ご縁がありますように
古城の入り口にたどり着いた俺たちの前には、巨大で重厚な扉がそびえ立っていた。
黒ずんだ鉄でできたそれは、長い年月を経てところどころ錆びついているが、威圧感は健在だ。表面に刻まれた古びた紋様も相まって、不気味さと厳かさを同時に感じさせる。
「これが……入り口か」
俺は思わず声を漏らしながら、扉に手を伸ばした。
「悠斗、待ちなさい」
セリーナの鋭い声が飛び、俺の動きはピタリと止まった。
セリーナは冷静な目で扉を見上げながら、慎重に指先を動かして何かを探るような仕草をしている。
「何年も……開いた形跡はないわね。でも、それが逆におかしいのよ」
「おかしいって、どういうことだ?」
俺が首をかしげると、セリーナは扉から視線を外さずに答える。
「行方不明になった冒険者たちの中には、実力のある者もいたはず。少なくとも、この扉までは辿り着いている可能性が高いわ」
リディアもその言葉に頷きながら、じっと扉を見つめている。
「じゃあ、この場所で何かがあったってこと?」
「その可能性が高いわね。もし彼らがここで力尽きていないのであれば、扉がこんなに閉ざされたままでいる理由が説明できない。何か異常なことが起きたと考えるべきよ」
「異常なことか……」
俺は周囲を見回しながら小さく呟いたが、特に目立った手がかりは見つからない。重苦しい空気が漂っていて、何もかもが不気味だ。
リディアが剣を構えながら一歩前に出た。
「とにかく、扉を開けてみないとわからないわ。開ける方法探さなきゃ!」
「そうだな…何か扉にヒントがあったりして」
俺が扉に触ろうとした時、セリーナが溜息をつきながら冷静に言い放つ。
「悠斗、あなたは少し下がってなさい。もし仕掛けがあったら、今のあなたでは対応しきれないわ」
そう言われると、さすがに何も言い返せない……いや、言い返さないけど、でも俺にはどうしても試したいことがあるんだ。
ポケットの中に静かに握りしめた五円玉。俺の世界では「ご縁がありますように」なんて意味が込められている。こんな状況で使ったら、何かすごいことが起きるんじゃないかって気がしてならない。
どうしても使いたい。この衝動は誰も止められない。
こっそり五円玉をマニーショットにセットし、俺は小さく呟いた。
俺の世界に伝わる最強の詠唱を始める。
「ご縁がありますように……」
そして、引き金を引いた。
銃口から飛び出した五円玉は緑がかった光を放ちながら扉に直撃。その瞬間、除夜の鐘のようなゴーンという音が鳴り、扉全体に波紋が広がり、鈍い音とともにゆっくりと動き始めた。
「うおー! キター!! 五円玉すげー!」
「……開いた!? 悠斗、何したの??」
リディアが驚きの声を上げる。
「何これ…… 一発で?」
セリーナも呆然と扉を見上げている。
俺は得意げに胸を張り、ドヤ顔で説明を始めた。
「これが五円玉の力だ! ただの硬貨じゃない。俺の世界では、神聖なコインとして扱われてるんだぞ!」
「神聖な……コイン?」
リディアが不思議そうに首を傾げる。
「そうだ! この五円玉っていうのはな、『ご縁』があるって言われてて、昔から神事やお祭りで使われてるんだ。人々の願いが込められた特別な硬貨ってわけ!」
「……ご縁?」
セリーナも疑問を浮かべた顔で俺を見つめる。
「例えば、神社でお賽銭を投げ入れて『良い縁がありますように』って願ったりするんだ。それに、この五円玉には穴が開いてるだろ? それが円環を象徴してるんだよ! 縁が繋がるっていう意味があるんだ!」
俺が熱弁を振るうと、リディアが肩を落としながら呆れた声を漏らした。
「神社? おさいせん? 何を言ってるのか分からないけど、いくらなんでも偶然でしょ……そんな話、信じられるわけないわよ」
「偶然? いやいや、偶然でこんな大扉が開くと思うか? これは五円玉の『ご縁』パワーが発揮された証だ! 俺とこの扉にご縁があったのさ」
「はいはい、そういうことにしておくわ……」
リディアは顔を覆いながら深いため息をついた。
セリーナは扉を見上げていたが、静かに首を振る。
「……たまたまでしょうね。それでも、結果オーライということで良しとするわ」
「おいおい、俺の世界の話をもっと真剣に聞けよ!」
俺が文句を言うと、セリーナが突然、疑問の目を向けてきた。
「ちょっと待って。さっきから言ってる悠斗の『俺の世界』ってどういう意味?」
「ああ、それか。俺、異世界から召喚されたんだよ。王様にさ、こんな感じで――」
俺は適当に手を回して魔法陣のような動きを再現してみせた。
「……異世界から……召喚?」
セリーナの目が大きく見開かれる。
「ああ。召喚されてすぐギャンブラーになって、リディアと会って冒険者になり、今に至るってわけさ!」
リディアはあっさりした調子で「そういえばそうだったわね」と言っているが、セリーナは驚いた顔で俺を見つめている。
「……それ、普通に聞き流せる話じゃないわね」
セリーナが真剣な顔でそう言う。
「まあ、でもおかげでセリーナとリディアとも『ご縁』があったんだろ? さあ、細かいことは気にせず進もうぜ!」
「それ細かい事なの?」
俺が扉の奥に進もうとすると、リディアが鋭い目で確認してきた。
「ねえ悠斗、その神聖なコイン、まだ持ってるの? 持ってたら一枚ちょうだい!」
「いや、それが最後の一枚だった」
「最後の一枚ぃぃぃぃぃ!?」
リディアとセリーナが声を揃えて叫ぶのを背に、まだ五百円玉はあるぜと密かに思い、俺は堂々と扉の先へと足を踏み入れた。




