カジノ送り
サポート職の訓練でも成果を上げられず、途方に暮れた俺は、再び司令官のいる指揮所へと戻った。
訓練場の端にある立派な建物の中、司令官は資料の山に埋もれながら指示を飛ばしていた。
落ち着いた顔立ちと整った軍服は、いかにも「有能」を絵に描いたような雰囲気だが――。
俺が扉を叩き、中に入ると、司令官は少し疲れた表情でこちらを見た。
「……佐倉君か。どうしましたか?」
「えっと……すみません、どこに行っても結果を出せなかったんですけど……俺、どうすればいいですか?」
その瞬間、司令官の顔に苦悩が広がった。
「どこにも結果が……ですか?」
司令官はゆっくりと頭を抱えた。
「つまり、物理職、魔法職、サポート職のいずれでも適性がなかったと?」
「はい……そうなんです」
司令官は数秒間、目を閉じて考え込む。
やがて、大きく息をついて、俺の方をじっと見つめた。
「佐倉君、ギャンブラーって何ができるんですか?」
司令官は少しイラついているように見えた。
「それ俺に聞きます? まあでも、それが……まだよく分からなくて……」
その言葉を聞いた司令官の目が鋭くなった。
「……つまり、君自身も、自分のジョブの特性を把握していない、ということですか?」
「うんまあ……その通りです。」
司令官は椅子に深く座り直し、腕を組んだ。
「……ギャンブラーというジョブは、私の知識にも記録がありません。どのような能力を持っているのか、全く不明です」
「俺も知りたいです……」
「では、どうやって扱えばいいのか分からないジョブを、どうやって訓練すればいいのですか?」
司令官の声が少しだけ強まる。怒っているわけではないが、困り果てているのが明らかだった。
「佐倉君、正直に言いますが、これでは私もお手上げです。」
司令官はしばらく考え込んだ後、机の引き出しを開け、金貨10枚を取り出した。
その金貨をそっと俺の手に握らせながら、冷静な口調でこう言った。
「佐倉君、まずはギャンブラーとしての能力を試す必要があります。」
「えっ……試すって、どうするんですか?」
「この金貨を持って、王国のカジノへ向かいなさい。そして、それを使って金貨1000枚に増やしてきてください」
「えっ、1000枚!?」
思わず叫びそうになったが、司令官は真面目な顔で続けた。
「そうです。それで初めて、君のジョブの特性や真価が明らかになるはずです」
「いやいや、そんな無茶な……もし失敗したらどうするんですか?」
その質問に、司令官は少しだけ言葉を選ぶような間を置いた。
「……失敗しないよう、全力を尽くしてください。」
「いや、それ答えになってませんよね!?」
司令官は手を組み直し、静かに俺を見つめた。
「佐倉君、あなたのジョブは私たちにも未知のものです。しかし、Sランクという以上、必ず特別な力があるはずです。それを証明するためにも、まずはカジノで運を試してみてください」
「えっと……カジノで……運を……。」
「失敗するようなギャンブラーは、この王国に必要ありません。それだけです」
えっ、これ実質追放パターンじゃない!?
司令官は少しだけ微笑みを浮かべながら言った。
「追放ではありません。1000枚にしてから戻ってきてくださいと言っているだけです。あくまで、佐倉君、自身の能力を確認するための試練です」
いや、言い方変えただけで本質は同じだろ!?
金貨10枚を握りしめた俺は、肩を落としながら指揮所を後にした。
訓練場では、クラスメイトたちがそれぞれのジョブに励んでいる。隣のエリアでは、親友の佐藤が回復魔法を楽しそうに試しているのが見えた。
俺は心の中で叫んだ。
なんで俺だけこんなことになってるんだ……。
1000枚って無理ゲーすぎるだろ!俺、ここに帰ってこれないんじゃないか……!?
その時、佐藤がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「悠斗、どこ行くんだよ?」
「ああ……カジノ……。」
「えっ、カジノ?何でまた?」
「金貨1000枚にしてこいってさ……それまで戻ってくるな、って言われた。」
佐藤は一瞬呆れた表情を浮かべた後、吹き出した。
「お前、本当にギャンブラーそのものの扱いされてるな!頑張れよ!」
「いや、笑いごとじゃないからな!」
俺の運命が賭けられた、ギャンブルの旅がいよいよ始まろうとしていた――。
指揮所を後にした俺は、金貨10枚を握りしめながら王国の街へと足を踏み出した。
頭の中は、混乱と不安でぐるぐると回っている。
冷静に考えろ。俺の状況はどうだ?
Eランクの無能ジョブは回避した。それは間違いない。
Sランクに選ばれた時点で、俺は有能なはずだ――いや、有能なはずだった。
でも、待て。これどう考えても追放の流れじゃないか!?
物理職でも、魔法職でも、サポート職でも何の成果も上げられず、最後には「カジノで試せ」と放り出された俺。
これ、本当に異世界におけるSランク勇者の扱いか?
俺の目指してた平穏なモブ生活、どこに行った!?
俺が望んでいたのは、後方支援で目立たず、ほどほどに役立つポジションだったはずだ。
それがどうしてこうなった?
「いや、もうこうなったら……Sランクギャンブラーのスキルに賭けるしかない。」
自分に言い聞かせるように呟きながら、俺は王国の街を進んでいく。
王国の街は、活気に満ち溢れていた。
石畳の広い大通りには、行き交う馬車や買い物客の姿が見える。両脇に並ぶ店はどれも華やかで、果物やパンを売る露店から、武器や防具を扱う鍛冶屋まで多種多様だ。
「新鮮なリンゴはいかがですかー!」
「防具が足りないならこちらへどうぞ!」
店主たちの元気な声が飛び交い、道端には大道芸人が集まった子どもたちを笑わせている。
遠くには、壮麗な城壁が街を囲んでいるのが見える。城の近くには、貴族らしき人々が優雅に散策している様子もあった。
一方、大通りを少し外れた裏通りには、汚れた服を着た子どもたちが走り回り、物売りがひっそりと商売をしている。
表通りの華やかさと裏通りの喧騒――そのコントラストが、この王国の街の闇って感じがする。
だが、今の俺にはそんな景色を楽しむ余裕なんて一切ない。
俺の頭の中は、金貨10枚をどうやって1000枚にするかでいっぱいだ……。
そんな中、目指すカジノが目の前に現れた。
いや、正確には、目指すカジノとその隣接施設――なんだこれ? リゾートホテルじゃん。
カジノは巨大な建物で、白い大理石の柱と金色の装飾が目を引く。
入り口には赤いカーペットが敷かれ、ガードマンらしき男たちが厳重に見張っている。
「いらっしゃいませ! こちらは王国唯一の合法カジノゴールデンホイールでございます!」
入口では、笑顔の案内人が丁寧に出迎えてくれる。
その奥には、煌びやかな空間が広がっているのが見える。
豪華なシャンデリアが天井から吊り下がり、壁は金箔のような装飾で覆われている。
そして、隣接するリゾートホテル――その高級感たるや、まるでテレビで見たシンガポールって感じがする。
プール付きの屋外施設、噴水が彩る庭園、大理石で作られた大階段がホテルの中央に鎮座している。
……すごい、俺の知ってる異世界のイメージと全然違う。これ、完全にラスベガスじゃん。
俺は入り口で足を止め、深く息をついた。
「よし、行くぞ……Sランクギャンブラーの運、見せてやる!」
とりあえず俺の平穏異世界生活、このカジノにベットしてみるしかなさそうだ。