第9話 アルブレイブへの帰還
道中、特に危険もなく、平穏に時間が過ぎていく。
静かな風が心地よく肌を撫で、遠くには王都の城壁が見えてきた。
「これで無事に戻れたな」
と、俺がリリスに話しかけると、彼女も微笑みを浮かべて頷く。
「そうね、レオン。無事に帰れてよかったわ」
王都の入り口が近づくにつれ、俺たちは気持ちを引き締め直した。
アルブレイブ王国の王都に到着した俺たちは、長旅の疲れを感じる間もなく、迎賓館で準備を整えた後、王城へと案内された。
宮殿の奥深く、厳かで広大な謁見の間には国王が待っていた。
父上の眼差しには王としての威厳と冷徹さが宿っており、特に俺に向けられた時、ひそかな怒りが垣間見えた。
「レオン、お前はまったく無茶をするな」
国王の声が響く。
「勝手にダンジョンへ向かうとは、ましてやリリスを伴ってだとは……」
俺は思わず頭を下げた。
「父上、申し訳ありません。ですが鍛錬のためにも必要だったと考えました」
リリスが小さな声で、俺に耳打ちするように言う。
「大丈夫よ、レオン。私も付き添ってもらっただけだわ」
国王がその様子に眉をひそめる。
「リリス、お前も少しは自覚を持て。王国の将来を背負う者が、こんな危険なことに手を染めてはならない」
国王の言葉に、リリスが少し申し訳なさそうに目を伏せる。
それでも彼女の表情には、強い意志が宿っていた。
その時、セバッチャンが一歩前に出て、鋭い声で俺をフォローしてくれる。
「アルドリック様、レオン様の行動には責任感と目的意識がございました。レオン様はリリス様を護り抜き、さらにダンジョンの脅威に対応する能力を身に付けたのです。すべてはアルブレイブのため、そして陛下と王国に忠誠を誓う気持ちの表れです」
国王はその言葉に一瞬考え込み、やがて深く頷いた。
「分かった、セバッチャン。レオンよ。リリスの護衛をやりきったことも踏まえ、お前の行動を大目に見よう。ただし、今後はもっと慎重に行動せよ」
「ありがとうございます、陛下」
リリスが国王に微笑み、俺の方をちらりと見る。
その視線に心が軽くなったような気がした。
許嫁であるリリスとの絆は、国王も承知の上だが、やはり今後の行動には注意が必要だと感じた。
謁見の間で国王との対面を果たしたあと、王はリリスと俺を交互に見つめ、重々しい声で問いかけた。
「さて、リリス、レオン、お前たちの関係について話す時が来たと思うが、心の準備はできているのか?」
俺は突然の話題に驚き、リリスの顔を見た。
彼女も少し緊張しているようだったが、それでも落ち着いた表情を保ち、国王の言葉に静かに頷いた。
「陛下、はい。私はその覚悟を持ってここに参りました」
リリスが毅然とした口調で答えると、国王は満足そうに頷いた。
「リリス、お前は今や、アルブレイブ王国の未来を背負うべき者だ。そしてレオン、お前もその一端を担う覚悟があるのだろうな?」
俺は国王の眼差しに応え、しっかりと頷いた。
「はい、陛下。俺はリリスを守り、共に歩む覚悟があります」
「ふむ、それならば良い」
国王が満足げに頷いたその瞬間、リリスが横目で俺を見つめ、微笑んだ。
「ねえ、レオン。今の言葉、覚悟の表れとしてとても頼もしいわ。私の隣に立つことを、本気で考えてくれているのね?」
俺は少し照れながらもリリスを見返し、力強く頷いた。
「ああ。……でも、リリス、本当に俺でいいのか?俺は第1王子の王太子であるわけでもないし……」
リリスはその言葉に小さく首を振り、やさしい笑みを浮かべた。
「そんなことは関係ないわ。私が選びたいのは、あなただから」
その言葉が心に深く響き、俺の中で揺るぎない決意が強まった。
そのとき、国王が再び口を開き、俺たちに言い聞かせるように話し始めた。
「両国を守るには、強さだけでなく、互いを支え合う力が重要だ。リリス、お前にはレオンと共に未来を築いてほしい。そしてレオン、リリスの支えとなることを決して忘れるな」
「はい、陛下」「はい、父上」
俺たちは同時に答え、リリスが再び俺に微笑んだ。
国王は、少し柔らかな目で俺たちを見つめ、静かに続けた。
「だが、お前たちには多くの試練が待っているだろう。それらを共に乗り越え、王国にとっての光となってくれ」
リリスが一歩前に出て、決意を込めて言った。
「陛下、ご安心ください。私とレオンなら、必ずやその期待に応えます」
その凛々しい姿を見て、俺もリリスと共に歩む道を強く胸に刻んだ。
謁見を終えると、俺とリリスは王都の街並みを散策することにした。
宮殿の重厚な空気を抜け出し、活気に満ちた王都の広場に一歩踏み出した瞬間、商人たちの威勢の良い声や、人々の談笑が周囲に響きわたってきた。
石畳の道沿いには、さまざまな露店や小さな店が軒を連ねており、その賑やかな景色が目に飛び込んでくる。
リリスはいつもの高貴な佇まいを忘れたように、興味津々で目を輝かせていた。
彼女の瞳が次々と新しいものに向かい、そのたびに小さな驚きや喜びが浮かぶのが見て取れる。
そんな彼女の姿に、俺もどこか微笑ましさと安堵を感じていた。
「レオン、あれ見て!」
リリスが急に俺の袖を引っ張り、小さなアクセサリー店を指さした。
店先には色とりどりの宝石があしらわれたアクセサリーが並べられ、朝日の中でキラキラと輝いていた。
ルビーやサファイア、エメラルドなど、どれも小ぶりだが美しく輝き、その1つ1つが職人の手で丁寧に作られたことを物語っていた。
「気に入ったのか?」
俺が尋ねると、リリスはうなずきながら目を細める。
「ええ、こうして自由に歩けるのは、まるで夢みたいだわ。普段は護衛や規則があって、こうして気ままに街を歩くなんて滅多にできないの。こうして好きなものを自由に見られるのが、こんなにも楽しいなんて思わなかったわ」
彼女がアクセサリーに視線を向けながら微笑むその顔は、どこか無邪気で、普段の毅然とした佇まいとはまったく違って見えた。
彼女が心から楽しんでいる姿に触れ、俺も何だか安らいだ気持ちになった。
そんな和やかな時間が続いていたが、ふとリリスが俺の顔を覗き込んでくる。
「ねえ、レオン」と少し意味深な表情で話しかけてくる。
「ところで、私たちの関係、ちゃんと理解しているの?」
「え、理解って……?」
俺が問い返すと、リリスは小さなため息をつきながら、俺の腕をそっと掴んでぐっと引き寄せた。
その仕草に心臓が少し跳ね上がる。
「私たち、許嫁なのよ。あなたと私は将来をともにすることが約束されている。……まあ、あなたがもっとちゃんと自覚してくれたらの話だけれど」
リリスのその言葉には、軽い口調ながらもどこか真剣な響きが含まれていた。
彼女の真剣な視線に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまう。
「やっぱり……それ、本当に現実だったのか……」
彼女が言ったことの重みを噛み締めながら呟くと、リリスは少し悪戯っぽく笑みを浮かべて腕を放した。
「ふふっ、ちゃんと国王様からも認められていることじゃない」
その言葉に、心の奥からじわりと温かいものが湧き上がってくるのを感じた。
リリスが本当に自分の許嫁であると認識させられ、その責任や喜びがじわじわと胸に広がっていく。
リリスは再び街の方へと目を向け、楽しげにあちこちを見渡しながら言った。
「今日は本当に素敵な日ね、レオン。あなたとこうして一緒にいられるのも、なんだか特別な感じがするわ」
「そうだな……俺もこんな風に一緒に歩けて、ちょっと嬉しい」
気恥ずかしさを感じつつも、彼女の笑顔に惹かれて、俺も自然と微笑んでいた。
王都の街は、どこかいつもよりも輝いて見え、まるで俺たちの未来を祝福しているかのようだった。
この瞬間が永遠に続けばいいと、心のどこかで強く願わずにはいられなかった。
夕方、街での散策を終え、リリスたちと別れた後、俺は静かな自室へと戻ってきた。
街の喧騒が遠ざかり、重厚な扉を閉じると一気に静寂が広がる。
ここからが俺の本番だ。母・リディアのための解毒薬を完成させるのに、一刻も早く取りかからなければならない。
まずはアイテムショップで素材をそろえることにした。
ショップ内は薄暗く、棚には珍しい薬草や素材が並んでいる。
必要なアイテムを1つずつ選びながら、頭の中で手順を再確認していた。
ピュアリーフ、スノウウサギの肝、ラヴィルの根……そして銀星草やアクアドラゴの胆汁。さらに、スクロールだな。
全てをそろえた。
支払い額は30万EXA。母を救うためには惜しむ理由などない。
自室に戻り、さっそく机の前に立つ。さあ、ここからが勝負だ。
調合手順
1.ピュアリーフの準備
まずはピュアリーフを細かく刻み、少量の精製水で丁寧に煮出して基底液を作る。
煮出していくうちに、優しい緑の香りがふわりと部屋に広がり、少しずつ色が滲み出してきた。
葉が完全に煮溶け、透き通った基底液ができあがったところで火を止め、冷ましながら次の工程へ。
2.スノウウサギの肝液とラヴィルの根
次に、スノウウサギの肝液を少量ずつ基底液に混ぜ、ゆっくりと攪拌していく。
少しずつ混ぜることで、成分が馴染み、液体がだんだん濃厚になっていくのがわかる。
ラヴィルの根をすりつぶし、滑らかなペースト状にしてから慎重に加える。
滑らかに溶けてゆく様子を見て、良質な薬液が仕上がりつつある手応えを感じた。
3.魔力を注入し、弱火で煮詰める
最後の仕上げとして、スクロールで魔力を少しずつ薬液に注ぎ込んでいく。
慎重にコントロールし、魔力の流れが薬液全体に均一に広がるようにする。
薬液が再び温まってきたところで、弱火にかけて煮詰める。
時間が経つごとに薬液が透き通り、淡い緑色の光を帯びていく。これで、1つ目の解毒薬が完成した。
一息つく暇もなく、さらにもう一種類の調合に取りかかる。
もう1つの調合手順
1.銀星草とアクアドラゴの胆汁の調合
まず銀星草を丁寧にすり潰し、粉末状にしたものをアクアドラゴの胆汁と混ぜ合わせる。
銀星草の独特の香りが鼻をくすぐり、胆汁と混ぜるとわずかに青みを帯びた混合液が完成する。
2.ナイトシャドウの鱗粉と混合
ナイトシャドウの花を丁寧に乾燥させ、鱗粉と混ぜてから基底液に溶かし込む。
黒紫の液体が基底液と馴染み、ゆっくりと深い緑色へと変化していく。
3.魔法陣での浄化
机に敷いた魔法陣の上で薬液を浄化する。
スクロールで少量の魔力を注ぎ込みながら、余計な毒素が完全に消え去るのを目視で確認する。
ほんのりと輝きを放ち始めた液体を見て、ようやく成功を確信した。
最後に、スクロールで魔力を注ぎ、効果を安定させる。
これで調合が完了した。
達成感に胸が高鳴るが、休む暇もなく、俺はすぐに薬液を持って母リディアのもとへと急いだ。




