ローエンベルク家の面接
面接当日——
俺はローエンベルク家の荘厳な門の前に立っていた。
「すげー屋敷だな。これが名門貴族の家か……」
エルシア王国屈指の名門と言われるだけあって、その威厳はバルフォード家とは比べ物にならない。
敷地の広さもさることながら、門の装飾一つとっても豪華だ。
今日の俺のミッションはただ一つ——面接に受かって、立派な使用人になること!
そのために万全の準備をしてきた。
リリカさんの鬼特訓を乗り越え、面接の基本動作も叩き込まれた。
前回のバルフォード家での失敗を教訓に、より自然体で振る舞うように心がけている。
そして——
今回はリクルートスーツをやめた。
リリカさんに言われたのだが、前回の面接の服装はやめた方がいいとのことだった。
どうやら俺の住んでいた世界のリクルートスタイルは、こっちの世界では違和感しかないらしい。
「なるほどな……つまり、俺がバルフォード家で落ちたのは服装のせいだったんだな!」
俺はそう思うことにした。
(決して俺自身が「使えなさそう」と思われたわけではない……きっと!)
今回は、シンプルなシャツに落ち着いた色合いのジャケット、動きやすいスラックスという使用人向けの服装で挑む。
これもリリカさんのアドバイスだ。さすが、抜かりない。
「よし……」
俺は姿勢を正し、門番の騎士に声をかける。
「本日、面接の約束をしているユッティーと申します」
佐倉悠斗と名乗るのはまずいので、冒険者ネームのユッティーを名乗る。
門番は俺を一瞥し、黙って屋敷の中へと合図を送った。
すぐに中から、老齢の執事が出てくる。
「——ユッティー殿、お待ちしておりました。ローエンベルク家執事長のクラウスでございます」
深々としたお辞儀。
この人がローエンベルク家の使用人たちをまとめているのか。
「面接の準備は整っております。では、こちらへどうぞ」
俺は頷き、執事長クラウスの後をついていく。
(よし……ここまでは順調だ)
バルフォード家では感じなかった緊張感がある。
だが、それだけ格式高い家ということだろう。
俺は胸の内で気合を入れ直し、ローエンベルク家の屋敷へと足を踏み入れた——。
応接室に通された。
この部屋も屋敷の豪華さに負けないくらい立派で、壁には歴代当主の肖像画が並び、調度品はどれも高級そうだ。
(やべぇ……なんか落ち着かねぇ……)
ソファの座り心地もふかふかで、座ったら二度と立ち上がれなさそうな気がする。
(とりあえず立ってればいいか)
そう考え、俺は応接室の中央で直立不動のまま待つ。
ほどなくして、クラウスが再び姿を現した。
「どうぞ、お掛けください」
「失礼します」
俺は落ち着いた声でそう言い、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
ここで焦ってドカッと座るのは絶対にNG。
(よし……ここまでは完璧だ)
リリカさんの特訓の成果が、確実に発揮されている……気がする。
次はいよいよ面接本番だ。
俺は気を引き締め、クラウスの次の言葉を待った。
「私からの質問は一つだけ。もし、この屋敷に賊が侵入し、混乱が起きたとしましょう。
目の前には、共に働く二十人の使用人。そして、遠くにはご主人様。
その時、あなたはどちらを救うか——ご主人様か、仲間の使用人たちか。理由も添えて答えてください」
(ん? なんだこの質問……志望理由とか自己PRとかじゃないのか?)
俺は瞬時に思考を巡らせる。
(練習になかったぞ……これ、正解あるのか?)
主を守るのが忠誠心としては正解なのか? でも、それで使用人が全滅したら、それこそ主の意に反するんじゃ……?
分かんないぞ。
でも、下手に取り繕ってもこの執事長には見透かされそうだ。
俺は息を整え、大きく吐き出す。
「……まずは自分の命を最優先に考えます」
「……ほう、理由を聞かせてくれますかな」
クラウスの眼が、わずかに光る。
「俺は英雄ではありません。すべての命を一人で救えるとも思っていません。だからこそ、それぞれが自分の命を大切にしながら、余裕があるときに救える命を助けるべきだ……と思います」
クラウスは無表情を貫いている。表情からは感情が掴めない。
「その結果、旦那様が討たれることになったとしても?」
俺は少し考え、静かに答える。
スパイかもしれないクソ貴族だろ? 討たれても全然構わない。むしろ好都合だ。
「ローエンベルク家ほどの名門の長が簡単に賊に討たれるとでも? 俺は……そうは思わない。俺は俺の出来ることをその時にやります」
——沈黙。
クラウスはじっと俺を見つめていた。
(……やっちまったか? しまった途中から敬語も抜けてた…)
だが、次の瞬間。
「ふむ……なるほどな」
クラウスが低く笑った。
「実に興味深い。我がローエンベルク家の使用人に求められる資質……それは安っぽい『忠誠』ではなく『知性』」
「——えっ?」
「いいでしょう。採用としましょう。試用期間は三ヶ月。その間に、我が家の使用人としての適性を見極めさせてもらいます」
「そ、それって……」
「採用、ということです」
(……マジか!?)
俺は思わず拳を握りしめた。
「ありがとうございます!! 精一杯頑張ります!!!!」
こうして——
俺の、人生初バイトが決まった。
「使用人のバイト! めちゃくちゃモブっぽいじゃないか!」
(……あれ? そもそも…俺なんでバイトするんだっけ?)
「あっ……俺、ローエンベルク家でスパイやるんだった。証拠集めって……具体的に何すればいいんだ?」
(とりあえず、この屋敷にどんなヤバい秘密があるのか探るか? でも、俺にそんな諜報スキルないし……)
俺はしばらく考えて——考えるのをやめた。
とりあえず、難しい事は考えるのをやめよう。
そして、結論を出した。
「まあ、なんとかなるか!」




