ボリビア最後のセクフレ、富美
南米・ボリビアで最後に関係があったのは、同じく青年海外協力隊員の富美だった。
富美と肉体関係になる前、俺にはセクフレがいた。そのセクフレは「美江」で、俺より一回りも上の協力隊員だった。その美江が帰国して、その後何人かセクフレがいたが、最後の南米・ボリビアでのセクフレが富美だった。
富美は協力隊員として福祉施設のボランティアをしていた。富美はセックス大好きの女で、性獣の俺とすぐに下半身の関係になった。その富美と俺は、ケモノのようにセックスを繰り返していた。
富美と何度セックスしたのか分からなくなった頃、とうとう俺はたへマをやらかした。富美が孕んだのである。俺の辞書に避妊などという言葉はない。美江とのセックスでは、子どもができないように、必ずゴムをつけていたが、富美とのセックスでは、コンドームなどつけたことなど一度もない。ナマ、ゴムなし。「セックスはナマ、コンドームはしない」これが本来の俺の姿であり、信条。だから、別に富美が妊娠したのは不思議がないと思った。
俺は富美から妊娠したことを知らされたのは、11月下旬頃。俺がボリビアに来て11か月が経過、まもなく1年になろうとしていた。
俺は性獣、セックスアニマルだが、富美も公衆便所みたいなオンナ。現地ボリビア人や他の協力隊員など、いろいろな男とセックスをしていた。だから孕んだといっても、誰の子か分かったものではない。
「俺の子じゃねえ」
と富美に言い返したが、富美は俺との間の子と言い張った。
通常、女子協力隊員が妊娠したら強制帰国。また妊娠させた相手が協力隊員だと、その男子協力隊員も強制帰国の処分になる。富美の任期はあと半年残っていた。富美は任期途中で帰国したくない、中絶したくない、俺の子を産みたいと言い張った。
美江の時もそうだったが、俺は父親になるつもりなど毛頭ない。俺はアホなので、面倒くさいのは嫌い。俺はさっさと富美から、そしてボリビアから逃げたかった。




