表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/71

美少年と夏の夜

「え、泊まる?」

「今までだって亮太の家に泊まったこと、何度かあったでしょ? せっかくのいいホテルなんだから一緒に楽しもうよ」


 私の言葉に、亮太は安心したような顔を見せた。


「あ……ああ、そういうことな! 高級ホテルなら家よりテレビもデカイだろうし、大画面でアニメ鑑賞会するか」

「私、ホテルに空き部屋あるか電話してみる」


 そう言って亮太の側を離れる。私はズルい。友達であることを利用して亮太の隣に居ようとしているんだから。


 ホテルは空室があり、今晩泊めてもらえることになった。親にも一応連絡したけど、いつも通り大した反応はなかった。


 店長に泊まることを伝え、ホテルまで車で送ってもらう。途中でショッピングモールに寄ってもらった。リゾートホテルのためアメニティも大抵は揃っている。夕飯やお菓子と、泊まるのに必要最低限のものだけ買い足した。


 車は街を抜け、ヤシの木が並ぶ海沿いの道を走る。

「名作アニメ一気見とかもいいよな。何クールもあるやつなんて、なかなか観れないし」

 後部座席に並んで座る亮太が言った。

「明日も海の家手伝うんだから、オールはやめたほうがいいと思うけど」

「まあ、それはそうなんだけどさ。こういうの久しぶりでアガるっていうか」

 声が明るくて、本当に楽しみなのが伝わってくる。その嬉しさと同時に、もやもやした言葉にならない気持ちも胸に残っていた。


 車が白く大きな建物の前で停まると、亮太は荷物を持って先に降りた。その背中が離れたのを見て、運転席の方へ向き直る。

「店長」

「ん?」

 そう言って、店長が後ろを振り向く。

「手は出さないので安心してください」

 私の言葉に店長は吹き出した。

「ふはっ! そういうのは男が言うものだと思ってたよ」

「一応、保護者としては心配かと思いまして」

 店長は穏やかに微笑んだ。

「そこは心配してないよ。楽しんできな」

 



 受付を済ませて案内されたのは、本館から離れた一棟貸しの建物だった。

「うわっ!? 広!」

 思わず亮太が声を上げる。

 部屋には大きなベッドが2台と、テーブルセット。そしてそれ以上に目を引くのが、一面ガラス張りから見える――


「プールだ!」


 部屋から見える屋外プールは、水面が日光を反射してキラキラと輝いている。


「こんな広い部屋でプールまでついてるなんて、本当にすごいホテルなんだな! 姫野が誘ってくれてラッキーだったわ!」

「元々は亮太が貰った賞品なんだけどね」

「ああ、そう言えばそうだったな。まあいいじゃん。アニメ観ようぜ」


 そう言ってソファの片側に座る。当たり前のように隣の場所を空けてくれるだけで嬉しいのに、それだけじゃ満足できないなんて私は贅沢なのかもしれない。

 



 アニメのエンディングが流れたところで大きく伸びをする。ふと外に目を向けると、もう暗くなっている。随分と時間が経ったみたいだ。

「もうこんな時間か。風呂、先入る?」

 亮太が言った。

「後にする」

「了解。じゃあ行ってくるわ」


 パタン、と脱衣所の扉が閉まる音を聞いて、私は席を立った。近くに置いていたボストンバッグを開け、中身が見えないように二重にしたその袋を取り出す。


 元々インドアで、最後に泳いだのは小学校のプールの授業。だから茉由に今日の誘いを受けた時、どうしようかと思った。


 二重にした袋の中から赤色の生地を手に取る。赤色の生地に水玉模様のついたワンピースタイプの水着。


 茉由から水着を用意しておいてなんて言われたけど、自分で選んだこともない。とりあえずどんなものがあるのか見てみようと思って、オンラインショップを開いた。そしてその時に一目惚れしたのが、この水着だった。


 届いたそれを着てみて、やっぱりイメージ通りだと思った。普段は選ばないような明るい色味も、腰回りについたフリルも可愛くて気分が上がる。亮太に見てほしい、なんて。

 その日はなかなか寝付けなかった。

 

 予定の前日、荷物をボストンバッグに詰めている時にその水着を手に取った。

 本当にこれでよかったのかな、そんな思いが胸を掠めた。


 亮太にとっての私は楽にいられる男友達みたいなもの。だからこそ、亮太の家に泊まったり、2人で出かけることに何の違和感もなかった。私は自分の気持ちを自覚したけど、亮太はそうじゃない。大好きって言ったり、頬にキスしても今までの関係に変化がないのは、亮太に異性として意識されていないから。

 それなのにこんな水着を着て、いかにも「自分は女だ」って見せたら、亮太は私との関係に一線を引いてしまうかもしれない。


 翌朝、いつもの短髪にセットをして、待ち合わせの前に男物の水着を買った。荷物の中に着ないつもりの水着を入れてきたのは、ほんの少し、欲があったから。


 浴室からシャワーの音が聞こえてくる。これでしばらくは出てこない。赤い水着をぎゅっと握った。




 テラスへと繋がるガラス扉を開ける。夏の風が肌を撫でた。自分の部屋で試しに着てみた時とは違って、外だと足の付け根や肩回りがスースーして落ち着かない感じがする。


 もしも自分が普通だったら。深恋や茉由みたいに初めから異性として亮太と出会えていたら、可愛いって思ってもらいたいって、素直に行動できていたのかな。友達であることを利用してるくせにって、自分でも分かっているけど。


 この姿を誰にも見せるつもりはない。でも、扉を隔てた向こうに亮太がいるその場所で、水着を着てみるくらいは許されるんじゃないだろうか。


 プールサイドに腰を下ろし、足をつける。生ぬるい温度が今の心にちょうどいい。

「……やっぱり、亮太にも見てほしかったな」

「俺がどうかした?」

 その声に慌てて振り向くと、Tシャツ姿の亮太が立っていた。驚きすぎて、声も出ない。

「隣、いいか?」

「あ、うん……」


 私の返事を聞いて、プールに足をつける。


「おお、気持ちいいじゃん」

 そう言って、パシャパシャと足を遊ばせる。

 亮太に見られた。私は小さくなるように自分の肩を抱いた。


「そういう水着も持ってたんだな」

 その言葉に心臓がヒュッと縮んだ気がした。


「これは、その……」

「俺はあんまり詳しくはわかんないけどさ、よく似合ってると思うよ」

 それを聞いて、ぶわっと温かい感情が全身を巡っていった。嬉しいのに、意地悪な言葉が口をつく。

「深恋と茉由の水着見た時は、もっと動揺して赤くなってたくせに」

「おい、どっから見てたんだよ!?」


 亮太は水面を見ながら、ハァっと息をついた。


「今だってめちゃくちゃ動揺してるよ。そりゃどんな男だって、こんな可愛い水着姿見て平然としてらんないだろ」

 そう言われてよく見ると、ライトに照らされた頬が赤くなっている。

「ほら! 俺だって色々苦労してここに座ってるんだから、さっさと話せよ。今日様子が変だったし、なんかあるんだろ」


 私を見て可愛いって思ってくれて、動揺して、それでも平気なフリまでして私のことを心配してくれてるって、それって……


「くっ……あはは!」

「おい! こっちは真剣に心配してだな……」

 そう言って、眉間に皺を寄せる。

「うん、分かってる。ありがと」


 こんなに大切にしてくれて、私のこと、大好きじゃないか。


「本当に大丈夫か?」


 ずっと、友達以上にはなれないんじゃないかって自信がなかった。でも亮太は、友達としての私も、異性としての私もちゃんと見てくれていた。最後に君が誰を選ぶのかは分からないけど、今のこの瞬間、君の意識を独り占めしているのは確かだ。


「じゃあ、一つだけお願い聞いてくれる?」

「おう。可能な範囲で頼む」

「晶ってまた呼んで」

 私が迷子になった時、大きな声で名前を呼んでくれた。それがどれだけ嬉しかったか。

「そんなことでいいのか? それくらい別にいいけど」


 その時、空がパッと明るくなった。


「おお、やっと始まったか」

 胸にズシンと響く音と共に、夜空に大輪の花が咲く。

「ホテルのロビーに花火大会のポスターが貼ってあったのを思い出して、速攻でシャワー出てきたんだよ。晶と、一緒に見ようと思って」


 空には赤や黄色、緑と様々な色が輝く。隣を向くと、空を見上げる愛しい横顔が見えた。


「綺麗だな」

 亮太が呟く。

「……うん」

 この景色、この夜を、きっと私は忘れないよ。

次回から最終章の予定です。書き終わり次第、連載を再開します。


新作「雑魚能力とバカにされた俺達は、最凶の英雄を目指すことにした」を掲載していますので、よかったら覗いてみてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ