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MVPは誰だ?

ギルドの受付で銀貨一枚を受け取った俺たちは、早速、報酬の分配について話し合うことになった。


「リディア、この銀貨を銅貨に両替して二人で分けよう。銀貨一枚は銅貨100枚だから、リディアが銅貨30枚で、俺が70枚な」


俺が胸を張って言うと、リディアが眉をひそめて鋭い目つきで問い返してきた。


「なんでその分け方になるのよ?」


「ちゃんと計算した結果だぜ! 今から 理論的に説明してやるよ」


「……聞かせてもらうわ」


リディアは腕を組んで俺を睨みつける。まあまあ、聞けば納得するからさ。俺は咳払いをして説明を始めた。


「まず、今回討伐したゴブリンは合計3体だよな?」


「ええ、それはそうね」


「で、ゴブリン一体あたり銅貨30枚に相当するだろ? それを基準に計算すると――俺がゴブリン2体を倒したから60枚、リディアが1体だから30枚だ。ここまではいいか?」


「……まあ、そこまでは分かるわ」


「で、残りの10枚を俺が持っていくのは、俺が今回のMVPだからに決まってるじゃん」


俺が堂々と言い放つと、リディアの目がさらに鋭くなった。


「えむぶいぴー……?」


「そう、最優秀プレイヤー。俺がゴブリン2体を華麗に『ゼニ投げ』で仕留めたの、見てただろ?」


「華麗も何も、ただ金貨を投げて爆発させただけじゃない……!」


「まあ聞けって。リディアが1体倒しただけじゃ、今回の討伐は成功してなかったんだぞ? 俺がいなければ、残りの2体に襲われてやられてたかもしれないんだから」


リディアは呆れたようにため息をつきながら首を振る。


「確かにゴブリンを倒したのは評価するけど、そもそも金貨を2枚も使った時点で赤字じゃないのよ! 報酬が銀貨1枚なのに、金貨2枚消費してる時点で、あなたの『ゼニ投げ』は無駄遣い以外の何物でもないわ」


「赤字とか関係ないだろ! 使ったのは俺の金貨だし、泣きたいのは俺なんだぞ。それに戦いってのは勝つことが最優先なんだよ! その結果、安全に勝てたんだから俺の功績は揺るがない!」


二人で押し問答をしていると、ギルドの受付で俺たちのやり取りを聞いていたらしい冒険者の一人が苦笑いしながら声をかけてきた。


「おいおい、そこまで揉めるくらいなら、仲良く半分ずつにしたらどうだ?」


「……半分?」


リディアがその提案に一瞬乗り気になるが、俺は即座に首を横に振った。


「ダメだ! 半分なんて不公平だろ! 俺の功績はそれ以上だ!」


「じゃあ……70対30で納得すると思ったの?」


リディアの指摘に、俺は少しだけ目を逸らしながら呟く。


「……まあ、言われてみればちょっと強引だったかもしれない」


「最初から認めなさいよ!」


結局、俺たちは妥協案として銀貨を銅貨に両替し、60対40で分けることにした。


「次回は、ちゃんとお互い納得できる分配方法を考えるわよ」


俺は少し納得いかない顔をして銅貨を受け取った。俺はその手にした銅貨を眺めて思いつく。


「まあでも……これで俺には奥の手が使えるようになった」



翌日、俺たちは再びゴブリン退治に出かけていた。


「よっしゃ! 今日の俺は一味違うぜ! リディア、見てろよ!」


「昨日の赤字を取り返すとか言ってたけど、本当に大丈夫なの?」


「安心しろ。俺には最強の奥義がある!」


そう、昨日は金貨を使ってしまったせいで赤字だったが、今日は違う。俺の手には、報酬で得た銅貨がある。これならコスパ最強だし、リディアにも文句は言わせない。


目の前には3体のゴブリンが現れていた。昨日と同じように、ぎょろついた目でこちらを睨んでくる。


「いくぞ! 見てろ! ゼニ投げ!」

俺はポケットから銅貨を取り出し、ゴブリンの額を目掛けて銅貨を指で弾き飛ばした。


勢いよく弾き出された銅貨は空中でキラリと光を帯び、昨日の金貨と同じように一直線にゴブリンの額へ向かう。




————ペチッ。



微妙な音と共にゴブリンの額に当たった銅貨が悲しく床を転がり、やがて消えた。



「…えっ? ペチッ?」


全然効いていない。銅貨ダメじゃん。一刀両断できてないじゃん。



リディアのため息を交えた、呆れた目が俺を突き刺す。

「ねえ悠斗? ふざけてるの? 次は私がやる!」


その瞬間リディアが剣を抜き簡単にゴブリンを仕留める。

「今回のMVPは私で文句はないわね?」


今回は何にも言えなかった。


黙ってリディアに頷いた。




▼△





清水翔はどこまでも続く荒野を彷徨っていた。

乾いた風が吹き荒れ、足元の砂が舞い上がる。背後では魔物の足音が迫ってくる。


「……なんで、こんなことになった?」


ボロボロになった学生服の袖を掴みながら、翔は荒い息をついて前へ進む。背後から聞こえる魔物の咆哮に、振り返る余裕もない。ただ、走るしかなかった。


視界の先に広がるのは、どこまでも続く赤茶けた大地。木陰どころか小さな岩さえ見つけることができない不毛の土地だ。太陽は容赦なく照りつけ、汗がじりじりと焼けつくような痛みを伴って肌を流れる。


「……なんで俺だけがこんな目に遭うんだよ」


学校での記憶が、怒りとともに鮮明に蘇る。

いつものように草野淳をからかっていたとき、突然あたりがまばゆく光り輝いた。そして気がつくと、見知らぬ広間にいた。


「魔王を倒してほしい」

玉座に座る王を名乗る男がそう告げた。


自分は選ばれるべき人間だ。

ずっとそう信じて疑わなかった。


だが、現実は無慈悲だった。

「Eランク、小悪党」と告げられた瞬間、広間に響き渡るクラスメイトの笑い声――。


「清水、お前、そっち側かよ!」

「小悪党とかピッタリじゃん!」


取り巻きの笑い声に乗じて、あの草野淳ですら、冷笑を浮かべていた。


「ふざけんな……俺が、Eランク?」

心の中で何度叫び、問い直しても、現実は変わらなかった。


剣士や魔導士、Bランク、Sランク――クラスの誰もが「選ばれし役割」を手にする中、自分だけが「使い捨ての小悪党」だと烙印を押されたのだ。


弱いものは強いものに蹂躙される。それが自然の摂理だ。


これまでの人生が脳裏に浮かぶ。

母親に捨てられ、義父に虐げられ、それでも自分を奮い立たせてきた。弱者を見下す側に立つことで、やっと平穏を得ていたはずだったのに――。


なのになぜ自分が弱いもの側に回っている?

意味がわからなかった。


屈辱に震えながら周囲を睨み返したが、誰も目を逸らさない。むしろその視線は、さらなる嘲笑を浮かべていた。


反論しようとした言葉を飲み込む暇もなく、翔は広間から追い出された。


そのとき――

「待ってください! 清水だって役に立つはずですよ」


たった一人、悠斗だけが自分を庇った。

普段から無関心で、自分を軽蔑するような目で見ていたあいつが――なぜ?


「あいつが俺を?」

疑問が頭をかすめるが、この状況で考える余裕なんてなかった。


翔は悠斗のことが苦手だった。

力もないくせに、なぜか堂々としている。クラスの中心にいる人気者たちとも、目立たないヤツらとも分け隔てなく接して、自分を飾らずにさらけ出している。


それでいて、悠斗はどこにいても自然と居場所を作り出していた。その姿が、翔にはどうしても理解できなかった。


(なんであいつはあんなに堂々としていられるんだ? 俺だって誰より強く見せて、周りをねじ伏せてるのに……)


自分は強がって周りを支配しなければ、存在価値を感じられなかった。だからこそ、悠斗のように力に頼らず、誰に対しても素直でいられる姿を見るたびに、自分の内側がざわついていた。


「……もういい、考えても仕方ない――だったら、俺を笑ったやつら全員を見返してやる」


唇をかみしめ、拳を強く握りしめる。


自分を馬鹿にしたクラスメイト、自分をこんな目に合わせたあの国、そして、自分をまたしても拒絶するこの世界全てに復讐したい。そう考えた。


しかし、この世界は無性にもそれを許してくれない。


次の瞬間、背中に衝撃が走る。鋭い爪が肌を裂き、血の臭いが漂った。「くそっ……!」呻きながら地面に崩れ落ちる。視界の端で、魔物の鋭い牙がギラリと光るのが見えた――。


薄れゆく意識の中、自分の言葉を繰り返す。

——-弱いものは強いものに蹂躙される。


その時、意識の遠くで微かに声がする。


「……魔王様…人間…倒れ…ていま…す」


「………ほう、これは興味深い。治癒して…連れて帰れ…おそ…く……異界の勇者…面白い存在だ…再…力を与えよう……異なる役割……として…」


そして魔王の最後の言葉を聞く前に、誰かに抱え上げられた感覚と共に、翔の意識は暗闇に溶け込んでいった。



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