じゃない。裕子に当てられてモチベーションが上がっている今こそ、流れを変える一手が必要なんだ」
修麻の真剣なまなざしに海は覚悟を決めたように頷いた。
「よし、いっちょやるか」
修麻は少し笑うとベンチにいるお父さんにサインを送った。
(…手段を選ぶべきではないと判断したか、修麻君。今俺にできるのは信じることだけ)
「任せた」
お父さんが頷くのを確認すると修麻は私たちの方を向き、こう言った。
「ポジションチェンジだ。武人、海に代わって右サイドに入れ。海!上がるぞ!」
「ああ!」
「OK」
二人はポジションを変え、他は元のポジションに入る。
「さぁ、反撃開始だ」
※
「3点…」
最初の頃は盛り上がりを見せていたLet’sスターズ応援団も圧倒的な実力差を目の当たりにし、早くも意気消沈と言わんばかりの静けさに包まれていた。
「やはり、あの子たちに託すのには無理があったんじゃ…」
「そんなことありません!」
一人の弱気な発言に食って掛かったのは静音の母、浅見涼香だった。
「涼香さん、否定したい気持ちは分かるが、これじゃ…」
「違います。私はあの子たちが背負っているものについて言っているんじゃありません。ただ、この試合を諦めるのはまだ早すぎると言っているだけです」
涼香は応援団、元より町の人間の前に立ち、静かに、しかしよく通る声で言った。
「見てください、あの子たちは笑ってるんですよ。誰も、負けることなんて考えていないんです。そんなあの子たちの足をよりにもよって私たちが引っ張っちゃいけない。選手よりも先に、私たちが諦めることなんて許されないんです」
「…そうですね、浅見さん。私らは、何の罪もない子供たちに重過ぎるものを背負わせてしまった。しかし、あの子たちはそんなことなど考えず、ただ勝とうと必死に戦っている。それに比べて私らは町のことと言いながら自分たちのことしか考えていない、非力な私らがそんなことでどうするんですか、私らがやらなければならないのはあの子たちを信じ、声を枯らして応援することだけです」
「会長さん…」
神影町の自治会長、村上も立ち上がる。
「私もそう思います!大地たちがこんなあっさり負けるはずがありません!」
後方に座っていた車いすの少女、美空秋奈も声を上げる。彼女はこの町の人間ではなかったがある約束を交わした少年のためにも彼女は諦めてはいけなかった。そんな彼女の肩に大きめの手が置かれた。
「大丈夫だ、お嬢ちゃん。俺も長年スポーツ記者をやってるが、こんな状況からの逆転なんてケースはざらにある。それにあのチームだ。状況なんてもんはあてにならないさ」
スポーツ記者である藤本が優しく語るように言う。そんな言葉たちが応援団の心に火を着けるのにそう時間はかからなかった。
「試合は最後の最後まで分からない。そう教えてくれたのは君だろう、嬢ちゃん」
※
「これが最後の一手になりそうだな」
Let’sスターズの監督である浅見大樹はそう呟いた。元々選手への負担が大きいこともあり、使う気などなかった一手、これが失敗すれば万策尽きたと共に既にギリギリの体力で戦っている選手たちの体力を大きく削ってしまうのは明白。つまり失敗は負けを意味すると言っても過言ではない。
「前半も残り10分、これが反撃のラストチャンスか」
「海くん…」
マネージャーであるピッチに立つ恋人をただ見守ることしか出来なかった。
恐らく次の投稿は年を越した後になると思います。こんな鈍筆作者を暖かく見守って頂けると幸いです。あと、感想を頂けると涙が出るくらいうれしいです。