ペインズダイスの罠
おっしゃー! 金貨は800枚。目標の1000枚まで、あと少し。
「よし、ここからは一気に片をつけるぞ!」
意気揚々と次の勝負を探していると、スーツ姿のスタッフが近づいてきた。
「佐倉様、お楽しみいただいているようですね。ここで、特別なゲームをご提案させていただきます」
「特別なゲーム?」
スタッフがにこやかに案内した先にあったのは、不気味な雰囲気を漂わせる黒いテーブル。その中央には、妙に光沢のあるサイコロが置かれていた。
「こちらが当カジノ自慢のペインズダイスでございます。VIPのお客様のみ案内させて頂いている特別なゲームです」
「ペインズ……ダイス?」
テーブルに座ると、ディーラーが丁寧にルールを説明してきた。
「このゲームは非常にシンプルです。サイコロを振り、出目が奇数か偶数かを当てるだけです」
俺は思わず眉をひそめた。
「それ、普通のサイコロと変わんないじゃん。こんな大げさなテーブルで普通のサイコロ遊びって何が面白いわけ?」
ディーラーはにっこりと微笑む。
「ご安心ください。このペインズダイスでは、10倍の配当をお出しします。」
「10倍!?」
俺の目が輝く。10倍ともなれば、ここで一気に8000枚。目標の1000枚どころか、大勝利じゃないか!
「……いや、待てよ。こんな美味い話があるわけねぇだろ」
俺はディーラーをじっと見つめる。
「これ、どうせ細工がしてあるんだろ?」
ディーラーは少しだけ困惑の表情を浮かべたが、すぐにいつもの営業スマイルを取り戻す。
「細工などございません。当カジノでは公正を第一としております。ただし! 全額を賭けて頂きます」
その笑顔が、逆に怪しいんだよ! 目笑ってないし。怖いわ!
「まあいい。いいよ! 始めようか」
意を決した俺は、金貨800枚をテーブルに置いた。
「奇数に全額賭ける!」
ディーラーが黒いサイコロを持ち上げ、ゆっくりと振りかぶる。その仕草がやけに慎重だ。
「本当に奇数でいいんですね? では、いきます……!」
サイコロがテーブルに転がり、カラカラと音を立てる。周囲のギャンブラーたちが固唾を飲んで見守る中、サイコロはついに止まった。
出目は――「奇数」。
「きたあああああ!!!」
俺は両手を挙げて叫んだ。金貨は一気に8000枚に!
カジノ中のギャンブラーがその光景に歓声を上げる。
「うおーすげー!! 8000枚!!」
ディーラーの顔が一瞬、硬直する。その様子を見て、俺は不思議に思った。
「あれ?なんか、めちゃくちゃ動揺してない?」
ディーラーは額に汗を浮かべながら、小さな声で呟いた。
「あり得ない……奇数が出るはずがない…こんなことが……」
「えっ?」
俺は耳を疑った。
「ちょっと待って、あり得ないってそれどういう意味? 絶対勝てない勝負って事?(知ってたけどさ)」
ディーラーが黙り込む中、俺の脳内で嫌な予感が膨れ上がる。
「まさか……これ、細工でも施してたって事?(知ってたけどね)」
ディーラーの沈黙が答えを物語っているように見えた瞬間、俺は確信した。
「おいみなさーん!このカジノ、イカサマしてまーす!!! 不正はしませんとか言ってるくせに! サイコロに細工してるらしいっすよ!」
俺の声がカジノ内に響き渡る。ギャンブラーたちが一斉に振り返り、ざわめき始める。
「えっ、イカサマ!?」「マジかよ!?」「ここ公正じゃなかったのか!?」
ディーラーは慌てて手を振る。
「い、いえ! そのようなことは一切ございません! どうぞ誤解のないよう!」
「いやいやいや、このサイコロ、何か仕込まれてるんだろ? 中開けてみようか?」
ギャンブラーたちがディーラーに詰め寄り始める。
「おい、ちゃんと説明しろよ!」「俺もこのゲームやって負けたぞ!」
場内が騒然となる中、俺は金貨8000枚をバッグに詰め込みながら満足げに微笑んだ。
「ふぅ……これで俺の勝ちは確定だな。」
「やっぱり俺のスキル、最強だな。細工されてても勝てるなんて、もう無敵じゃん!」
「なんかトラブルになる前に退散しよう…」
そう呟きながらそそくさとカジノを後にした俺。だが、この8000枚をどうするかまだ決めていない。
「王国に戻るか……それともこのままカジノ暮らしを続けるか……。ギャンブラーってもしかしてモブ以上なんでは?!」
まあでも、1000枚に増やすまでしばらく帰ってこなくていいって言ってたしな。あんなとこに帰る義理もないしな。
「S級ギャンブラー最高じゃん!!!」
「よし、とりあえず街をぶらついて、この8000枚の金貨がどれくらいの価値があるのか確かめるか」
俺はカジノで勝ち取った金貨がぎっしり詰まったバッグを肩にかけながら、異世界の街を歩き始めた。
「まあ、異世界といえど、基準が分かれば大体の価値は想像つくだろ。ビックマックとかあれば……日本円に換算しやすいけどな」
そんなことをぼやきつつ、目についた屋台に足を止める。そこには腹を空かせた冒険者たちが、串焼きやパンを手にしているのが見えた。
「すいませーん、この串焼き、いくらですか?」
店主らしきおじさんが元気よく答える。
「1本銅貨2枚だよ!」
「銅貨2枚……なるほど、安いな。これ金貨で買えます?」
「はあ? 金貨なんてお釣りがあるわけないだろ! バカにしてるのか?!」
なんかすげー怒られた。駄菓子屋で一万円出すような感覚なのかな…。
俺はさらに街を散策してみた。いろんな店を回るうちに、この世界のお金の仕組みが見えてきた。
どうやら銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚って交換レートらしい。
目の前のお菓子屋で、子供が銅貨1枚を渡して飴を買うのを見て、俺は閃いた。
「ってことは、銅貨1枚でお菓子を買えるとなると……だとすると、銅貨1枚は大体100円くらいか?」
俺の脳内計算機がフル回転する。
「銅貨1枚が100円ってことは、銀貨1枚は1万円……そして金貨1枚は10万円……!」
そこでふと、自分が背負っているバッグを見つめた。
「俺が持ってるのは金貨8000枚……ってことは……」
俺は慌ててバッグの中身を確認し、もう一度計算をした。
「金貨1枚が10万円ってことは、金貨8000枚だと…… ハハハハ…8億円!?!?」
その瞬間、手が震え始めた。
「8億!? 俺、カジノで8億円も稼いじゃったのか!? これ、完全に人生逆転パターンだろ……!」
しかし、次の瞬間に冷静になる。
「いや、待て待て待て。こんな大金、絶対に誰かに狙われるだろ……」
俺は周囲を警戒しながら、そっとバッグを抱きしめた。道行く冒険者や買い物客が、みんな俺の金貨を狙っているように見える。
「やべぇ、急に街中が危険地帯に見えてきた……!」
俺は街の片隅で一息つきながら、金貨をじっと見つめた。
「俺の財布三千円しか入ってないのに、8億なんて金額をまさか異世界で手に入れるとは……」
だが、それでも胸の奥に不安が残る。
「これ、どっかで金貨を安全に預けられる場所とかないのか? 異世界に銀行とかあればいいんだけど……なんか全体的に胡散臭いんだよなこの国」
「でもさ……冷静に考えたら、あの司令官、俺に『金貨10枚を1000枚にしてこい』って言ったんだよな。」
俺の目がじわじわと細くなっていく。
「金貨10枚って100万円で……1000枚って、1億円じゃねえかよ!」
「待て待て待て、あの司令官、『適当にギャンブルして増やしてきて』とか軽いノリで言ってたけど、要求してたのは100万円を1億円にしろってことじゃねぇか!」
手にしたバッグの中の金貨をガシャガシャと揺らしながら、俺は街中で声を荒げた。
「普通に考えたら無理ゲーだろ!? 無理を言いつけておいて、『戻ってくるまで帰ってくるな』って……!」
俺の怒りは次第にエスカレートしていく。
「しかもこれ、失敗して金貨全部なくしてたら、『お前使えないから追放』とか平気で言いそうな雰囲気だったぞ……!」
通りすがりの商人がびっくりした顔で俺を見ているが、そんなのはどうでもいい。
「いや、もうさ……これだけの金があったら、魔王討伐とか勇者としての使命とか、やらなくてよくないか?」
金貨8000枚。これだけあれば、この異世界で一生遊んで暮らせるんじゃないか?
「適当な田舎に引っ越して、豪邸建てて、メイドさんとか雇って、のんびり暮らすとか……最高じゃん」
自分の理想の未来が頭に浮かび、思わずニヤニヤしてしまう。
「こんな大金を持ってる俺が、命を賭けて魔王と戦う必要あるのか? 勇者の仕事なんて、他のSランクに任せりゃいいじゃん」
そう考えた瞬間、カジノでの勝利が「ギャンブラーとしてのスキル」だけでなく、「人生そのものの勝利」に思えてきた。
「金貨8000枚あれば、この世界で暮らすどころか、冒険者ギルドにでも所属して、強い冒険者を雇って趣味でクエストやったりしても楽しいかもしれない。でも俺、逃げる勇気もないんだよな……安全に平穏に立ち回りたいし」
俺は金貨の詰まったバッグを見つめ、立ち上がった。
「……よし、ちょっと街を散策して、もう少しこの世界のことを知ってから決めよう」
怒りの炎を胸に燃やしつつも、未来の選択肢を増やすため、俺は再び街を歩き始めた。