居場所発見?
物理職の訓練で筋肉痛まみれになった俺は、次に魔法職グループへ向かうことになった。
心の中では、淡い期待があった。魔法なら筋力関係ないし、なんとかなるかも……?
訓練場の魔法職エリアに到着すると、そこには優雅なローブを身にまとった女性が待っていた。
彼女の名前はリリス・スフィア。美しい顔立ちに柔らかな微笑みを浮かべていて、まさに“魔法のエキスパート”そのものだ。
俺が近づくと、リリスはすぐに気づいてくれた。
「ようこそ佐倉君。あなたのこと、注目していたのよ」
え、俺が注目されてる!?
突然の言葉に戸惑う俺を、リリスは優しい声で促した。
「さあ、あそこの席、千夏さんの隣に座ってちょうだい。」
広間を見ると、そこには千夏(賢者)や葵(魔導士)をはじめとする魔法職組が揃っている。千夏がクールな表情で俺を一瞥すると、静かに隣の席を指差した。
「……ぷっ! ギャンブラー」
千夏は今にも笑いそうだった。
「おまえ……馬鹿にしてるだろ」
千夏の隣に座りながら、俺は期待に胸を躍らせた。
これ、もしかして魔法職デビューのチャンスじゃないか?
筋力もいらないし、後方支援っぽいし、もしかしたら俺、魔法職に向いてるかも……!
リリスが教壇に立ち、魔法職の基礎講座を始めた。
「皆さん、魔法とは精神と集中力の結晶です。心を静め、自然のエネルギーと共鳴することで、初めてその力を引き出すことができます。」
「では、最初のステップです。まずは手を前に出し、魔力を感じてみましょう。」
魔力を感じる――魔法系のアニメやゲームではお決まりのフレーズだ。
俺も周りのクラスメイトたちに倣って、手を前に出してみる。
千夏の手のひらには、さっそく淡い光が集まり始めた。
「ふむ、まあまあね」と、千夏は余裕の表情だ。
隣では葵が「すごい!これ楽しい!」と、キラキラと光る魔力を嬉しそうに見つめている。
一方、俺は――。
……何も起きない。
リリスが俺の手を見て、微笑みながら声をかけてくれた。
「佐倉君、魔力を感じられませんか?」
「えっと……正直、何も感じないです。魔力ってなんですかってレベルです」
「大丈夫よ。心をもっと静めてみて。周りの空気と一体になるイメージで。」
リリスの優しい声に励まされ、再び集中する。周りの空気を感じようと目を閉じて――。
……腹が鳴った。
「……。」
俺がそっと目を開けると、リリスは微笑みを浮かべたまま一瞬固まっていた。
「……佐倉君、魔力を感じるのには時間がかかる人もいるわ。焦らずにね」
隣の千夏が小さくため息をつきながら呟く。
「……これが私と同じSランク? 恥ね」
おい、今の聞こえてるぞ千夏!
リリスは気を取り直して次のステップに進むことにした。
「それでは、簡単な魔法の詠唱を試してみましょう。皆さん、この呪文を繰り返して唱えてみてください。」
リリスが手を動かすと、教壇の上に小さな火の玉が浮かび上がった。
「ファイアボールの基礎です。火を灯す程度の簡単な魔法なので、集中すれば誰でもできます。」
クラスメイトたちが次々に試す中、千夏は一発で火の玉を作り出した。葵も少し時間がかかったものの、しっかりと成功させている。
俺の番が回ってきた。
緊張しながら、教わった呪文を唱える――。
……何も起きない。
リリスが優しく声をかける。
「佐倉君、もう一度試してみましょう。」
だが、再び挑戦しても――やっぱり何も起きない。
ていうか、なんかもう眠たくなってきた。腹も減ってきたし。
2回に1回くらいギャンブルに当たって超凄い魔法とか放てるんだろ! それか、何が起こるか分からない究極のランダム魔法放てるとか…違うのか? ギャンブラー…。
「佐倉君……魔法職も少し、向いていないかもしれませんね。」
俺の惨状を見て、周りからは微妙な視線が集まってくる。
葵が「ギャンブラーって魔法職じゃないのかな?」と首をかしげ、千夏は冷たい視線を向けながら一言。
「悠斗の……Sランクって運だけってこと? ある意味ギャンブラーね。悠斗にピッタリだわ」
おい千夏、やめろ。その言葉が今一番効くから!
結局、俺は魔法職でも成果を上げられず、リリスが申し訳なさそうに言った。
「佐倉君……次はサポート職に行ってみるといいかもしれませんね」
俺は疲れ切った体で魔法職エリアを後にした。
もうこれ、ギャンブラーってジョブ、完全に罰ゲームじゃないか……。
魔法職でも結果を出せなかった俺は、ついにサポート職グループに向かうことになった。
ここまで散々だったけど、サポート職ならいけるかもしれない。何といっても後方支援がメインのポジションだ。戦場に出なくて済むし、平穏な異世界ライフの第一歩になるかも――。
そんな期待を胸に抱きながら、サポート職の訓練エリアに足を踏み入れた。
エリアの中央には、まばゆいばかりの純白のローブをまとった女性が立っていた。
彼女こそが、サポート職を指導する聖女ルクスシア・シルフォード。清らかな笑顔に、どこか厳かな雰囲気を漂わせている。
ルクスシアが俺を一瞥すると、軽く頭を下げた。
「ようこそ、佐倉悠斗さん。」
一応、歓迎してくれているようだ。ほっと胸を撫で下ろしつつ、俺は周囲を見渡した。
星野(学者)や小野寺(僧侶)、そして俺の親友・佐藤(僧侶)を含むクラスメイトたちが既に並んでいる。
だが……何かがおかしい。
周囲の空気が明らかに重いというか、微妙というか――。
あれ、もしかして俺、歓迎されてない?
ルクスシアが一歩前に出て、俺を見つめながら口を開いた。
その柔らかい微笑みは変わらないものの、彼女の次の一言が俺の心を一瞬で凍りつかせた。
「佐倉さん、ギャンブラーというジョブをお持ちだと聞いていますが……。」
「は、はい……。」
ルクスシアの目がほんの少し鋭くなったように見えた。
「私、ギャンブルという行為が一番嫌いです。」
えっ……いきなりそんなこと言う!?
俺の頭の中が真っ白になる。
「え、あの……嫌いって……何か個人的な理由でも……?」
「ギャンブルは人の欲を助長し、不必要な争いを生みます。特に勇者として求められるのは、誠実さと責任感です」
彼女の声は穏やかだが、その言葉には明確な拒絶が込められていた。
なんで俺、いきなり聖女様に説教されてるの!?
周囲のクラスメイトたちも微妙な表情でこちらを見ている。
星野が「あー、ルクスシアさんって真面目だもんね」と呟き、小野寺は「私もギャンブルはちょっと……お母さんに言われてるんだよね…ギャンブルする男は絶対ダメだって」と遠慮がちな声を漏らしている。
おい小野寺、聞こえてるぞ。
親友の佐藤ですら「え、俺もちょっとその辺は分かる気がする」とか言い出す始末だ。
おい佐藤、お前まで敵に回るのか!?
俺は何とか空気を変えようと笑顔を作りながら言った。
「いや、ギャンブラーって言っても、俺は別にカジノで遊んでるわけじゃなくて……その……運を使ったジョブというか……お年玉も毎年ちゃんと貯めてますし…」
ルクスシアの表情は変わらない。
「運を使うこと自体は否定しません。ただ、それに依存するのは危険です。全ての奇跡は神によって起こるべきなのです。それを成すのが誠実な心と信仰心です」
依存も何も、俺のジョブがきっとそれなんだけど!?
それに神様に依存しすぎたら、さすがの神様もキャパオーバーになるんじゃないですかね?!
その後、ルクスシアの指導のもと、回復魔法の訓練が始まった。
「では、皆さん。手を合わせ、心を落ち着けて祈りを捧げてください。これが回復魔法の基本です。」
クラスメイトたちが次々に手を合わせ、淡い光を放ちながら回復魔法を成功させていく。
隣では佐藤が「意外と簡単だな」とか言いながら、初挑戦で成功させている。
一方、俺は――。
「えっと……こうやって……祈ればいいんですかね……?」
手を合わせて祈るものの、何も起きない。
「佐倉さん、もう一度。心をもっと清らかにしてみてください。あなたの心は欲望に塗まみれています」
「ええ……そんな……清らかって……俺なりにやってるんですけど……欲望に塗まみれてるってバイアスかかってませんかね?!」
再び試してみるが、やっぱり何も起きない。
周囲の視線が痛い。星野が「やっぱギャンブラーって特殊なんだね」とぼそりと呟き、佐藤は気まずそうに笑っている。
ルクスシアがため息をつきながら静かに告げた。
「佐倉さん……サポート職も、少し難しいかもしれませんね。ギャンブラーみたいな穀潰ごくつぶしが何をサポートするんですかって感じですしね…」
ちょっとその言い方…あんまりじゃありませんかね…。
でも、その言葉を聞いた瞬間、俺の心は完全に折れた。
俺、どこ行ってもダメじゃん!
サポート職エリアを後にする俺の背中には、クラスメイトたちの微妙な視線が突き刺さっていた――。