まさかのSランク
壇上に立った俺は心臓が跳ねるような鼓動を感じながら、水晶が放つ光を見つめていた。頼む、Bランク僧侶で……これ以外はあり得ない……!
魔術師が呪文を唱え、水晶がさらに明るく輝く。
ん? Bより光が強い気がするぞ…やばいAランクタンクだけは勘弁してください…。
やがて、静まり返った広間に魔術師の声が響き渡る。
「Sランク!……」
えっ! Sランク!?
一瞬、頭の中が真っ白になり、次に込み上げてきたのは猛烈な拒絶だった。
待て待て待て待て待て、なんでSランクなんだ!? 僧侶じゃないのか!? 平穏計画はどうした!?
その瞬間、続けて伝えられたジョブの名前が耳に入る。
「ギャンブラー!」
ギャンブラー?
俺は、さらにパニックに陥った。
はっ? ギャンブラー? ギャンブラーって何?どういうこと!? これ、ジョブなのか? いやいや、どう見てもギャンブルってあのギャンブルだよな? 賭博師とかそんな感じの……何それ!?
壇上で硬直している悠斗をよそに、広間はシーンと静まり返る。クラスメイトたちも、どう反応していいのか分からず互いの顔を見合わせるばかりだ。
「え、これ拍手すべき? いや、Sランクではあるけど……ギャンブラーって……」
その微妙な空気を打破するかのように、玉座に座っていた王様がつい心の声を漏らしてしまう。
「えっ……ギャンブラーって何?どういうこと?」
王様の正直すぎる疑問が広間に響き渡ると、場の空気はさらに困惑へと包まれる。
王様の言葉を聞き、冷や汗が背中を伝うのを感じた。俺が一番知りたいんだけど!?
魔術師も水晶を見つめたまま、首をかしげている。
「陛下……私にも詳細は分かりかねます。ただ、Sランクであることは間違いありません……。」
王様は頭を抱え込むようにしながら配下に尋ねる。
「なあ、ギャンブラーって……これ、どんなジョブか知っている者はいるか?」
「いえ……聞いたことがありません。」
「えっと……どこにも記録がありませんね。」
記録がないジョブ!? そんなのアリか!?
一人の配下が恐る恐る口を開く。
「Sランクということですし、きっと何か特別な力を持っているのでは……とりあえずキープしておく、という方向で……。」
「キープって何!? マッチングアプリじゃないんだぞ!」
周囲の視線が全て自分に向けられている中、俺は冷や汗をかきながら手を挙げた。
「えーっと……陛下? ギャンブラーって、具体的にどういう役割なんでしょうね……?」
その言葉に、王様が再び頭を抱える。
「私が聞きたいくらいだ! いや、Sランクだから強い……のか? いや、ギャンブラーって……ギャンブルだよな? 戦闘で何か役に立つのか?」
「いや、陛下、むしろ戦闘以外で役立つ可能性も……。」
「戦闘以外!? それ、必要か?」
もう誰か説明してくれ……俺、これからどうなるんだよ!?
なんでも知ってそうな顔をしている長老が口を開いた。
「いやいや、Sランクなのですから、戦闘能力もきっと一流でございますぞ。ギャンブルとはつまり、勝利を掴むための知恵と技術を象徴しているのです」
は? 馬鹿なの? そんな適当な分析で俺の運命を決めないでくれ!
王様も長老の話を聞きながら、まだ納得できない様子で呟く。
「……いや、でもギャンブルって、負けることもあるよな? 本当に大丈夫なのか?」
長老は杖を振り上げ、力強く頷いた。
「陛下、そこが重要でございます! 負けることを恐れない者こそ、真の勝者となるのです!」
それ、俺のメンタルに全部丸投げしてない!? ギャンブルって運が絡むだけで、戦闘スキルとかじゃないだろ!?
更に長老は杖を振りながら自信満々に続けた。
「例えば、サイコロを振るだけで敵を撃退する……そんな力があるかもしれませんぞ!」
は? この爺さんマジでさっきからなんなの? サイコロで敵を撃退ってどういうこと!? 戦場にサイコロ持って行くのか!?
広間には再び沈黙が訪れ、クラスメイトたちは微妙な表情で悠斗を見つめていた。中にはクスクス笑う声も聞こえる。
悠斗は必死に場の空気を整えようと咳払いをした。
「えっと……まあ、Sランクってことなので、何かしら役に立つジョブだと……思います……。」
とりあえず追放だけは免れなければと、自分で言っておいて、心の中では震えが止まらなかった。
いや、俺が一番わかってないんだけど!?
てか、3分の1の僧侶を外しておいてSランクギャンブラーってどういう事?!
おい千夏! めっちゃ笑い堪えてるだろ!
壇上でギャンブラーに選ばれた俺が降りた後、次の名前が呼ばれた。
「コホン…まあよい! 次、佐藤大輝!」
悠斗の隣で静かに順番を待っていた大輝が、少し緊張した様子で壇上へと向かう。
クラスの中で唯一、俺が気を許せる友人。性格は明るくおおらかで、どちらかといえば能天気だ。
俺は僧侶の残り枠があと一つだということを思い出しながら、大輝の背中を見送った。
もういいや、大輝が僧侶、引いてくれよ……いや、引け……俺の代わりに平穏を手に入れてくれ……!
魔術師が呪文を唱え、水晶が淡い光を放ち始める。やがて広間に響く声――。
「Bランク! ジョブは僧侶!」
僧侶きたああああああああ!
広間に微妙な拍手が湧き起こる中、俺は自分のことのように喜んでいた。
壇上から戻ってきた大輝に、俺はすぐさま駆け寄る。
「くそーお前羨ましいな大輝、最高だな!Bランク僧侶とか最強だよ!」
大輝は俺のテンションの高さに戸惑ったような顔をしている。
「え、いや……普通だろ? なんでそんなに羨ましがるんだよ?」
俺は胸を張って熱弁を始めた。
「お前、僧侶がどれだけ神職か分かってないのか!? 僧侶は戦場に出なくていいんだぞ! 戦うのは前線の奴らで、お前は後ろで安全圏から回復するだけだ!」
「いや、回復役だって大変だろ?」
「いやいや、考えてみろ! もし敵が攻めてきても、真っ先に狙われるのは前線の奴らだ。お前は後ろにいればいいんだぞ?こんな楽なポジション、他にあるか!?」
「そ、そうか……?」
「それだけじゃない! 僧侶は感謝されるんだ。傷ついた仲間を回復したら『ありがとう!』って言われるぞ! これぞヒーローだ!」
大輝は苦笑しながらも、俺の熱弁に少し納得した様子で頷いた。
まあ、俺の分まで平穏を楽しんでくれ、大輝……お前になら許そう。
そして、クラスで最後の一人――。
「井上慎太郎!」
広間の空気が再び引き締まる。井上は柔道部キャプテンで、体格もいい上に成績も優秀。だが、あまり人と話すタイプではないせいか、クラスではそこまで目立たない存在だった。
「井上、あいつ柔道やってるし、絶対物理職だよな。」
「うん、きっと戦士とかタンクとかだろうな。」
そんな話が聞こえる中、井上は無言で壇上に上がった。
水晶が輝き始め、広間に再び魔術師の声が響く――。
「Aランク! ジョブはタンク!」
拍手が巻き起こり、広間の空気がさらに盛り上がる。
「やっぱりな!」
「井上にぴったりだよ!」
タンク――それは、前線で敵の攻撃を一手に引き受ける最重要ポジション。物理的にも精神的にもタフでないと務まらないジョブだ。
井上が選ばれたのは納得の結果だった。
拍手の中、俺は静かに思った。
タンク……うん、絶対やりたくないやつだな……。
俺を除けばナンバー1のハズレジョブだ(俺基準)。
周囲を見渡せば、全員がそれぞれのジョブに満足そうな顔を浮かべている。
唯一、俺だけがこの場における“外れ枠”のような立ち位置。
……ギャンブラー、これ完全にジョブガチャでのハズレ枠だろ。
だが、その言葉はあくまで心の中に留めておいた。
この微妙な空気のまま、悠斗は壇上を降りた。俺の平穏計画、どうしてこうなった……?