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谷よりも深い事情

 まさかあの場面が撮られていたなんて……深恋が言っていたのは気のせいなんかじゃなかったんだ。


「亮太って一ノ瀬さんのこと好きだったの?」

「違う、誤解なんだ! これには深い事情があって……!」

 あんなイケメンにしか許されないような告白をしたって誤解されて、唯一の友達を失うなんてたまったもんじゃない!


「ふふっ」

 姫野は突然、口に手を当てて笑い出した。

「え?」

「ああ、ごめん。分かってて言った。だって亮太が現実リアルの女子を好きだなんて聞いたことないし」


 姫野の言葉を聞いて胸を撫でおろした。ちょっと引っ掛かる言い方なのは置いておいて、どうやら友人を失わずに済んだらしい。

「詳しい話は場所を変えさせてくれ」


 校内に入ると更に視線が刺さるようになって、胃が痛くなってきた。姫野が「いい場所がある」と言って、技術棟へ向かった。


 教室がある一般棟と渡り廊下で繋がった技術棟は、化学室や音楽室、被服室など特別な授業の時にしか行くことはない。一般棟の騒がしさとは違い、特別棟はひっそりと静まり返っていた。


 姫野は廊下の窓際に寄りかかると、軽く髪をかき上げた。そして俺に目を向ける。

「朝の時間はどの部活も使ってないから静かでちょうどいいでしょ。それで、事情って?」

 色々と話が込み合っているんだけど、端的に言えば、

「俺の自由を守るために美少女をメイドとしてスカウトすることになったんだ」

「どういうこと」

 

 さすがに端折り過ぎたみたいだ。


「悪い。もう少し説明すると、今月金欠でさ」

「またゲーム買ったの?」

 そう言って呆れたような視線を向けてくる。


「いやゲームじゃないんだけど、ソークロの特装版Blu-rayを……」

「ソークロ!?」

 姫野がグイっと顔を近づけてくる。そう言えば、こいつもかなりファンだったな。


「今度観に行ってもいいよね?」

「ああ。抽選販売だったから手元に届くのはもうちょい先だけどな」

「分かった。楽しみにしてる」

 姫野はふっと笑った。


 俺が一人暮らしかつアニメやラノベがある程度揃っているのをいい事に、姫野は放課後よくうちに入り浸っていた。姫野が女で、「王子」と呼ばれるほどの超美形で、容姿も何もかも平凡な俺とはつり合いが取れていないと周りから思われていそうだけど、俺にとっては気を使う必要が無くて心地よかった。


「だから、そのBlu-ray分の金を補填ほてんするために、汐姉のメイドカフェへ美少女をスカウトすることになったんだよ。一人スカウトするごとに1万円」

「つまりあの動画は、告白じゃなくて仕事の勧誘だったって訳ね」

「そういうこと」


 だからといってメイドカフェのスカウトって本当のことが広まったとしても、それはそれでドン引きされそうだけど。とにかくあの動画を撮って拡散した奴のことは絶対許せない。


「今回はいつものゲームやラノベと値段が違うから、これを完遂できないとマジで一人暮らしが終わる。それは姫野も困るだろ?」

「それはそう」

「ならちょっと手を貸してくれないか? 深恋一人じゃ報酬が足りないんだよ」


 赤字を補填するにはあと5人のスカウトが必要だ。あの「告白動画」のせいで元々高くない俺の好感度は落ちるところまで落ちているだろうから、そんな俺の話を聞いてくれる奴がいるかどうか。


「深恋……?」

 なぜか俺を見る姫野の目つきが険しくなった。


「ああ、一ノ瀬のことな。知り合いにメイドカフェで働くのに興味あるやつとかいないか?」

「心当たりがないわけじゃないけど」

「本当か!?」

「ただ、一つ聞かせて。一ノ瀬さんを勧誘した理由は?」


 なんでそんなことを聞くんだ? ああ、スカウトする基準ってことか。


「汐姉は極度のメンクイだからな。『学年の三大美少女』くらいじゃないと満足しないと思ったんだよ」

「それだけ?」

「ああ」

 なんなら消去法だったし。


 俺の答えを聞いて、姫野の表情はいつも通りに戻った。

「そう、分かった。声をかけてみるけど、お姉さんが納得するかどうかは分からないから」

「ありがとう、助かるよ」


 俺はチャットで汐姉から送られてきた店の地図を姫野に転送した。開店準備で汐姉はしばらく店にいるみたいだし、一人で面接に行ってくれるなら手間も省ける。


 その時、予鈴が鳴った。

「じゃあそろそろ教室に戻るか」

「そうだね。注目の的が授業までサボったら、さらに悪化しそうだもんね」

「あ……」


 そうだった……教室戻りたくねぇ……


「大丈夫、骨は拾ってあげる」

「さすがに命までは取られないから!?」


 そんなやり取りをしたおかげで、ちょっと気持ちが楽になった。

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