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「起きなさい。アルト。今日は魔法学園の入学式に行く日でしょ」
柔らかな声と、柔らかな_____布団? に包まれながら意識が覚醒していく。
朝の暖かみのある日差しが窓の隙間から少しだけ頬にかかる。
「…何だよ。まだ眠いよママ。もう少しだけ寝させてくれよ」
「困った子ね。魔法学校への入学をあんなに楽しみにしてたじゃない。あなたが居なくなって悲しくなるのはお母さんの方なんだからね。長期休みには絶対に帰ってきなさい」
母親の声が聞こえる。
少しずつ、少しずつ意識が鮮明になっていく。
……そうだ。今日は魔法学園への入学式の日だ。
あんなに楽しみにしていたじゃないか。どうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう!
がばり、と飛び起きると目の前の母親がこちらを文字通り困った目で見つめていた。
「ご飯は作ってあるわよ。荷造りは昨日までに済ましてあるわよね。朝ご飯をしっかり食べて、歯を磨いて顔を洗ったら一緒に駅へ向かいましょう。魔法学園に行くのは汽車で三日もかかるんですもの。駅までしかついて行けないのが心配だわ」
「ありがとうママ。ママとパパは魔法学園で会ったんだっけ? 楽しみだな。頑張ってくるよ」
「アルトはママとパパより優秀だから心配はしてないけど、間違っても魔法で誰かを傷つけることはないで誰にでも優しくするのよ」
母親は血気にはやる僕を見て、くすり、と笑った。
こんなところでゆっくりしている場合じゃない。
言う通りさっさと身支度を済ませて駅へ向かわなくちゃ。
この町は辺ぴな町だけど駅だけはあるんだから。
楽しみにしていたこんな日だっていうのに少しだけ頭が痛い。
何か大事なことを忘れているような。忘れちゃいけない何かを忘れているようなそんな漠然とした不安と頭痛が僕の心に水を差す。
何だっけ。忘れちゃいけないこと、思い出さないとダメなことがあったはずなんだけど。