命を賭けた大勝負
扉を開けた瞬間、空気が変わった。冷たく張り詰めた何か――言葉にしがたい不穏な気配が俺たちを包み込む。
広がる光景は、かつての王の間だったのだろう。朽ち果てた豪奢な装飾、ひび割れた床、そして壁に掛けられた古びたタペストリーが、かつてここが栄華を誇った場であることを物語っている。
だが、俺たちの目を引いたのはその真ん中に立つ存在だった。
「……あれは人間か?」
俺はつい声に出してしまった。
その人物――いや、剣士は、漆黒の靄を纏って佇んでいる。
体から立ち上る黒い霧は不気味で、その赤い目がぎらりと光るたびに、背筋が凍りつくような感覚が襲ってくる。
なんだあれ? 見るからにやばい。やばいなんてもんじゃない。どう見てもラスボスの威圧感だ。
「何なの、あれ……ただの剣士じゃないわ」
セリーナが呟きながら杖を握り締めた。
「どう見てもただ者じゃないだろ。やばいのに絡まれたって感じしかしないんだけど!」
俺は後ずさりしながら声を上げた。
すると、その剣士が動いた。まるで空気を裂くようなスピードで俺に向かって剣を振り上げてきた。
「うわっ!?」
咄嗟に身を引こうとしたが、俺の動きより剣士のスピードが圧倒的に速い。
「悠斗、下がって!」
セリーナが叫ぶと同時に、彼女の防御魔法が発動。淡い青い光が俺の前に広がり、剣士の一撃を弾き返した。
「た、助かった……」
俺は膝をつきながら息を整える。
みんな3択だと、迷いなく俺を狙うのやめてくれないか。
「ただの剣士じゃない。あれが、この古城に巣食う元凶……間違いないわ」
セリーナの声は冷静だが、その瞳には緊張が浮かんでいる。
「悠斗!」
リディアが鋭く俺を睨むようにして叫ぶ。
「また隙を作るから、ダガーで仕留めて!」
「また同じ手? いやいや、ゴーレムの時みたいな雑なタイミングじゃ無理だって! 俺が刺せる隙をちゃんと作ってくれないと!」
俺は必死に訴えるが、正直心の中では叫びたい気持ちでいっぱいだった。こんなやべえ相手に俺の命懸けのダガーが通用するのか?
リディアはエレメンタルスフィアを呼び出し、氷煌剣を握りしめると、剣士に向かって突進していく。
「まずは凍らせる! 極寒絶華斬!」
青白い輝きを放つ剣が空を裂き、無数の氷の花弁が舞い上がる。それらが剣士を包み込むように襲い掛かり、足元を凍結させた。
「やったか……?」
俺は息を呑むが、次の瞬間、剣士が黒い靄を纏ったまま氷を砕き、剣を振り回す。
「速い! こんなのまともに戦えないわ!」
リディアが歯を食いしばりながら後退する。
「セリーナ、サポートお願い!」
リディアの叫びに、セリーナがすぐさま詠唱を始める。
「動きを封じるわ! 地面制動!」
セリーナの魔法で地面が動き、剣士の足元を崩した。その隙にリディアは剣を翔刃剣に切り替え、再び突進する。
「嵐輪斬!」
風の剣が竜巻を生み出し、剣士を空中に巻き上げた。これで少しは攻撃を防げるかと思ったが、剣士は空中でも不気味なバランスで動き、リディアの攻撃をすべて弾き返す。
「これ、ダメだろ……」
俺は絶望的な状況を見て呟いた。
明らかにさっきのゴーレムと違い、力の差は歴然だった。
剣士の攻撃はますます激しくなり、リディアとセリーナも防戦一方だ。セリーナの表情にも焦りが見える。
「無理だ、これ力の差がありすぎる!」
しかし、俺も後方支援職の端くれ。プライドもある。何かしなければと思い、ポケットを探る。
手に触れたのは五百円玉だった。
五百円玉は俺の世界で最強のコインだ。持っているだけでもテンションが上がる代物だ。これ一枚あればコンビニで大抵のものはゲットできる。
「これでどうだ! 最強のコインの力を見せてみろ!」
俺は銃に五百円玉を装填し、剣士に向けてマニーショットを撃ち放った。
「くらえ!」
五百円玉が剣士の胸を直撃し、勢いよく吹き飛ばした。
「すげー! さすが最強のコイン! やったか!?」
しかし、剣士は立ち上がり、赤い目をぎらつかせながら俺を睨む。次の瞬間、俺に向かって突進してきた。
どうやら剣士のヘイトを一身に受けてしまったらしい。
「おい、なんで俺なんだよ!? やべー怖えー!」
後方支援職の俺に敵のヘイトを集中させた時点でリディアとセリーナは無能確定。俺は後で抗議したい。
迫り来る剣士の剣に、右か左か選択しながら何とか避ける。
不自然なまでに避ける事ができているのは俺の2択で正解を引くスキルのおかげだろ。
これだけ有能なスキルだからこの戦いに生き残れたらなんかカッコいいスキルの名前でも考えてあげよう。
剣士の攻撃を避けている間に俺の頭の中も少しづつ冷静さを取り戻す。
俺はポケットの中の最後の五百円玉を握り締める。
「狙うのは剣だ。あいつの持っている剣を吹き飛ばす」
「セリーナ、少しでいい。あいつの動きを封じられないか!?」
逃げながら叫ぶ俺に、セリーナが応じる。
「わかった……何とかするわ!」
セリーナが魔法を放つと、地面を根が張りだしその根が剣士に絡みつき、一瞬剣士の動きが止まる。
「よし! 今だ! マニーショット!」
俺が狙うのは剣士ではなく、持っているその武器だ。五百円玉が剣士の持ってる剣に当たり剣を吹き飛ばす。
「なんで、あいつに打ち込まないで剣なのよ!」
リディア、うるさい。
しかし俺はダガーから銃に持ち替えた瞬間、手が滑って俺のダガーを剣士の目の前に落としてしまう。
「なんでダガー放すのよ! せっかくセリーナがあいつの動き止めたのに!」
リディア、うるさい。
剣士の目の前には俺のダガー、遠くには剣士の剣。目の前にはお前よりも圧倒的に弱い俺。この状況で剣士がどう動くか……俺は考えた。
(この2択なら、どっちを拾う?)
剣士は迷わず俺のダガーを拾い、それを俺に向けて突き刺してきた。
「ぐっ……!」
ダガーが俺の胸に突き刺さる感覚に、俺は血を吐きながらも言い放った。
「そのダガーは……刺した敵を即死させるか、刺す自分が死ぬかの2択だ。俺は2択じゃ絶対に死なない……倒れるのは、お前だ!」
剣士が黒い靄を纏いながらその場で崩れ落ちた。
俺はその場にへたり込むと、大きく息を吐いた。
「ったく……命懸けにも程があるだろ……」
リディアが駆け寄り、今にも泣き出しそうな顔で、心配そうに俺を見てる。
「悠斗、大丈夫!? 無理しすぎよ!」
セリーナも微笑みながら言う。
「それでも、見事な判断だったわ。命懸けの2択よかったわ」
俺は二人を見上げて苦笑いを浮かべた。
「褒めるのはいいけど、セリーナさん回復魔法かけてくれませんかね。命懸けっていうか命失いそうなので」
セリーナの回復魔法で俺の傷はみるみるうちに塞がっていく。
「回復魔法って不思議な感覚なんだな。なんていうか身体の細胞が活性化されて、自然に治癒していく感覚? めっちゃ強いエナジードリンク飲んだみたい」
というか俺、もしかして命を賭けた生か死かの2択の大勝負にも絶対勝てるって事なのかもしれないな。それはそれでギャンブラーのスキルすごいな。
まあそんな局面もう御免だけど…。




