その後のはなし
「なあ、それはなんだ?」
「何って、見ての通りだよ」
そう言って、汐姉は俺にソレを差し出す。
「亮太の分のチャイナ服」
「何でだよ!?」
閉店後、汐姉は「新しい衣装を用意したから試着してほしい」と深恋たちに衣装を手渡した。しばらくして戻ってきた3人は、深恋は青、姫野は白、皇は青緑のチャイナ服に身を包んでいた。チャイナ服って露出はそんなに多くないのに、どうしてこう、目が惹きつけられるんだろうか。
汐姉はじっくりと衣装をチェックした後、満足した様子で3人を着替えに送り出した。そこまでは分かる。
だけど、着替えが終わるのを待っている間に深紅のチャイナ服を取り出したのは理解できない。
「前使ったのとは違うウィッグとメイクを用意するからさ。なあいいだろ?」
そう言って、チャイナ服を押し付けるように距離を詰めてくる。
「いいわけないだろ! 絶対に着ないからな!」
「前だって満更でもなかったくせに」
「ちっ……違うわ!」
「なにやってるの?」
呆れたような声に振り向くと、制服に着替えた皇が眉間に皺を寄せてこっちを見ていた。その後ろには、苦笑いする深恋と口元を押さえて笑う姫野の姿もあった。
「助けてくれ! また女装させられる!」
皇はハァっとため息をついた。
「店長、やめてくださいよ。私達もう帰らないといけない時間なんですから」
「すめらぎぃ!!」
ありがとう、この恩は必ず……!
「ウタの時はあまり関われなかったので、今回はちゃんと設定を一から詰めさせてください。銀髪は似合ってましたけど、ハーフの設定って訳でもないしイマイチ背景が見えてこなかったんですよね。新しい人間を生み出すわけですから、どこで生まれてどう育ってきたのか、しっかり突き詰めていかないと」
「せっかくやるなら、誰もが虜になっちゃうような女の子にしたいよね」
「さすが茉由と深恋は分かってるな!」
3人がよくない共鳴をしているんだが……
ここまで口出ししていなかった姫野の方を向くと目が合った。俺を見てフッと笑う。
「またファンがつくといいね」
「この場に俺の味方はいないのか!?」
「じゃあ、先に帰るね」
姫野が深恋と皇に声をかける。今日チャイナを着るのは何とか回避した訳だが、
「うん。『リョウコちゃん』計画、また明日教えるね」
ウタの次はリョウコになってしまった。深恋たちはその相談とやらで少し残るらしい。
「あんまり変なことするなよ?」
「はいはい、分かってるわよ。いいからさっさと帰りなさい」
不安な気持ちを抱えながら、俺は姫野と店を出た。
………
バタンと扉が閉まり、2人の声が遠ざかっていく。
「私は奥の部屋にいるから、帰るとき声をかけてくれ」
そう言って、店長は部屋を出て行った。きっと私達が店に残った理由に気づいているんだろう。
深恋が私の方に向きなおる。
「茉由ちゃんは好きな人できた?」
「そんな簡単にできたら苦労しないわよ」
「だよねぇ……」
深恋は頬杖をついて、2人が出て行った扉に目を向ける。ひと月前、私達の恋は終わってしまった。
「茉由ちゃんは告白すると思ってたな」
「深恋だってしなかったでしょ」
「えへへ、私は勇気がなかっただけだよ」
「私は……困らせたくなかったから。2人にはなーんにも考えないで幸せになって欲しいのよ。強がりに聞こえるかもしれないけど」
「そんなこと思わないよ。幸せになってほしいって、私も同じ気持ちだから」
知ってほしい気持ちはもちろんあった。私も亮太のことが好きだったんだよって。でも秘密にしておくことにした。初恋だったなんて、教えてあげない。
運命の恋が終わっても、私の人生が終わる訳じゃない。今の私には、努力を積み重ねてきた自信と笑顔にしたい大切な仲間たちがいる。
心はすっきりしていて、大きく伸びをした。
「さて、私達もそろそろ帰る準備をしましょうか。明日からまた騒がしくなりそうだし」
………
店から2つ目の信号を過ぎたところで自然と手が繋がった。
「明日バイト休みだし、デート行こっか」
「お前、今回は変なこと企んでないだろうな? 先週、デートって言ったくせにイケメンみたいな恰好してきて、逆ナンかわすの大変だったんだから」
「仕方ないな。亮太君のご希望にお応えして、金髪ツインテツンデレロリの恰好してきてあげるよ」
「お前、俺の好みなんだと思ってんの?」
友達として過ごした時間が長いと、二次元の趣味までバレていて困る。
「そういう事じゃなくて、姫野が着たいと思うの着てくれればそれでいいんだよ。ただあんまりカッコいい見た目されると俺の立場がないっていうか……」
「大丈夫、亮太はいつもカッコいいよ」
「え、マジ? どの辺が?」
姫野は俺の顔を見て楽しそうに笑った。
「ひみつ!」
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