春
「付き合ってください!」
今日だけでもう3回目の告白だ。
競技場の片隅、桜の花びらが舞い散る春の午後。
別の学校の制服を着た女子生徒がピンク色の便箋を両手で差し出し、腰を曲げた。
彼女の声は小さかったが決然としていた。
皇 陽斗は困ったように軽く笑うと、首を一度なでた。
彼が困った時に出る一種の癖だった。
「ごめん。僕...彼女いるから。」
「...え?」
予想外の答えに女子生徒の目が大きく開いた。
彼女はぼうっとしたまま立ち尽くしていた。
「じゃ、先に行くね。練習あるんで」
皇は申し訳なさそうに腰を曲げて挨拶すると、振り返らずに自分の道を行った。
紺色の髪が春風にさらさらと揺れていた。
「やっぱり...皇さんは今日もイケてるな。」
俺は競技場の片隅に隠れて彼らの姿を見つめながら、納得したように頷いた。
万人の彼に彼女がいるなんて誰も想像できないよね。
いや、むしろいないほうがおかしいんじゃない?
皇 陽斗。
フェンシング部のエース。
高校3年生。
身長184cm、体重68kg。
身長の割には細めだけど、12歳からフェンシングで鍛えた長くまっすぐに伸びた脚と、きれいに必要なところだけに付いた固い筋肉が彼の体を完璧に作り上げている。
そして試合が終わってマスクを脱ぐときに現れる、少し濡れた髪と軽く揺れる紺色の髪。
その瞬間に見える長い目元がそっと折れ曲がり、長く垂れ下がったまつ毛の影が彼の顔を飾る。
彼を好きにならない人がいるだろうか?
彼は俺の憧れの対象だ。
皇は俺のことを覚えていないだろうけど。
大丈夫。
元々有名人に記憶される一般人はほとんどいないから。
ただ遠くから一生懸命彼を応援すればいいんだ。
「あっ!試合の時間!」
腕時計を見ると、いつの間にか皇の試合が始まる時間になっていた。
俺は急いで競技場へと足を運んだ。
「ふぅ...間に合った。」
何とか競技場に到着して席を見つけて座った。
すでに多くの人が席を埋めていた。
フェンシングはそれほど人気のある種目ではないが、皇 陽斗が出場する試合はいつも人でいっぱいだった。
「ハルト!頑張れ!」
俺の前の斜め席に座った茶色い髪の女子生徒が大きな声で彼を応援した。
誰が見ても綺麗な顔だった。
長いまつ毛と画用紙のように白い肌が彼女をより一層引き立たせていた。
「綺麗だな」
俺は感嘆しながら彼女を見つめた。
「きゃああああ!」
突然の歓声に、スコアボードを確認すると赤いランプがついていた。
皇の得点だった。
「あ、見逃しちゃった。集中しよう、集中!」
俺は気を引き締めて、心から応援し始めた。
皇の動きはいつも水が流れるように自然だった。
竹のようにまっすぐに伸びた腕と瞬間的に爆発する力、そして繊細な剣先の動きが完璧な調和を成していた。
15対7で試合は終わった。
今大会もエペ個人戦の金メダルは皇が獲得した。
当然の結果だった。
俺は満足げな表情で競技場を後にした。
「今日も近くで見られたな」
彼の顔を思い浮かべて喜んでいる時、急に先ほど一生懸命応援していた綺麗な女子生徒の顔が頭をよぎった。
「あの人が彼女なのかな」
俺は首をぶんぶんと振り、両手で頬を強く叩いた。
「推しの恋を応援するのもファンとしての務め!皇さんが幸せが俺の幸せなんだから」
皇に彼女がいるという事実に、なぜかこうも胸の片隅が痛むのか分からなかった。
俺はただファンとして彼を憧れているだけなのに。
分からない感情に拳をぎゅっと握った。
競技場を出ようとしたとき、突然誰かが俺の肩に腕をかけながら話しかけてきた。
「ユイト!来てたの?」
聞き慣れた声に振り返ると、九 シオンがにやりと笑っていた。
「あ、試合見てたよ。かっこよかった」
実は皇を見るのに夢中で、シオンが今日の試合に出ることさえ忘れていた。
(ごめん!!シオン!!)
俺は心の中で彼に謝罪をしながら、無理に笑ってみせた。
「だろ?!俺さ、今日マジで調子よかったから!個人戦もバッチリ決めて、団体戦も俺らが金メダル総なめだった!」
彼は大いに浮かれた声で言った。
「本当にかっこよかったよ...!」
俺は楽しそうに話している彼のペースに合わせて、ぎこちなく相槌を打った。
「ユイト?夕飯は?うちで食べてく?」
(あとで皇さんが出てきたらサインもらいたかったのに)
俺は少し困ったが、すぐに表情を取り直した。
その時、後ろから女の子たちの歓声が聞こえてきた。
本能的に振り返って確認した。
やはり皇が綺麗に微笑みながら競技場の外に出てきていた。
(うわぁぁぁ。どうしよう。今すぐにでも行って今日の試合見ましたって挨拶もしたいし、あ、どうすればいいんだろう)
俺の心の中がとても混乱しているとき、突然シオンが手を振りながら大声で誰かを呼び始めた。
「おい!ハルト!」
「ひいっ!!」
俺は瞬間驚いて変な声が口から出てしまった。
皇は首を手で触りながら彼女たちを相手にしていたが、シオンの呼びかけに顔を輝かせながら俺たちの方へ駆け寄ってきた。
彼が近づく足音が近くなるにつれて、心臓がドキドキし始めた。
俺のすぐ隣にピッタリくっついているシオンにも感じられるほど、心臓の鼓動の振動があまりにも大きくて、バレるんじゃないかと怖かった。
俺は顔が赤くなったのを隠すために地面を見つめた。
「九君!今日の試合かっこよかった。団体戦ではキミのおかげで勝ったからな」
「いやいや。ハルトの方がすごいよ。俺らのエースなんだから。最後お前がいなかったら負けてたよ」
彼らは今日の試合の話をした。
でも俺は緊張して何も聞こえなかった。
ただ心臓の音が彼に聞こえないことを祈るだけだった。
「こちらは...?」
皇は俺の存在に気づいたのか、シオンに尋ねてきた。
「あ?こいつ?藤田 結人。俺の幼馴染み。俺らより一個下だからまだ高2だよ」
「あ、そうなんだ」
俺は顔を上げることができなかった。
顔を上げた瞬間、爆発しそうな顔を彼が見てしまうような気がした。
俺は俯いたままで小さな声で言った。
「...こんにちは」
声があまりにも小さすぎたせいか、彼は聞こえないということで、腰を曲げて俺の身長に合わせた後、さらに近づいてきた。
(近い、近すぎる!)
頭の中があまりにもうるさかった。
気持ちを悟られないように、俺はシオンの方へ顔をパッと向けた。
「シオン!夕飯食べに行くって言ってなかったけ?お腹空いたんだけど!!」
「あ、そうだったな」
シオンは突然思い出したように言ってから、少し考えて口を開いた。
「ハルトは?予定なければ一緒に行く?」
(え??シオン?何言ってるの?!ここで皇さんを誘うの??!!)
俺は動揺して何も言葉を口から出せなかった。
シオンの言葉に皇は腰を起こし、少し考えた。
そして、にっこりと微笑んだ。
「予定はないけど、九君の友達に迷惑じゃないかな」
彼は俺をちらっと見ながら言った。
(一緒に行きたいけど、ちゃんと食べられる気がしないんだよ!)
顔をそっと上げて彼の顔を見ると、俺の返事を待っている子犬のような表情をしていた。
とてもダメだとは言えなかった。
俺は静かに頷いた。
彼は俺を見ると、元気な声で言った。
「本当?ありがとう!俺、皇 陽斗。よろしく藤田君!」
彼は右手を差し出し、俺に握手を求めた。
(わ...これ、握ってもいいの? )
あまりにも神聖で握る勇気さえ出なかった。
(どうすればいいんだろう?本当に皇さんの手を握ってもいいの?)
突然のイベントに頭が混乱して何もできなかった。
皇は気まずそうに手を下ろした。
「あ、急だったから驚いた?ごめん」
(違うよ。皇さんは悪くないよ..!)
俺はどう反応すればいいか考えているうちに、気づけば彼を困らせてしまっていた
推しが俺のせいで困るのはもっと嫌だった。
「いや...いっ!!」
突然声を出そうとしたからだろうか。
声がひっくり返してしまった。
恥ずかしくてネズミの穴にでも隠れたくなった。
顔が熱くなるのが感じられた。
何も言わないままそのまま固まっていた。
「はははっ ユイト大丈夫大丈夫。そういうこともあるから」
シオンは大笑いしながら俺を慰めた。
皇は笑ってはいけないと感じたのか口を隠していたが、唇を隠した握りこぶしの間から口角が微かに上がっているのが見えた。
「...行こう」
俺はすぐにここから逃げ出したくて早い足取りで前に進んだ。
「ユイト!ごめん。笑わないから。一緒に行こう!」
シオンは驚いた表情で私の後を追って走ってきた。
後ろでは皇が俺たち二人を見ながらゆったりとした足取りでついてきていた。