奔放な王国に嫁ぐのを嫌がった王女
アルゲリス国王は困っていた。
サルト王国と国交を持つために、嫁ぐ事になっていたファテア王女。婚約を結ぶ為に、サルト王国へ20人程の人達を引き連れて、出かけたのが5日前、そして今、泣きながらファテア王女は帰国し、部屋に戻って泣いている。
アルゲリス国王は、事情を説明しろと、言っているが、ファテア王女は泣いて部屋から出てこない。
一緒に行った人達は馬車で速攻逃げ帰ったファテア王女を追いかけて、戻っている途中である。
婚約者のサルト王国、第二王子ルディスが接待し、にこやかにファテア王女を自分の部屋に案内した事は知っている。
二人きりになった事も。
ファテア王女が泣きながら飛び出て来て、そして、そのまま馬車を出せと御者に命じ、皆を置いて帰国してしまったのだ。
ファテア王女と共に付き添って行った外交官クリスがやっと他の人達と共に戻って来て、アルゲリス国王に報告してきた。
「申し訳ございません。部屋に案内されたファテア王女様と、ルディス第二王子殿下に何があったのか。さっぱり私どもは解らなくて。ただ。」
「ただ?」
「驚いたことがあります。やはり噂通り、サルト王国は若い女性の恰好が刺激的すぎて」
「ああ、あそこの王国は我が王国と直接国交は今までなかったからな」
隣国と言うわけではない。それに、我がリルト王国は今まで、遠国のサルト王国と国交を結んでいなかった。
ファテア王女と、第二王子ルディス殿下との婚姻をきっかけに国交を結ぶことになったのだ。互いの利益が一致した。リルト王国で多量に取れる鉱石を、サルト王国が買いたいと言って来たのである。リルト王国は食料を隣国から買っている。沢山取れる鉱石をサルト王国が買いたいと言って貰えて、外貨が入り、サルト王国も必要としている鉱石が手に入り、両国に取って利あるのみの理由があった。
ルディス第二王子はサルト王国で公爵位を賜り、そこへファテア王女が嫁入りする事になっている。
ルディス第二王子殿下が、数人の騎士達と共に、王城へ到着したと知らせが入った。
ファテア王女を追いかけてきたとの事。
アルゲリス国王はルディス第二王子殿下と会って、事の次第を聞く事にした。
広間に通してルディス第二王子殿下は説明する。
「ファテア王女殿下に置かれましては、何故、いきなり帰国したのか、訳が解りません。ただ、私はファテア王女殿下とベッドの上で親交を深めようとしただけですのに」
思わずアルゲリス国王は聞き直す。
「へ?ベッドの上で?」
「そうです。ベッドの上で。まずは男女の営みをと」
「いや待て。一国の王女が婚約を結びにそちらへ行ったのだぞ。まだ結婚もしていないのだぞ?」
「婚約は確実に結ばれるはずです。ですから、私は若いのです。男女の営みをさっそくして親交を深めたっていいではありませんか?」
「いや待て待て待て。赤子が出来たらどうするんだ?」
「授かり婚。めでたいではありませんか」
「めでたくはないっ。我が王国は結婚前の婚前交渉は禁止している」
「堅苦しい国ですなぁ」
「へ?」
「何で、結婚まで待つ必要があるのです。私は若いのです。まだ娼館に行かないだけましでしょう?我が王国の女性はそれはもう、学生の頃から奔放ですよ。私が通っていた学園では、平然と女性がベッドを共にしてくれました。勿論、子が出来ぬようにはしましたけれどもね。今回は婚約を結ぶことが確定している。授かり婚いいじゃないですか。それにですよ。なんでそちらの女性達は皆、ドレスで足を隠しているのです?我が王国の女性達は腿まで見える服装ですよ。特に若い女性達は。私達を誘うかのようなその服装。学園でもそうでしたから、こっそり学園の中庭で行為にふける連中もおりましたね。学園では、さすがに、ほら、男女の営みでかかる病気あるじゃないですか。後、うっかり子が出来ちゃったとか。そういうのには気を付けるようにとの注意はありましたけれども、行為自体は禁止されていませんでしたよ。ですから、何故?ベッドに押し倒しただけなのに、ファテア王女様は真っ青になって逃げだしたのか理解できなくて」
アルゲリス国王は驚いた。
なんて乱れた王国なのだ?サルト王国は、我がリルト王国とは大違いである。
リルト王国は婚前交渉は禁止している。結婚まで貞淑であれ。それが女性達に求められる。
それは市井の者達も同じである。
そんな中、ファテア王女をルディス第二王子に嫁がせても不幸を呼ぶだけだろう。
いくら政略とは言え、アルゲリス国王は娘が可愛かった。
「今回の婚約は無かった事にしてもらえぬか?あまりにも考え方の違い。私も親なのだ。
ファテアが可愛いのだ。そなたのサルト王国は奔放過ぎる。そこへファテアを嫁がせるわけにはいかない」
「解りました。確かに、そちらの王国とは考え方がまるで違うようだ。確かに我が王国は若いうちから男女が交わりを持つため、そういう系の病にかかる人が多く、時には命を落とす。私も色々な女性と身体の関係を持ってきて、片手では数えきれないほどです。勿論、彼女達のとの間には子はいませんが。病もかかっていないと診断もしてもらっています」
二人の話し合いの場に、ファテア王女が侍女を伴って現れた。
ファテア王女は目に涙を貯めながら、
「信じられませんわ。色々な女性と身体の関係を。わたくしは、夫になる方だけにその身を捧げる為に生きて参りました。汚らわしい。お父様。もし、わたくしがルディス第二王子殿下に嫁げと言われるならば、わたくしは自害致します。サルト王国なんて、行きたくない。行きたくないわっ」
ルディス第二王子は頭を下げて、
「貴方様のお気持ちを傷つけてしまい申し訳ありません。今回の婚約の件は無かった事に」
アルゲリス国王も頷いて。
「ファテア。安心するがいい。サルト王国と関係は深めたかったが、それはあくまでも、鉱石の売買のやりとりだけにするとしよう。我が王国に取っては貴殿の王国は刺激的すぎるようだ」
「解りました。そうですね。刺激的過ぎますかね」
ルディス第二王子は、ため息をつくと、その部屋から出て行った。
アルゲリス国王は、ファテア王女に、
「無理な婚約を押し付けて申し訳なかった。サルト王国へ嫁げと二度と言わぬ。だから、機嫌を直しておくれ」
「有難うございます。お父様」
ファテア王女の機嫌は直ったようで、アルゲリス国王は安堵した。
馬車の中で、ルティス第二王子はぼんやりと考える。
確かに、我が王国は奔放過ぎる。避妊に失敗したり、うっかり性病をうつされたり。性病の中には命にかかわるものもあるのだ。
「兄上に進言して、少しは我が王国も、きちっとしないとならないか……」
色々な女性達と恋を楽しみ、身体を重ねてきた。
ただ、病気にならなかったのは自分が運がよかったに過ぎない。
サルト王国へ戻れば、メイドのミリアが、ルディス第二王子に話があると言ってきた。
何だろうと思って、話を聞いてみれば、
「貴方様の子を妊娠しました」
「へ?避妊はしていたはずだ。それに、私は……」
ファテア王女との婚約が駄目になったからって、自分はサルト王国の第二王子である。いくらでも結婚してくれる令嬢はいるだろう。
ミリアはにこにこして、
「失敗したのでしょう。私は貴方様と結婚したいです」
「いやいやいや、あり得ない、そもそも、私の子なのか?」
「多分、貴方様の子です」
「多分って……」
「貴方様の子ならば、結婚してくれますね?」
ルディス第二王子は困った。
メイドのミリアとベッドを共にした覚えがある。万が一、自分の子だったら、いかに奔放な王国と言えども、非常にまずかった。ミリアが子を始末することを嫌がったので、父親として責任は取らねばならない。
こっそりと、暗殺を生業としている稼業に頼むことにした。
調べておいた酒場へ出かければ、その酒場の席に数人のガタイのよいムキムキ達が
座っていた。
「ここが黒薔薇亭か?」
これまた、ムキムキなマスターが頷いて、
「ああ、ここが黒薔薇亭。何かご注文を」
「人を一人殺して欲しい。サルト王宮にいる第二王子付きのメイド。ミリアだ」
「女性には愛を持って接しろと習いませんでしたか?」
「へ?なんの話?」
「さぁ、このカクテルをどうぞ」
綺麗な桃色のカクテルを一口飲む。酷く甘くて、ルディス第二王子は急に眠くなり意識を失った。
ルディス第二王子は行方不明になった。その後の彼はどうなったのか。
とある騎士団で彼に似た人を見たというが、定かではない。
メイドのミリアは後に子を産んだが、まったくルディス第二王子に似ても似つかない赤子であった。その子の父親は、近衛騎士団員だった。その男性とミリアは結婚して、赤子と共にそれなりに暮らした。さすがに奔放なサルト王国でも結婚後の不貞は許されていないので。
アルゲリス国王は結局、王国内の公爵家へ、ファテア王女を嫁がせた。
夫婦仲はとてもよく、ファテアは幸せそうだ。そして、もうすぐ子が産まれる。
今から、孫の誕生が楽しみだ。
今日もリルト王国は平和で、アルゲリス国王はぼんやりと、出産祝いは何にしようか、考えるのであった。