宇宙刑事、血の黄昏(タソガレ)
広島の、いや、極東のこの街に配属されて35年。
銀河連邦警察の支給品である電子手帳は、もう何千回と開閉を繰り返したせいで角が丸まり、もはや銀色の鈍い光すら放っていない。
「また、たそがれちゃって。加齢臭が銀河の彼方まで届きそうだよ」
呆れた声を上げたのは、17番目の相棒アリーだ。銀色のコンバットスーツを纏った彼女は、まだ20代前半の瑞々しい肌をしている。
俺は。
あと半年で定年を迎える。
普通、宇宙刑事の地球赴任は長くても1年だ。だが、俺は35年ここにいる。
同期の連中はとっくに本星で「長官」だの「審判官」だのと呼ばれ、ふんぞり返っているはずだ。
何で俺だけが、この煤けた街で、どぶ板踏んでヤクザ紛いの宇宙犯罪組織を追い続けているのか。
「教えてくれよ、コム長官。あんたの遺影に向かって何度聞いたか忘れたぜ」
俺は重い腰を上げ、オンボロのスズキのジムニーに乗り込んだ。
◇地獄の交渉学
パトロールの行き先は、廃墟となった製鉄所だ。
そこには、この街の「闇」を30年牛耳っている男がいる。
宇宙犯罪組織『魔空連合』の武闘派、悪魔将軍だ。
「邪魔するぜ、将軍」
「……よう、兄弟。またシケたツラしてやがんな」
影の中から現れたのは、巨大な角とマントを羽織った異形の男だ。かつては全銀河を震え上がらせた「破壊の象徴」だが、今は安酒の入った湯呑みを傾けている。
俺は懐から、本星から取り寄せた超高性能の「次元振動タバコ」を差し出した。
「そろそろ点数稼がせろよ。定年前の最後の花道だ」
将軍は鼻で笑い、タバコを受け取る。
「またかよ。お前も大概、汚ねえ男だな」
「ギブアンドテイクだろ。あんたのところの若い衆が、また港でマク・マク草(銀河禁制品)を捌いてるって話だ。前哨基地の情報ぐらい、安いもんやろ」
将軍は忌々しそうに、暗号化されたデータチップを投げ越してきた。
「……暗黒王子ゲハルトだ。親の七光りだけでのさばっとるボンボンが、最近名を売ろうと地球にしゃしゃって来やがった。……俺が動けば上がうるせえが、お前が『公務』でぶち殺す分には、文句は出ねえ」
これがいわゆる、賄賂と癒着。
正義の味方が吐き気を催すような、ドロドロの共生関係。
それを影で見ていたアリーが、通信機越しに毒を吐く。
『汚職警官め。……反吐が出るわ』
◇銀河の仁義
宇宙空母ギランドバースに帰還すると、アリーの冷たい視線が俺を貫いた。
「くず警官。……上にチクりたいならチクレ。だがな、綺麗事だけでこの星が回ると思うなよ」
「でも、なんであんなに簡単に教えてくれるの? 敵同士でしょ?」
俺は椅子の背もたれに深く沈み込み、将軍からもらったチップを起動した。
「いいかアリー。35年もここにいりゃ、敵も味方も関係ねえ。あるのは『筋』が通るか通らないかだ」
画面には、煌びやかな鎧に身を包んだ「暗黒王子ゲハルト」の傲慢な顔が映し出される。
「悪魔将軍は、この青二才が面白くない訳だ。だが、身内を直接は手にかけられない。そこで、俺という『掃除屋』を飼っている」
「……なんだか、ちょっといい案に思えてしまう自分が怖い」
アリーが小さく呟いた。
「それがこの街の『血』の匂いだ」
俺は35年使い古したコンバットスーツの起動スイッチに指をかけた。
蒸着に要する時間は、わずか0.05秒。
だが、その0.05秒の間に、俺たちが飲み込んできた泥のような真実は、銀河の誰にも語ることはできない。
「行くぞ、アリー。……法で裁けない悪を、俺たちのやり方で叩き潰す」
それは、銀河連邦警察の教本には一行も載っていない、血塗られた正義の執行だった。
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