ギーコ、、、ギーコ、、、ぐりん!
通勤時間を減らそうと引っ越した先は雑司ヶ谷のワンルームマンション。
家賃の割には綺麗な部屋だ。どうせ僕は独り身だし、訪ねてくる友達もいない。
無趣味な上に、IT土方と揶揄される労働環境に身を置くプログラマー、寝に帰るだけの部屋に無駄なスペースなど必要ない。
それに、エアコンの効きも良くなるからな。
しかし、今日の仕事もキツかった。
目の奥がガンガンする。
一日中パソコンに貼り付く仕事は他人から見れば楽かもしれないが、これがやってみたら結構キツいんだぜ。
「目が疲れる」ってのが1番簡単に想像出来る大変なポイントかも知れないが、実際には「音」の方がキツい。
まだ若者と呼ばれる身体が持つエネルギーがブスブスと不完全燃焼のまま、時間が削れていく音。
ギザギザのストレスが精神を削いでいく。
「ギーコ、、、ギーコ、、、」
規則正しく確実に。
14時間に及ぶ業務を終えて帰宅。
服も着替えずベッドに倒れ込む。
「でぇ~疲れた~」
時計は深夜2時を指している。
7時起きだから5時間寝られる計算だ。
意識が遠のいていく。
僕は疲れた、なんだかとっても眠いんだ。
30分程眠っただろうか?
身体は激烈に疲れているのに、突然目が覚めた。
「あれ?なんだこりゃ?身体が動かない!!」
これが金縛りというヤツか?
30年に及ぶ人生で初めての体験、グッバイマイチェリー。
まあ、はなから動く気もないので別にかまわないが、
しかし、この妙に頭が冴える感覚は勘弁して欲しいものだ。
どれ程時間が経っただろうか?
机の方から物音が聞こえる。
カタカタ、、、カタカタ、、、
誰かがパソコンのキーボードを叩いているような音だった。
なんだこれは?職業病か?
動かない身体に力を込めて、やっとの思いで机の方を見ると、見知らぬ男が机に向かって座っていた。
「マジか~」
全身の力が抜けた。いや、最初から入らなくて困っていたんだが。
こうなったらこっちが見ている事を気づかれないようにやり過ごすのみだ。
やがて男は伸びをしながら背もたれを倒した。
男と僕の頭の距離、およそ60cm。
「こえ~マジこえ~」
いっそ目をつぶってしまおうと思ったその時、
「ぐりん!」
男の頭が180度回転した。
「うぎゃー!!」、、、
気がつくと時計は7時を指している。
なんて怖い夢なんだ。
とりあえず水を一杯飲んで出勤する。
「ギーコ、、、ギーコ、、、」
11時間後、業務終了。
帰り道で昨夜の夢を思い出す。
夢だというのに我ながらセコい、どうせなら今夜はかわゆい女の子が部屋に居る夢でも見たいものだね。
20時帰宅。
今日はいつもより早い。
コンビニの弁当を電子レンジに放り込みつまみをひねる。
椅子に腰掛けパソコンの電源を入れる。
勤務中、あれだけパソコンを眺めていても余暇の時間もパソコンを開かずにはいられない。
悲しき電磁波ジャンキーのサガよ。
パソコンが立ち上がりメールのチェックをする。
メールが一件届いている。
----- Original Message -----
From: <シンジ>
To: "柳田"
Sent: Thursday, October 20, 2011 2:24 AM
Subject: シキュウ!!
至急?マズイぞ。
シンジが誰だかは分からないが急ぎの用事らしい。
昨夜は疲れ果ててメールも見ずに寝てしまったからな。
メールを開くとURLが貼ってあった。
シンジって誰だろう?と思いながらURLを開くとアメブロの日記ページに飛んだ。
「ヤヌシキタク フクモキガエズニネル」
ん?本文これだけ?
なんだこのブログ、薄気味悪いな。
「チーン!」
突然鳴った電子レンジの音にびっくりして僕は椅子から転げ落ちた。
「あ~びっくりした~」
レンジから弁当を取り出し食べる。
食べながらもう一度さっきのブログを見る。
ブログタイトルは「シンジのブログ」
メールの差出人と同一人物と見て良さそうだ。
しかし、なぜ全てカタカナ打ちなのか?
気持ち悪いったら無いぜ。
さかのぼって読み進めてみてもそれぞれに一行づつ、しかもシンジ本人の情報はなく「ヤヌシ」の事ばかり書いてある。
それにしてもこの「ヤヌシ」というやつはずいぶん自堕落な人間だな。
男のやもめ暮らしとはいえこうはなりたくないものだ。
眺めていてもそう面白いものでも無いので自分のアメブロとmixiを開いて日記を書き、パソコンを閉じる。
誰が読んでるワケでもないのに我ながら毎度ご苦労なこった。
7時起床、水を一杯飲んで出勤。
「ギーコ、、、ギーコ、、、」
21時帰宅。
パソコンを立ち上げメールをチェック。
----- Original Message -----
From: <シンジ>
To: "柳田"
Sent: Thursday, October 21, 2011 2:24 AM
Subject: ヨンデ!
またか?
「ヤヌシ、イビキガウルサイ」
なんだよこれ。
愚痴なら本人に言えよ。
7時起床。
「ギーコ、、、ギーコ、、、」
22時帰宅。
7時起床。
「ギーコ、、、ギーコ、、、」
20時帰宅。
あの男の夢を見てから一週間ほど経過した。
いつものようにコンビニ弁当を食べながら自宅の机でパソコンを触っている。
相変わらず「シンジ」からのメールは毎晩来ていたがもう開くのはやめた。
つまらないから。
ネットサーフィンし、ダラダラと時間を持て余して気がつくと時計は深夜2時過ぎを指している。
明日が休日とはいえ夜更かしが過ぎたな。
Amebaピグのアバターを自室に帰還させると、部屋の中に誰かのアバターがいた。
「誰だ?それになんだ?このアバター、全身が真っ赤だ、レア衣装かな?」
注視しているとこの赤いアバターの首が
ぐりん!
「あっ!あいつだ!」
本当はわかってたんだ、、、あれが夢じゃなかったことくらい。
引っ越して来た時から感じる視線が今、僕の背中に突き刺さってることくらい。
でもさ、幽霊だなんて馬鹿げたもの信じられるワケがないだろ。
震える手で確認する。
「いる?」
僕の冴えないアバターの吹き出しにそれだけ打ち込むのがやっとだった。
「ウン」
ちくしょう!こんなことになるなら引っ越しなんてするんじゃなかッタ
こレカラはこノヘヤデ ソウカ ツギハボクノバンナンダ
「警部、ここでブログの更新は終わっています」
「うむ、まあ状況から見て心神耗弱による自殺で良いんじゃないか?」
「しかし、、、」
「まさか、幽霊の仕業だなんて言えんだろ」
「確かに、馬鹿げてますものね」
「さっさと仕事を終わらせて帰ろう、この遺体は見るに耐えんよ」
「ネクタイを机に引っ掛けて椅子を後ろにガタン、、、か。余程強い力で後ろに押した、、、あるいは後ろから引いた?」
「おいおい、話をややこしくするなよ、さっさと勤務実態の調査に移るぞ。こんな首が反転した死体、いつまでも見てたらこっちまでおかしくなっちまわあ」