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勇気を出して

 開演間近になると座席は埋まり、後ろには立ち見まで出ていた。

「そうだ。演劇の台本、一緒に書いたんだってな」

「知ってたの?」

「深恋に聞いたんだよ。そう言われてみれば姫野から出てこなそうな語彙力ではあったし」

「怒られるわよ」


 まあ、軽口はこのくらいにして、


「ありがとな」

「なんであんたが言うのよ」

「俺は隠そうとするばっかりで、深恋の本当の姿を見せる手助けは出来なかったからさ。皇たちのおかげだよ」

「後押ししたのは誰だと思ってんの」

「え?」

 皇は呆れたようにハァっと息をついた。


「ああそうね、亮太は鈍感バカだったわね」

「皇だって人のこと言えないだろ。他人のことばっかりで自分の心配が出来ない猪突猛進系バカ」

「なっ、あんたねぇ……!」

「まあしょうがないから、皇の心配は俺がしてやるよ」


『まもなく開演します。席をお立ちの方は……』


「お、いよいよ始まるな」

「うん……」


……

………


「ありがとうございました!」

 ステージに並んだ深恋達が頭を下げると、客席は大きな拍手が湧いた。

 こうして舞台は大成功で幕を閉じた。



「お待たせしました!」

 そう言って、深恋は待ち合わせ場所の中庭に駆け込んできた。

「もう良かったのか? せっかくの主役なのに」


 舞台の後、クラスメイトに囲まれる深恋に連絡だけ入れて俺はその場を離れた。深恋のあんな姿を見たら、興奮のまま話さずにはいられないだろう。


「ちゃんとお話してきましたよ。だからこれからは亮太君たちと目いっぱい楽しむんです。せっかくの文化祭ですから」

 深恋はいたずらっぽく笑った。

「晶さんと茉由さんはまだ来てないんですか?」

「2人は先に行ってるよ。写真部が貸衣装の撮影会やってるんだって」


 写真部の話をしたら2人が食いつくのは分かっていた。あとは、俺達全員で待っていると深恋が気を遣うだろうから2人は先に行っててくれと伝えただけだ。


「そうなんですね。それなら私達も急いで行きましょう」

「深恋」

「はい、なんでしょうか?」


 あんな姿を見たら。そう思うのはクラスの奴だけではない。

 俺は深恋の両肩を掴んだ。


「ほんっとに凄かった!」

「えっと、亮太くん……!?」

「前に2人で練習した時よりもっと良くなってて! 深恋の気持ちがドンと伝わってきたんだよ! 見た奴全員が深恋に釘付けになってた絶対! ああ、語彙力なくて姫野のこと言えないな……」

「亮太くん!」

 その声にハッと我に返った。


「その、恥ずかしいです……」

 目を伏せる深恋は耳まで真っ赤になっている。

「あ、ごめん! どうしても直接言いたくて……改めて深恋、お疲れ様」


 今朝のクラスメイトへの告白といい、さっきの舞台といい、本当に凄いと思った。メイドカフェに誘った頃、自分に自信がなくて俯いていた彼女とは全然違う。ただ少し、寂しい感じがした。


「前に私、『これからもっと強くなって、亮太君のことを私が支えるくらいになります』って宣言したので、今日がその第一歩です」

 確か、俺がウタとして深恋の代わりをした時にそう言っていた。

「だから、もう一歩勇気を出してみようかな、なんて……」

 独り言のように呟くと、深恋は緊張したような顔で俺を見上げた。


「亮太、く……りょうた!」

「あ、はい!」

「これからはそう呼んでもいいですか?」

 なんだ、そんなの、

「もちろん好きに呼んでよ。あ、でも呼び捨てなのに敬語はちょっと変じゃない?」

「確かにそうですね。じゃあ、敬語もなしにし……なしにする!」

「おお!」

「えへへ、新鮮でちょっと面白いです。あ」

「まあ少しずつでいいんじゃない。んじゃ、そろそろ合流しに行くか」

「えっと、うん。でもその前に……亮太」

 そう言って深恋は一歩、体を寄せた。


「今まで秘密を守ってくれて、ありがとう」


 ああ、俺がやってきたことは、この笑顔を見るためにあったんだな。


「どういたしまして」




 写真部が撮影会をしている教室に入ると、熱心に衣装を物色する2人の姿を見つけた。


「姫野、皇おまたせ」

「お疲れ様。衣装がすごく凝ってるから、見てて飽きなかったよ。深恋に似合いそうなのもあった」

「へぇ、私も見たいです」

 そう言って、姫野と深恋は別の衣装ラックへ歩いて行った。

 さて、俺は3人の気が済むまで屋台でも見に行くか。


「ちょっと亮太、どこ行くのよ」

 皇に呼び止められて、後ろを振り向く。


「写真撮るのに時間かかるだろ? 終わるまで外の屋台でも見てくるよ」

「なに言ってんの。あんたも一緒に撮るのよ」

「え!? いや、俺は別に」

「こういうのも思い出でしょ? ほら、こんな機会じゃないと着れない服もあるし、なんか希望はないの?」

「なんかって言われてもなぁ……」

 手近な衣装を眺めていると、思わず手が止まった。

「え……ギャル制服? あ、亮太そういうシュミなんだ……」

「違う! これは深い事情があって!」

 前に見た夢で、皇が着ていたのに似てたから目についたなんて言えないけど!


「大丈夫。希望はないのって聞いたのは私だし、亮太なら可愛く着れると思うわ。すいませーん、この衣装借りてもいいですかー?」

「人の話を聞け!!」


 力ずくで皇の暴挙を食い止め、深恋が選んだ王子風の衣装で手を打つことにした。

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