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第15話 フィリスフィードでの日常

 再びフィリスフィードに向けて歩き始めた俺たちは、ちょうど村の入口近くに並んでいる馬商人の店に目を留めた。


 旅路の疲れもあったし、移動を少しでも楽にするため、馬を購入することにした。


 立ち並ぶ馬たちはそれぞれ毛並みもよく、気高い目をしている。


 俺たちは歩み寄り、一頭ずつ見て回った。


「この馬なんてどうかしら?」


 リリスが一頭の栗毛の馬のたてがみを優しく撫でている。

 その馬は気品を漂わせる姿で、少し鼻を鳴らしてリリスの手に触れる。


「おお、いいを目してるな。筋肉も引き締まってるし、これなら山道でも問題なさそうだ」


 俺は馬の脚や体つきを注意深く見て、乗り心地を確認するようにその背中を撫でてみた。

 

 柔らかくも力強い毛並みが指に触れ、なんだか頼もしい気がした。


 一方で、セバッチャンもまた別の黒い馬の首元を撫でている。


 その馬は鋭い眼光でこちらを見据え、一見して只者ではない風格を漂わせていた。

 

 セバッチャンは少し厳格な表情で馬を観察し、口元にわずかな微笑を浮かべる。


「こちらの馬もなかなか良いですね。すぐにフィリスフィードまで連れて行ってくれそうです」


 馬商人もその様子を見て、自信ありげに語り始めた。


「この馬は遠くの平原から仕入れた一流品でございます。丈夫で力強く、荒野でも山道でも問題なく走り抜けると評判です。特に、そちらのお嬢様が気にされた栗毛の馬は、頭がよくて忍耐力もあるんですよ」


 俺たちは馬商人の言葉を聞き、うなずきながらそれぞれ馬を選び終えた。


 荷物の準備を整え、馬具をつけて馬に跨がると、村の風景が少しずつ遠ざかり、目の前には広がる道が続いている。

 

 村を出てしばらくすると、馬の歩調が一定のリズムで響き渡り、木々の間から差し込む陽の光が穏やかに体を温めた。


「こうして馬に乗ると、旅がまた少し楽しく感じるな」


 俺はリリスに向かって軽く笑いかけた。


「ええ、本当に。歩いてばかりだったから、風を感じられて心地いいわ」


 風が顔に当たる感覚や、馬の歩みに合わせて体が揺れるリズムに、俺たちは一瞬、戦いや緊張感を忘れ、ただ旅路を楽しむことができた。


 リリスは景色に目を向け、周囲の草木や花々に興味を示している。セバッチャンもまた、穏やかな表情で辺りを見渡していた。


「さあ、目指すはフィリスフィード。休まず進めば、明日には着くだろう」と俺は意気込んで声を上げる。


 馬のたてがみを撫でながら、しっかりと手綱を握り締めた。


 旅路を進むたびに、どこか少しずつ見える景色が変わっていき、俺たちの気持ちも少しずつ高揚していった。


 

 そして、フィリスフィードに到着した。

 

 アルブレイブの拠点がフィリスフィードにはいくつかあるが、式典を控えることもあり、フィリスフィードの3老帝の城に一行は滞在していた。


 

 城の入り口で待っていた母リディアが、涙目で駆け寄ってきた。


「レオン……!」


 リディアは息子の姿を確かめると、溢れる思いを抑えきれず、レオンに抱きついた。


「心配をおかけしてすみません、母上。」


 レオンはそっとリディアの背中に手を添え、優しく声をかけた。

 

 リディアは感極まったように目尻を押さえ、微笑んだ。


「よかった……本当によかったわ。無事でいてくれて……」


 その光景を見つめていた父、アルドリック王が静かに歩み寄ると、少し険しい表情でレオンを見つめた。


「レオン、お前という奴は本当に心配をかけさせるな」


 その言葉には怒りよりも安堵の色が強く、アルドリック王の本心が伝わってきた。


「申し訳ありません、父上。」


 レオンは深く頭を下げ、敬意と反省の念を込めて答えた。


「はっはっはっ!異国のお嬢様を悪の組織から連れ戻し、無事に帰ってきたではないか!小さき英雄よ、フィリスフィードへようこそ!」


 豪快に笑いながら褒めてくれたのは三老帝の一人、ベルガだった。

 

 たくましい体格で、肩までの黒髪混じりの白髪を持つ。

 威厳のある顔立ちで、体には戦闘でできた無数の傷跡が見られる。

 銀の鎧に身を包み、腰には大剣を携えている。

 豪華な紋章が刺繍された赤いマントを羽織っており、堂々とした立ち姿をしている。


 彼はレオンの勇敢な行動を心から称賛している様子で、その大らかな笑顔は周囲を和ませた。


「いっ……いえ、英雄だなんて少し恥ずかしいです。」


 照れくさそうに頬を赤らめながら、レオンは謙虚に頭を下げた。


「はっはっはっ!アルドリックよ、羨ましいぞ!こんなにできた子がいるなんて!」


 ベルガの大きな声に、アルドリック王も負けじと微笑みを浮かべた。

 

 「お前にはやらんぞ。」王の冗談にベルガはさらに豪快に笑い、二人の間には親しい友のような温かな空気が流れていた。


 レオン、リディア、アルドリック王、そしてベルガとリリス、セバッチャンも含めて、皆が無事の再会を喜び合った。


 その場にいる全員が、ようやく訪れた平穏に感謝し、久しぶりの安堵に包まれていた。



 フィリスフィードでの生活は、久々に訪れた平穏の中で過ぎていった。


 アルドリック王とその兵士たちは、近日中に近隣のダンジョンへの遠征を計画しており、フィリスフィードに滞在する理由もその準備のためだった。


 王国の威信をかけた遠征ということで、アルドリック王は連日、戦略や装備の確認に余念がない。


 その話を耳にした時、俺は興味を引かれ、思わず「俺も同行させていただけないでしょうか」と申し出た。


 だが、その一言にアルドリック王の表情が急に険しくなり、すぐさま「ふざけるな」と一喝された。


 まさかそんなに怒られるとは思っていなかったので、少し驚きながらも黙って聞く。


「レオン、お前はまだ幼く、何よりも無事に戻ってきたばかりではないか。無茶をするのは許さんぞ。」


 父はそう言って、心配そうに俺を見つめた。


 父としての厳しさだけでなく、優しさと気遣いがその言葉に込められているのが分かり、少し恥ずかしい気持ちになった。


 母リディアも横で微笑んでおり、「レオン、あなたも少しは休まなければいけないのよ」と優しく諭すように言ってくれた。


 結局、俺は遠征には同行せず、フィリスフィードで過ごすことになった。


 日々の訓練場での鍛錬や、リリスやセバッチャンと街を散策する時間が増え、日常の何気ない一瞬一瞬が新鮮に感じられる。


 アルドリック王たちが遠征のために出発する朝、俺はこっそりとスキル、変幻自在を使い、別人の姿で隊列の後方に紛れ込んでいた。


 兵士たちに混じって一緒に行軍することができれば、俺も遠征に参加できるだろうと思ってのことだ。


 だが、その目論見はすぐに砕かれた。行軍が始まってしばらくした頃、背後から聞き覚えのある声がした。


「レオン様、何をしているのですか?」


 振り返ると、そこにはセバッチャンが冷静に佇んでいた。

 

 セバッチャンは俺の変装に気づいていたらしく、驚きもせず、ただ深いため息をついている。


「どうしてわかったんだ、セバッチャン?」


 俺は一瞬言葉に詰まったが、セバッチャンは涼しい顔で答えた。


「レオン様の気配は、変身しても隠しきれません。ましてや、変身した状態で軍に同行しようなどという浅はかな考えも、レオン様らしいといえばらしいです。」


 セバッチャンに悟られたことに少し悔しさを覚えながらも、セバッチャンに詰め寄られて何も言い返せなかった。


 セバッチャンはさらに、いつになく真剣な表情で俺をじっと見つめ、静かに諭すように言った。


「少しは大人しくしていてください。遠征は危険が伴いますし、王様も無事に戻られたレオン様を守りたいとお考えなのです。」


 セバッチャンに言い聞かされ、結局俺はその場で諦めるしかなかった。


 渋々自室に戻ると、今度はその時間を有効に使おうと決意し、瞑想に打ち込むことにした。


 瞑想は、心を落ち着かせ、魔力やオーラの力を制御するのに非常に役立つ。


 静かな自室で、心を鎮め、魔力を巡らせると、ダンジョンとは異なる安らぎを感じられた。


 しかし、それでも戦いたい気持ちを抑えきれず、訓練場に向かうと、そこには既にセバッチャンが待っていた。


「では、訓練にお付き合いしましょうか?」


 セバッチャンは微笑みながら剣を構え、俺に向かって一歩踏み出してきた。


 俺もすぐに構えを取り、真剣にセバッチャンとの訓練に挑む。


 遠征には参加できなかったが、彼との稽古を通じて確実に力をつけられる気がした。


「せっかくなら、負けませんからね!」


 俺は気合いを入れ、セバッチャンとの激しい剣戟を交わし続けた。


 その時間が次第に楽しくなり、いつの間にか遠征に行けなかった悔しさも薄れていった。

 


 式典を翌日に控え、準備が最終段階に入っていた。

 

 その日は月明かりがやわらかく、広いバルコニーでリリスと二人きりの時間を過ごしていた。

 

 俺は明日のことを考えながら、ぽつりと呟いた。


「明日は、主人公たちとも顔を合わせるんだよな。仲良くやらないとな」


 リリスは俺の言葉に軽く肩をすくめ、少し呆れたような表情を浮かべた。


「レオン、相手は5歳児よ?そんなに緊張する必要ないわ」


 その一言で気持ちが軽くなり、俺も思わず笑ってしまった。


「たしかに、そうだな。なんだかリリスとは馬が合うよな」


 するとリリスが、目を丸くして俺を見つめた。


 次の瞬間、彼女の顔がみるみるうちに赤くなり、口をパクパクと動かしている。


「なっ、何言ってんのよ!そういうの、簡単に言わないでよ!」


 いつもはクールなリリスが、顔を赤らめて照れている姿は少し新鮮だった。

 

 俺はその反応が面白くて、ついからかいたくなってしまう。


「本当のことを言っただけだよ。リリスもそう思ってるんだろ?」


「だ、誰がそんなこと思うもんですか!」


 リリスはそっぽを向き、プイッと顔を背けてしまった。

 

 だが、わずかに見える彼女の頬が、まだ赤いままだったのを俺は見逃さなかった。


「リリス、明日もよろしく頼むよ。リリスがそばにいてくれるだけで、きっと大丈夫だ」


 俺の言葉に、リリスは一瞬だけ振り返り、そっと小さな声で答えた。


「……ええ、任せて。レオンのそばにいるわ」


 その一言が、静かな夜の中にやさしく響いた。

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