試合開始
初めまして、時雨です。こんな小説を読んで頂いて本当にありがとうございます。さて、こんな所を長々と書くのは書く方も読む方も疲れるので本文の方へいきましょうか。この小説があなたのお気に召すことを祈りながら。
●
ピー
ホイッスルが鳴り響き、試合の開始を告げた。緊迫するフィールドの真ん中で私は隣に立つ仲間を見る。西堂修麻、いつもなら頼れる天才くんもさすがに緊張しているのだろう、目の前にある物を見る目が険しい。と、修麻の右足が動き、走り出す。
私の前に転がってきたそれ、サッカーボールを足で受け、私はドリブルを開始する。後ろからチームメイトが近づいて来るのが分かる、最も信頼する者の視線を背中で感じる、私を信じ敵陣に切り込んでいく修麻の姿が見える。慣れ親しんだ光景、慣れ親しんだ感覚、それを感じながら私もフレックス陣内に切り込む。
「海!」
できたスペースを利用するためスピードスターである海にボールを回す。だが、ボールを蹴りながら私、浅見静音は思うのだ。なぜ、こんなことになってしまったのだろう、と。
私は謙遜なしで普通の中学生だと思う。普通に学校に通って、普通に友達と遊んで、元気過ぎるって言われるけどそれでも普通だと思ってる。そんな私だけど昔からすごく好きなものがあるんだ、それがサッカー。元々お父さんがサッカー好きで小さい頃からボールを蹴ってたし、試合を観に行ってたりしてたからサッカーをやりたいと思うのも本格的にやりたいと思うのも自然な成り行きだと思う。でも私たちの町、神影町には女子を受け入れてくれるクラブも女子サッカー部もなかったんだよね。
そんな悶々とした日々を送っていた中二の春、私はあの子からこんな言葉をかけられたんだ。
「ねえ、浅見さんがサッカー好きって本当?」
「任せろ!」
ボールが海に渡る。海はパスを受けた後も加速し、後から追いかけてくるフレックスの選手をドリブルしながら引き離す。スピードスターの名は伊達じゃない。そんな海に一人のディフェダーが立ちふさがった
「ここは通さん!」
「ちっ、邪魔だな」
ボールを奪おうと迫る足を海は避け続ける。が、左からもディフェンダーが迫っていた。
「もらったー!」
「ニヤ)かかったな。拓巳!」
海は踵で後に走りこんでいた拓巳にバックパスを送り、迫っていたディフェンダーを避ける。そしてパスを受けた拓巳は間髪入れずに修麻へパスを入れる
「ナイス連携!」
オフサイドぎりぎりの絶妙なパス受けた修麻はすぐさまシュート体勢に入る。見事なパス回しのおかげでほぼフリー、キーパー1対1の状況で修麻が放つのは強烈な弾丸シュート、体全体を使って放たれたシュートはゴール右上を捉えたまさに完璧なもの。だが、それはゴールネットを揺らすことなく跳んだキーパーの手に収まっていた。
「なっ!?」
修麻の顔が驚愕の色に染まった。無理もない、全国中学サッカークラブ選手権県大会の決勝ですら通用した必殺の速攻パターンをいとも簡単に破られたのだから。
「これが全国一の実力だ」
「!?」
キーパーの声で修麻が我に返った時にはボールはゴールキックによって前線へ運ばれていた。
「くっ!?」
修麻が振り返るとすでにフレックスの選手たちは攻撃の陣形を整え、Let'sスターズ陣内に切り込んでい
た。
(いくらなんでも早すぎる。まさか、止めることを前提で動いていたのか?)
「ディフェンスラインを固めろ!」
すでに中盤へ戻っていた海が声を張り上げながらボールを持つ9番に対応する。
(鳥田、だったか?聞いてはいたが…でけぇ)
160cmの海に比べ鳥田は180cmはあろうかという巨漢だった。ポジションはフォワード、強引かつ攻撃的なプレイヤーでラフプレイも珍しくないということは記憶している。
「邪魔だ邪魔だー!」
鳥田は構わず突進してくる。が、
「ドリブルが甘いんだよ!」
突進の際に強く伸びたボールを海は見逃さず、突進を紙一重でかわしてボールを掠め取った。
「なっ!?」
「チビ舐めんなよ、デカブツ」
海が抜きざまに言い放つ。
小柄でフィジカルが弱かった海が必死になって極めた技術、それが避けざまに取ることとドリブルだった。これによって本来苦手なはずのパワー派の選手とも対等に張り合えるようになっていた。
「静音!」
海から送られてきたボールは一直線に私の下へ…
ザシュ、パシッ
「遅いな」
「!?」
届かなかった、誰かがパスをインターセプトし、私の横を通り抜けていく。かろうじて捉えた背番号は、10番
(まさか、敷浪?)
フレックス最高の選手、キャプテン敷浪駿。エースナンバー10番を背負い全国一のフレックスの中でも神童と呼ばれる要注意人物だ。
「ディフェンス!」
攻撃に入る前だったためか、かろうじてディフェンスラインが揃う。
「真、雄二!マークして潰せ!」
「おう!」 「OK!」
Let'sスターズのセンターバック2人が共に対応する。真が壁となり雄二がボールを取りにいく。が
「邪魔だ」
敷浪はボールごとくるりと回りそのまま真を抜き去った。
「ルーレット!?」
修麻が思わず叫ぶ。それは確かにドリブルの高等技術、ルーレットだった。
「くそっ」
2人が時間を稼いでくれたため、修麻が敷浪に追いつき立ちふさがる。
「お前が西堂修麻か」
「だとしたら?」
修麻がボールを奪おうと攻め立てる。しかし、敷浪は涼しい顔でその猛攻を避け続ける。
「がっかりだ」
敷浪が右に踏み込み、修麻がそれに反応した。
「なっ…」
次の瞬間には敷浪は左側から修麻を抜き去っていた。
サイドステップ、サッカーではよく見られるフェイント技だが1対1では大きな力を発揮する優秀な技でもある。だが、敷浪の踏み込みは途中で修正がきくような代物ではなかったはずだった。
「なんつぅバネしてんだよっ」
修麻が振り返て見た光景は‘‘異常’’としか言えなかった。県大会で堅守を見せたディフェンダー陣がたった1人によって無力と化し、次々と抜かれていったのだから。そうこうしている内にディフェンスラインが破られ、キーパーと1対1になる。
「裕子!」
私は思わず叫んでしまう。これから起こることを拒否するように。起こるはずの無い奇跡を祈るように。
敷浪がシュート体勢に入る。芸術のように美しいフォームから振り抜かれる足が、ボール当る。
(来るっ…!?)
裕子がそう思ったときにはもう、ボールは裕子の横を通過していた。
「え、」
そのボールは無常にもゴールに突き刺さった。
誤字・脱字がある場合は報告して頂けるとありがたいです。