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ギャンブラー奥義

 俺たちは今回の討伐対象であるゴブリンが出るという西の森に向かっていた。


歩きながら、ふと思った疑問をリディアにぶつける。


「なあリディア、後方支援職って具体的に何すればいいと思う?」


リディアは振り返らず、前を向いたまま淡々と答える。


「魔法で支援したり、前衛を回復したり、いろいろよ」


「俺、魔法も使えないし、回復も無理なんだけど? この場合は俺、何する?」


リディアは足を止め、じっとこちらを見た。


「……じゃあ、何ができるの?」


「……えっと、敵が来たら叫ぶとか?」


「それ、後方支援じゃなくてただの見張り役じゃない」


俺は慌てて反論する。


「見張り役も重要だろ? 例えば、敵が横から襲ってきたときに『来たぞー!』って叫べば、リディアだって助かるだろ?」


リディアは呆れた表情でため息をついた。


「……まあ、いいわ。でも、その程度の役割ならいなくても同じよ」


「おいおい、それひどくないか?」


リディアは肩をすくめながら歩き出す。


「足手まといになるくらいなら、ついてこないでって感じね。そもそもゴブリンなんて私一人でも大丈夫なんだから!」


「……冷たすぎるだろ! 俺たち、仲間だよね? 一応!」


「仲間なら、少しは役に立つことを考えなさい」


リディアの辛辣な言葉に、俺は返す言葉が見つからず黙り込む。


(やべぇ……俺、完全に戦力外扱いじゃん。冒険者になったのに、戦闘能力ゼロだしな……)


そんな俺の心中をよそに、リディアは軽い足取りでどんどん先に進んでいく。俺は溜め息をつきながら、その背中を追うしかなかった。


西の森に近づくにつれて、周囲の空気が徐々に変わっていくのが分かる。鳥のさえずりは途絶え、木々の間から吹く風の音だけが響いていた。


緊張感がじわじわと増してきて、喉がカラカラに乾いてくる。


いくら「初級の魔物」として有名なゴブリンとはいえ、平和な日本で育った俺にとってゴブリンは紛れもなく「異世界の化け物」だ。


平和な日本で誰かと闘う経験なんてあるはずがない。

よくて口喧嘩だ。俺はその口喧嘩すらなるべく避けてきた。それが凶悪な化け物と一戦交えようとしている。


控えめに言ってもクレイジーだ。


「ゴブリンなんて私一人でも大丈夫なんだから」とリディアは軽い口調で言っていたが、正直、俺には全くそう思えない。


アニメやゲームで何度も見てきたあの緑色のキャラクターたち……でも実物は絶対にそんな可愛い感じじゃないだろう。


木々の隙間から見える西の森が迫ってくる中で、リディアがふいに手を挙げて止まれの合図を出した。


「止まって」

リディアの声に緊張感が増す。


俺はその言葉に反射的に足を止め、リディアの視線の先を追うと、遠くに3体の小さな影が見えた。


「あれ……ゴブリン?」


初めて生で見るゴブリン。思わず、息を呑んだ。そこにいたのは、アニメやゲームで見た可愛らしいキャラとは全く違う、紛れもない「怪物」だった。


目は不気味に白目だけが浮かび上がり、異様に尖った耳が頭から飛び出している。大きく裂けた口からは汚い歯がのぞき、だらしなく垂れた舌が地面に滴を落とす。


身長はそれほど高くないが、筋肉は異様に発達していて、その体躯には無駄な脂肪が一切ない。何より、その動きが不気味だ。


ゴブリンたちは低い不気味な声を放ち、飛び跳ねるように動き回り、時折身体をくねらせながら、何かを探るような仕草をしている。


その動きは不規則で、何を考えているのか全く読めない。その事がその化け物の不気味さを増幅させる。


「……ヤバい、生のゴブリンめちゃくちゃ怖ぇぇぇ!」


思わず口をついた俺の声に、リディアがちらりと振り返った。


「へ、へ、へ…平気よ。あ、あ、あれはただのゴブリンよ」


「あれ? リディアさんビビってません?」


さっきまで余裕をかましていたリディアの目も泳いでいる。


「仕方ないじゃない…! 実戦は初めてなんだから!」


(はい? 今なんと……?)

よく見るとこいつめっちゃ汗かいてるじゃん! しかも声震えちゃってるし! 目指すはAランクと言いながら俺よりびびってるぞ。ガチな格好してホーリーナイトとか言ってたくせにダセェ!! 


自分よりビビってるやつがいると、なぜか自然と落ち着く。

「あの、リディアさん、相手はたかがゴブリンですよ。ちょっとビビりすぎじゃない?」


同時に俺は、ビビり散らかしているリディアを後方支援職として励まさなければいけないと感じた。

リディアに向き直り優しく伝える。


「いいかリディア、俺は役に立たない。だからリディアが勇気を出して戦うしかないんだ! ビビってる場合じゃない。こんなとこで死にたくないだろ? だから剣を抜け!」


俺は真剣な顔でリディアに伝えてあげた。


リディアは一瞬ポカンとした後、眉間にシワを寄せた。


「……なんで戦えないくせにそんなに上からなの?」


その冷たいツッコミに、俺は内心ヒヤッとした。


「いや、別に上からとかじゃなくて、事実を述べただけっていうか……」


「じゃあせめて、私を応援するとか、もう少し建設的なことを言いなさいよ!」


「えっ、応援? なんか恥ずかしくない?」


「恥ずかしいとかじゃないの! 戦いの場で仲間がそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」


リディアがヒートアップしている横で、俺は冷静に考える。


(いやいや、戦力外なのは俺だって最初から分かってるんだからさ……なんで俺が怒られるんだ?)


「まあまあ、落ち着けよリディア。ゴブリンなんて初級モンスターなんだからさ。きっと楽勝だって!」


俺は軽く肩をすくめて言ったが、リディアの目がさらに鋭くなった。


「はあ? だったら悠斗がやりなさいよ!」


「えっ!? 俺は後方支援担当だから!」


「後方支援って何するつもりなの?」


「……あの、遠くから応援するとか?」


「それただの見物じゃないの!」


リディアは額に手を当てて深いため息をついた。


けれど、その間に彼女の緊張が徐々にほぐれているのが分かった。最初は震えていた剣の先がピタリと止まり、呼吸も落ち着いてきている。


「あれ? リディアなんか余裕出てきてない?」


俺がそう言うと、リディアは眉をひそめながらも小さく頷いた。


「……まあ、こんなやり取りをしてたら、あのゴブリンたちが少しマシに見えてきたわ」


「おっ、それならいけるだろ! 俺、精神的支援してたってことだよな?」


「違うから!」


リディアはツッコみつつも、肩の力を抜き、剣を構え直す。その姿を見て、俺は心の中でガッツポーズを決めた。


(よし、結果オーライ! 俺はやっぱり後方支援に向いてるかもしれないな!)


その時だった。


不意に、ゴブリンの一体がこちらに気づいたようで、ぎょろりとした白目をこちらに向け、喉の奥から低い唸り声を上げた。残りの二体もそれに気づき、同じようにこちらを睨みつけてくる。


「リディア……こっち見てるけど?」


「分かってるわ! あなたは下がってて!」


リディアの声が緊張感を帯びると同時に、ゴブリンたちが奇声を上げながら走り出した。その動きは異様に素早く、こちらの様子を伺う余裕なんて与えてくれない。


「うわ、来た来た来た来た! マジで来たって!」


俺は慌てて後ろに下がり、木の影に隠れる。リディアは剣を握り直し、一歩前に出た。


「ゴブリンなんて大したことない……大丈夫、私ならできる!」


自分に言い聞かせるように呟きながら、リディアは剣を振り上げる。ゴブリンの一体が勢いよく飛びかかってきた。


金属がぶつかり合う音が響く。リディアの剣がゴブリンの棍棒を弾き飛ばし、鋭い斬撃がゴブリンの腕をかすめる。


「よし、当たった!」


リディアが喜ぶのも束の間、別のゴブリンが側面から突進してくる。


「リディア! 右だ右! 来たぞー!」


俺の叫び声に反応し、リディアは素早く剣を振り回すが、ゴブリンの動きが予想以上に素早い。剣先がわずかに届かず、ゴブリンは棍棒を振り上げてきた。


「くっ……!」


リディアは咄嗟に剣で防御し、衝撃でバランスを崩すものの、何とか持ちこたえる。しかし、3体目のゴブリンがその隙を狙い、後ろから迫ってきていた。


「リディア! 後ろだ!」


再び叫ぶ俺の声にリディアが反応する。彼女は振り返りざまに剣を振るい、間一髪で迫るゴブリンの攻撃を防ぐことに成功する。


「ふぅ……間に合った……!」


汗を浮かべながらも、リディアは一瞬の隙を逃さず反撃を仕掛ける。その剣は真っ直ぐにゴブリンの胸を貫き、一体が地面に崩れ落ちた。


「やった! 一匹倒した!」


リディアが息をつきながらも気合を入れ直す。しかし、残りの二体はその死をまるで意に介さないように、さらに激しく奇声を上げて襲いかかってくる。


「リディア、大丈夫か!? あと二体いるぞ!」


「分かってるわ! でも……!」


リディアの動きがわずかに鈍っているのが分かる。先ほどの防御で体力を削られたのかもしれない。


(やばい……このままじゃリディアがやられる! でも俺にできることなんて……!)


俺は木の陰から必死に状況を見守りながら、頭をフル回転させる。何か、何かできることはないのか……!


その時、俺はポケットに手を突っ込み、硬い感触を掴んだ。取り出してみると、それは金貨だった。


俺は金貨をゴブリンの額を狙って弾き出した。


「そりゃあああ! なんか分かんないけどいける気がするぞ!」


すると金貨がなぜか光を纏う。そして猛スピードで飛んでいき、ゴブリンの額目掛けて一直線に進む。だが、ゴブリンはその直前で素早く身をひねり、偶然にも金貨をかわした。


「くそっ、ダメか!?」


と思った瞬間、金貨が空中で不自然に方向を変え、ゴブリンの背後から猛スピードで追尾し始めた。


「な、なんだこれ!? 自動追尾機能ついてんのかよ!」


ゴブリンが奇声を上げながら必死に逃げようとするが、金貨は瞬時にゴブリンを捉えて、ゴブリンの額を貫く。


次の瞬間――


ゴブリンは眩しい閃光とともに木っ端微塵に吹き飛んだ。


「……はっ!? な、なんだ今の!? ゴブリンが爆発したぞ!?」


リディアが剣を構えたまま口を開けて固まり、俺もその光景に目を見開いて口を開けて呆然としていた。


リディアと目が合う。俺は黙って頷き自慢気に伝える。

「………リディア見たか! これがギャンブラー奥義……『ゼニ投げ』だ!」


まあ使うと金貨一枚消え去るみたいだけど。一回あたり10万円か…高いな。でも背に腹は変えられない。


「リディア見てろ! 俺には金貨があるからもう1匹も仕留めてやるぜ!」


「(えっ?! 今の何???) ちょ、ちょっと……ゴブリンに金貨一枚なんて無駄遣いよ! 」


リディアが嘆く中、最後のゴブリンが怯えたように後ずさりを始める。その姿を見て、俺は金貨を指で上に弾きながら笑った。空中で回ってるコインが再び俺の手の中に収まる。


「おいおい、逃がすわけないだろ。ほら、次はお前の番だ!」


俺はそう言って、金貨をゴブリンの眉間目掛けて弾き飛ばした。


金貨は光を纏い、またもや空中で不自然に曲がりながらゴブリンの背中に突き刺さる。そして――


閃光とともに、ゴブリンは見事に吹き飛んだ。


「ふぅ……これで全滅だな!」


俺が安堵の声を漏らす中、リディアが額を押さえながら呟いた。


「……たった2匹のゴブリン相手に、いくら使ったのよ……」


「ははは……まあ、戦いに勝つためには投資が必要なんだよ!」


「それ、無駄遣いって言うのよ!」


冷静に戻ったリディアが金貨を見つめて呟く。

「それにしても……ねえ、なんで金貨があんな動きをしたの?」


「さあ……ギャンブラー奥義? あっ俺、そういえばダガー使い忘れた…試そうと思ったのに」


その後、無事ゴブリンを討伐した俺たちはギルドに戻り、討伐報告を済ませると、受付の女性が銀貨1枚を渡してきた。


「初めての依頼でゴブリンを3体も退治するなんて、凄いですね! こちら報酬です」


「えっ……これだけ?」


「ええ。初級のゴブリン3体なら、相場は銀貨1枚です」


俺はその銀貨を見つめた。金貨2枚分の消費で手に入るのがこれだけ……? 20万使って1万円しか返ってこないの?


リディアが呆れたように肩をすくめて言う。

「だから言ったでしょ、無駄遣いだって」

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