魔力量だけチート級な俺の、異世界魔法大学ライフが地獄だった件
こうして、俺たちはエルシア王国の魔法大学に入学することになった。
貴族の子弟や才能ある者だけが集う、この国でも屈指の学府だ。
これが俺の異世界生活の新たな一歩だ。
真新しい革のカバンに新品の匂いのする教科書。そしてパリッと折り目のついた制服。袖を通すだけで心が引き締まる。
新生活の希望に満ちた晴れやかな気持ちで、校門を潜り抜けると……
———俺の評判は最悪だった。
「なあ、聞いたか? アイツ、リディア様のコネで入ったらしいぞ」
「しかも、魔法が全然使えないくせに入学だってさ」
「俺たちは魔法の才能を証明するために必死で試験を突破したのに……」
入学初日から、学生たちの冷たい視線が俺に突き刺さる。
まあ、無理もない。こっちは裏口入学だ。
(……いいんだ、学歴さえ手に入れば俺の勝ちだ)
なぜならこの選択は題して『学歴ゲットして楽に生きる異世界生活』なのだから。
俺は心の中で自分を正当化しつつも、
「一般入試組からの敵意」 という学園《《あるある》》に巻き込まれつつあった。
「なあ、リディアも裏口入学なんだろ? 魔法使ってるとこ見た事ないし」
「一緒にしないでくれる? 私は幼い頃から魔法の英才教育を受けているの」
(なるほど、幼い頃からの内部進学組か…全くこれだから金持ちは……ほんと不公平だよな……てか、リディア魔法使えたのか?!)
俺が驚いていると、セリーナが呆れたように言う。
「悠斗、リディアが使ってる 煌環剣 は、高度な魔法制御がないと扱えないのよ。つまり、リディアは四属性の魔法を完璧に操れるってこと」
「そうなの、私は四属性すべてに才能があるのよ! 尊敬しなさい」
リディアが ドヤ顔で胸を張る。
なんと、あれはチート武器なだけじゃなかったのか…。
セリーナは言うまでもなく魔法ができるし、どう考えても別格。その圧倒的オーラと佇まいの美しさで学生たちも一目置くだろう。
となると、この中で唯一、魔法の才能がないのは俺だけらしい。
つまり、俺たちに向けられている視線は『魔法が使えないクセに裏口入学した俺』への敵意だ。
まあ、気にしてもしょうがないし、他人にどう思われても関係ない。
しばらくするとローブを纏った初老の男性が迎えてくれた。リディアによると学長らしい。
「リディア様、セリーナさん、悠斗くん? …ようこそエルシア王国魔法大学へ」
おい、俺だけなんで疑問形なの?
俺たちは学長室に通されて、学長から校内の説明を簡単に受けた後、体験授業という事で講義を受ける事になった。
講義名は 『魔法論基礎』 。基礎なら、俺でもついていける……はずだ。
教室に向かうとすでに百人近い生徒が並んでいた。
見るからに頭が良さそうな生徒ばかりだった。
メガネ着用率も半端ない。
しばらくすると、講師として登壇したのは、白髪交じりの厳格な老人だった。
その老人はいきなり甲高い声を発する。
「魔法というものは理論であり科学である!!」
(……ん科学? なんか思ってたのと違う)
「頭の中に魔法陣を思い浮かべ、それに魔力を流せば魔法が発動する。だが、それだけではない。魔法陣には法則と理論が存在する」
「さらに、その魔法陣の組み合わせ次第で 無数の魔法を生み出すことが可能なのだ」
「重要なのは、魔法陣の構造を理解し、そこに計算された適切な魔力量を流すこと。これは単なる感覚ではなく、計算と制御によって成り立っている」
「例えば火の魔法を発動するには、酸素供給、燃焼反応、熱伝達の原理を理解し、それを魔法陣に落とし込む必要がある。単なる直感ではなく、物理法則そのものを操るのが魔法なのだ」
教師は黒板に物理の公式みたいなものをいくつも書き出し、魔法陣の法則に当てはめて解説を始める。
その式を見て俺は愕然とした。
(なんだよこれ……めちゃくちゃ理系じゃん!!!)
「この世界の魔法って、詠唱してバーンじゃないのか!? なんでこんなに難しそうな数式と理論が飛び交ってるんだ!? 俺、異世界に来てまで理系科目を勉強させられるのか!?」
横を見ると、授業を聞きながらセリーナが普通に納得して頷いている。
「悠斗、当然でしょ? 魔法は緻密なエネルギー制御による自然現象の再現よ」
(当然じゃねえ!!!)
セリーナは戦闘中に冷静にこの理論を瞬時に計算して実行しているらしい。
リディアですら頷いて聞いている。
「こんなの基礎中の基礎ね」
リディアの得意げな顔はなんか腹が立つ。
俺の想像とは違い、この世界の魔法はものすごく論理的だった。逆に言えば勉強すれば魔法は使えるかもしれないって事だ。
たぶんこの学校にいるエリート達は、あらゆる自然現象を魔法陣に落とし込む事など簡単にできるのだろう。
「それではみんな実際にやってみるのじゃ」
講義の最後には、実技として『魔法陣を思い浮かべ、魔力を流す』練習が行われた。
実技演習で、生徒たちは次々と魔法を発動していく。
俺も試しにやってみることにする。
(よし、まずは簡単な火の魔法を……って、どうやるんだこれ!? 酸素がどうとか全く分からないぞ)
魔法陣の描き方が分からない。まるで未知の数学の公式を解くような感覚だった。
俺は頭を抱えて唸る。
「こいつまさか魔法陣の描き方すら知らないのか?」
「これだから裏口入学は…」
まわりの学生たちは呆れたような視線を向けてくる。
そんな俺にリディアが助け船を出す。
「とりあえず、魔法陣には基礎となる簡単な魔法陣があるの。それを教えるから、そこに魔力を流してみて。魔力を流すのはその思い描いた魔法陣を光らせるイメージよ」
リディアの助言を受け、その簡単な魔法陣を頭に思い浮かべて俺は言われた通りに適当に魔力を流してみるとなぜか魔法陣ではなく俺の右手が金色に光る。
次の瞬間——
「バァァァァァン!!!」
衝撃波が教室全体を揺るがし、窓ガラスが一斉に砕け散る。
悲鳴を上げながら机にしがみつく生徒たち。
「えっ……何? 何が起こったの?」
吹き飛んだ教科書が宙を舞い、教授が目を見開いている。
「なんじゃ! この教室は魔力制御をしてあるのに、魔力が暴発するなどありえん! まさか……お主…魔力総量が規格外なのか!?」
……どうやら、俺は魔法が全く使えないのに、魔力量だけは膨大に持っているらしい。
確かにそれはリリスさんにも言われた事だった。
こうして俺は、『魔法が全然使えないのに魔力量だけは桁違い』というなんとも扱いづらい特殊体質が判明した。
俺に向けられる視線も、「裏口入学のくせに」と見下すもの から「アイツ、本当はヤバいんじゃないか?」と警戒するものへと変わりつつあった。
「なあ、セリーナ。魔法陣に魔力を流し込む量ってどうやって制御するんだ?」
「そうね…風船に空気を吹き込むイメージかしら。小さい風船に一気に空気を吹き込むと割れるでしょ? 割れないように優しく魔力を注ぎ込むの」
なるほど? なんとなくわかった気がした。
さっきの思い描いた魔法陣に、風船に空気を入れるイメージで魔力をおもいっきり流し込む。
「よし! フゥーーーーー」
「ちょっと! 悠斗! 何聞いてたの? そんなに一気に魔力を流しちゃ……」
バァァァァァン!!!
また、やってしまった…。
すると、教授が血相を変えて飛んでくる。
「悠斗!! お主は魔力制御塔の地下特訓室で一週間、徹底的に訓練するのじゃ!一週間は外出も認めん!」
教授の怒鳴り声が教室中に響く。
「えっ!? なんですかそのブラック企業みたいなシステムは!!」
「魔力量が膨大な者は、魔法大学の規則により徹底管理せねばならんのだ!! これは魔法大学の伝統だ!!そこで 一週間、ワシが魔力の制御を徹底的に叩き込むから覚悟するのじゃ!! 寝る間もないと思え!! 食事も一日一回じゃ!」
「ちょっと待て! 伝統がブラックすぎるだろ!!」
こうして俺は魔力制御塔とやらに監禁される事になってしまった。
生徒たちも俺をチラチラみて何か言ってやがる。
「……アイツ、いきなり 強制収容所 にブチ込まれたぞ……?」
「まあ、ある意味裏口への入学だな。裏口野郎にはピッタリだな」
こうして、『学歴ゲットして楽に生きる計画』 は、開始1日目で粉砕され、『魔力量だけチート級な俺の、異世界魔法大学ライフが地獄だった件』という新たな物語が始まろうとしていた。




