ギルド長 ロバース・フォルド
ギルドのカウンター越しで、セリカさんが俺たちのクエスト報告を受け取っている。書類を確認する彼女は、いつもながらきっちりとした対応だ。
「クエストの完了報告を確認しました。今回はかなりイレギュラーな事案が多かったみたいですね。お疲れさまでした」
セリカさんが淡々と報告書をまとめる。その手際の良さに見とれていると、彼女が続けた。
「はい、こちら報奨金の金貨300枚ですね。クエストの成功、おめでとうございます!」
セリカさんはにっこりと微笑む。
俺は報奨金を目の前にして感慨深く呟いた。
「おお! ついに初めて赤字じゃなかったぞ!」
だが、隣のリディアが容赦なく突っ込んでくる。
「悠斗がマニーショットで金貨を300枚使って、300枚の報奨金だから、実質タダ働きだけどね? あっでも五円玉と五百円玉使ってるから赤字継続よ」
「あれはポケットマネーだからノーカウント! マイナスじゃなかっただけで大進歩なんだよ! 赤字から脱却するって偉業だぞ!」
俺は必死に反論するが、リディアの冷たい視線は容赦ない。
「その理屈だと、また赤字ね。……次のクエスト、大丈夫?」
「うっ……次のことは考えない! 未来の俺がきっとなんとかするはず」
「悠斗の無駄遣いを止められなかったのは私の責任でもあるわ」
セリーナさん。別にそこ責任感じるとこではないよ。
責任感じるなら後衛支援職の俺にヘイト回した事でしょ。どう考えても。
報酬を受け取ったという達成感は一瞬で打ち消され、俺はがっくりとうなだれた。
「まあ今回のMVPは俺だな。俺の絶対選択のおかげだろ?」
「絶対選択? なにそのダサい名前は?」
「ダサいって言うな!俺の2択スキルの名前を昨日、寝ないで考えたんだぞ。他にも『神のえこひいき』とか『ギリギリセーフ』『ご都合選択』とかいろいろ考えたんだぞ」
「あまりにもワードセンスが無さすぎて、3分で考えたんだと思ったわ」
そんなやり取りを見ていたセリカさんが、急に声をかけてきた。
「すいませんリディアさんお話中。実は……ギルド長が皆さんにお話したいことがあるそうです。お時間をいただけますか?」
俺たちはいつの間にかギルドの人達から本名で呼ばれるようになっていた。公式の報告書とか王国に提出する書類とかはユッティーとリディーのままだけど。
リディアが少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷く。
「何かしら? 構わないわ」
めんどくさいけど、自称リーダーのリディアがそう言うならしょうがない。俺たちはギルドの奥にある応接室へと案内された。
応接室に通されると、そこにはイルスフィアのギルド長、ロバース・フォルドが座っていた。ロバースはかつてSランク冒険者として活躍した伝説の人物であり、現在はギルドの運営を仕切っている。
「ロバース様、初めまして。リディアです」
こういう時のリディアは王女らしく挨拶に札がない。
「これは、リディア様。お父様、エルシア王はお元気かな?」
「えっ私の事をご存知でいらっしゃったのですか?」
そのやり取りにセリーナが驚く。
「リディア、あなたエルシア王国の王女だったの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 隠すつもりも無かったんだけど…」
「聞いてないわよ…」
「ギルドは各国に支部があるからな。そこに勇猛果敢な姫様がいる事は広く知られているのだよ」
そうリディアは王女だ。あのチート武器を持っているのもそのせいに違いない。
俺も少し緊張しながらも礼儀正しくロバースに挨拶をする。
「初めまして。佐倉悠斗です」
「ほう、これが話に聞く、Sランク勇者のギャンブラーの悠斗か。よく来てくれた」
「えっなんで俺がギャンブラーだって事知ってるんですか?」
ロバースは重々しく頷きながら、俺たちに座るよう促した。そして、さっそく話を切り出した。
「実はな、お前のことはリリスから聞いているのだ」
「リリス? もしかして王国の魔法職の教官の??」
俺が驚いていると、ロバースはにやりと笑った。
「そうだ。お前が異界から召喚された勇者であること、そしてSランク勇者でありながらギャンブラーという珍妙なジョブを持つこともな」
「ギャンブラーが珍妙って……」
俺が抗議する前に、ロバースが声を上げて笑った。
「いやいや、ギャンブラーが勇者というのはどうにも想像がつかない! ギャンブルで魔王を倒すとでもいうのか? ははは!」
ロバースが笑うたびに俺の心に小さなダメージが蓄積されていく。
「ちょっと待ってください。ギャンブラーってジョブがどういうものか、わかって言ってます?」
「いや、全くわからない。だから聞いている。ギャンブラーが何をできるのか教えくれ」
「えっと、そうですね……2択の運命を絶対に正しい方向に引き寄せるスキルがあって……その名を絶対選択と言うんです」
「それがなんの役に立つんだ? 他には何かないのか?」
「いや、それだけじゃないんですけど!他にもマニーショットという…」
俺が言おうとするとリディアが横から口を挟む
「無駄遣いスキルでしょ?」
セリーナは別のところで驚いていた。
「悠斗、もしかして……あなた、勇者としてもSランクなの? 異界から召喚された勇者であることは聞いていたけれど、まさかSランクだなんて……」
「いやいや、それ今知る? 」
「ありえないわね」「ありえない」
二人が声を揃えて言いやがる。
俺の必死の抗議を無視して、ロバースが話を続けた。
「まあまあ、冗談はさておき…リリスもお前のことを高く評価していたぞ」
「ほんとですか? 俺、魔法職クビになったんですけど…」
リリスさん……そんなこと言ってたのか。意外と俺のことを気にしてくれてるんだな。
ロバースは少し真剣な表情に戻り、俺たちに向き直る。
「実はな、リリスは表向きはイルスフィア王国の魔法師団の団長として勤務している」
「表向きはですか?」
俺が驚くと、ロバースは重々しく頷いた。
「そうだ。リリスは王国に忠誠を誓っているように振る舞いながら、裏ではSランク冒険者として活動している。つまり、ギルドにとっては二重の顔を持つ重要な存在なんだよ」
「……じゃあ、俺が召喚された時、彼女が俺とか他の勇者達の面倒を見ていたのも……」
「それも表の顔としての任務の一環だ。異界の勇者を指導するのも魔法師団の責務らしいからな」
リディアが驚いた表情で口を開く。
「そういうことだったのね……でも、なぜそんな二重の役割を?」
ロバースは厳しい表情を浮かべながら答えた。
「イルスフィア王国の動きは、ギルドにとっても重要な情報なんだ。リリスはその動きを探りながら、必要があれば王国の計画を牽制する立場にいるんだ。別の世界の若者を自らの欲望のために呼び出すような非人道的な行いを許してはおけないしな」
「なるほど……リリスさんって、そんな凄い人だったんだな……」
俺が感心していると、ロバースが少し微笑みながら言った。
「お前は楽しんでいるようだけど、他の異界の勇者達は無理やり連れてこられて、協力をさせられるわけだからな。なんとか救い出してやりたいんだけどな…王国は勇者以外にも大きな力を持っていてな…なかなか手が出せない」
ちょっと待て。誤解があるぞ! 俺も決して楽しんではいないぞ。
「そうだ。今日呼んだのは、別の事を聞きたくてな。今回のクエストで、君たちが遭遇した件について詳しく聞きたい」
俺たちは、クエストで遭遇した漆黒の剣士のことや、彼が異世界から召喚された元勇者であったこと、さらに六芒星の紋章の話までをロバースに伝えた。
ロバースは黙って聞いていたが、俺の手の甲に刻まれた紋章をじっと見つめる。
「ふむ。やはり過去にも召喚された勇者がいたか。それにそやつが言っていた魔王が敵ではない……。やはりイルスフィア王国の動きは気になるな。実はイルスフィアの過去の記録が不自然なまでに残っていなくてな。一度滅びた事はわかっているのだが、そこから今のイルスフィアに繋がる経緯などわからない事が結構あるんだ」
ふと、俺は手の甲に刻まれた六芒星の紋章を思い出した。
「ところで、この紋章はその過去の勇者につけられたんですけど、この紋章のことをロバースさんは知ってます?」
俺が手の甲を見せると、ロバースは少し目を細めて紋章をじっと見つめた。
「うむ……その紋章、初めて見るな。俺も知らん」
「ええっ!? 知らないんですか!? ギルド長なのに? ギルドの依頼を受けて、付けられたのに? 温泉も銭湯も行けなくなったのに? なんでも知ってますって顔してるのに? その眼鏡は飾りですか?」
「知らんと言ったら知らん! それに眼鏡は関係ないだろ! 俺だって何でも知っているわけじゃない!」
その開き直りに、リディアとセリーナがくすくすと笑う。
「悠斗、ギルド長に失礼よ」
「いやいや、事実でしょ! こんなに謎ばっかりでどうしろってんだよ!」
ロバースは笑いながら立ち上がり、俺に向き合った。
「悠斗、お前は不思議な存在だ。ギャンブラーという珍妙なジョブ、Sランクの勇者かつ、冒険者。その怪しい紋章。なぜかこの世界の未知がお前に集まってきている」
俺は平穏な異世界人生を狙っていたんだ。なんでこうなった?
「悠斗よ。リリスに会ってみてはどうだ? 城を抜け出してそのままにしてるんだろ。リリスも気にしてたからな」
確かに、クラスのみんなの様子も気にならないわけではない。小悪党の清水のその後も気になる。
何よりリリスさんめっちゃ綺麗だったしいい匂いがした。
リディアとは違う大人の色気っていうか。
「リリスさんに……俺も会いたい!」




