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熱狂的ファンの考察

「ボーナスが出るってね。ふふっ、何買おっかな」

「テンション高いな、お前……」


 バイトの帰り道、隣を歩く姫野は今にもスキップし始めそうなくらい上機嫌だった。というのも、帰る前に汐姉から「今月は売り上げがいいからボーナスを出す!」と発表されたからだ。

 姫野は俺の方を向いて不思議そうな顔をした。


「そんなこと言って、いつもは亮太こそすぐ調子に乗ってお金使いすぎるのにね。今日は具合でも悪い?」

「おい、失礼だぞ」

 俺の反応に、姫野は口に手を当てて笑う。


 ただまあ、姫野の言っていることは大体合っている。テストが終わるだとか、臨時収入だとか、そういう時に調子に乗って痛い目をみた経験は両手の指では足りない。


 今回、俺が素直に喜べなかったのはその発表の後に汐姉から言われたことが胸に残っていたからだ。



『なんだよ、わざわざ連れてきて』

 ボーナスの感動に浸っていたところを、1人だけ奥の部屋まで連れてこられた。

『他の3人には聞かれないほうがいい事だと思ってな』

 その言い方……嫌な感じがした。


『今回のボーナス分を合わせると、これで私への借金が完済する。亮太は晴れて自由の身って訳だ』

『あ……ああ、それはよかったよ』


 何でだろう。自分が話している言葉なのに他人事みたいだ。


『それで、これからどうする?』

 汐姉の射抜く様な視線に、俺は何も言えなかった。汐姉はふうっと息をつく。

『返事は急がないよ。じっくり考えてくれ』



 これからどうする、というのは俺がこの先も店で働くかどうかということだ。借金返済のためではなく、自分の意思で。 


「店長に何か言われた?」

 姫野の言葉に心臓がどきんと跳ねる。

「い、いや、別に……」

「ああそう。亮太は欲しいものとかないの?」

「んー、しいて言うなら『ひめマジ』のBlu-rayかな。まあ全6巻なんて買える訳ないけど」


 最近ドはまりしたアニメ「無口で可愛いお姫様の兄に転生しました ~お兄ちゃんがどんな願いでも叶えてやるからな! え、世界征服? マジ?~」、通称「ひめマジ」の特典付きBlu-rayが欲しいけど、値段が値段だからとっくに諦めはついている。


「ひめマジ面白いよね。今度コラボカフェやるみたいだし、一緒に行く?」

「いいね。いつ行く?」


 今までいろいろとあったけど、姫野達3人との関係は上手くいっているし、居心地もいい。

 まあ、返事は急がないって言ってくれてるし、ゆっくり考えてみるか。



 しかしその翌朝、事件は起こった。


 教室に入ろうとする俺の隣を誰かが勢いよく追い抜いて行った。教室に飛び込んできた彼女にクラスの視線が集まる。それは彼女のずば抜けた容姿と銀色の長い髪、それによって「一学年の噂の美少女」と呼ばれていることも(主に男子の)視線を釘付けにする理由になっている。

 後輩美少女の登場に下心丸出しの男子が近づいた。


「2年の教室に何か用事? 呼んであげようか?」


 そんな男には一切目もくれず、彼女は目的の人物へ一直線に歩いていく。そして、友達2人と話している深恋の机の隣で足を止めた。


「初めまして、深恋先輩。私、1年2組のリーリヤ・ロマーノヴナ・清水と言います。リーリャで結構です」

「えっと、リーリャちゃんは私に何か用事かな?」

「はい、ひとつ確認したいことがあって来ました。深恋先輩って、メイドカフェでアルバイトされているんですよね」


 どっからその情報が……! 俺は急いで深恋たちの方へ近づいた。


「深恋がバイトしてるなんて聞いたことないよ。きっと適当な噂でしょ」

 そう言って深恋の友達の渚が笑う。

「いいえ、証拠もあります」


 リーリャはスマホを机の上に置き、動画をタップする。俺がリーリャの後ろからスマホを覗き込むと、それはSNSに投稿されたものだった。

 そのたった10秒ほどの動画には店で隠し撮りされた深恋の後ろ姿が映っていた。


 鼓動が早くなる。いや、大丈夫だ。深恋と一緒に働いている俺だから分かるけど、顔も映っていないこの動画じゃ本人だって断定できないはずだ。


「そんな後ろ姿だけで決めつけるのはどうかと思うけど」

 俺の言葉に深恋たちは驚いたように振り向く。

「ちょっと! 勝手に入ってこないでくれる?」

 そう言って噛みついてくる理穂とは対照的に、リーリャは冷たい目で俺を睨んでいた。そして俺から目を逸らすと、動画を指さす。


「決めつけているのではなく、これは事実です。この身長、足の細さ、髪色、そして跳ねるような特徴のある走り方は明らかに深恋先輩です」

「うん、それは私もそう思う」

 理穂がうなずく。そうだ、深恋には熱狂的なファンが多いんだった……

「これでもまだ証拠が足りないというのであれば」

 そう言って動画をゆっくり巻き戻す。


「ここ。この瞬間にスカートが少しめくれて、太ももに3点のホクロが確認できます。これはこの人物が深恋先輩であるという確固たる……」

「ひゃあああああ!?」

 慌てて深恋はスマホに覆いかぶさった。

 リーリャは俺にまた冷たい視線を向ける。

「これで、まだなにか?」


 まずい……ここまで証拠を見せられてどう対抗したらいい? 深恋はこんな事故みたいなタイミングで自分の秘密を話したくないはずだ。


「ね、ねえ深恋? 今度お店に行ってもいいかな。もちろん冷やかしなんかじゃなくて、合法的に貢ぎに……じゃなくって、お金はちゃんと使うからさ。ねえねえ、いいでしょ?」

 鼻息を荒くした理穂が机に突っ伏した深恋に迫る。

 こんなに深恋を溺愛している理穂だって、クラスでの姿が演技だったと知った時、それを受け入れる保証はない。きっと深恋は今までの関係を失うことを恐れている。


「先輩もこの動画に映りこんでいますよね。まるでスタッフのような恰好をしていますが、まさか深恋先輩と一緒に働いているんじゃないでしょうね?」


 リーリャの追及に、理穂や渚も疑わし気に俺の方を向いた。そのリーリャの背中越しに、机へ突っ伏していた深恋がゆっくりと顔を上げるのが見えた。

 深恋は恥ずかしさからか顔が赤く染まっていて、目元も少し潤んでいる。俺のことを見上げて、音もなく口を開いた。


『た・す・け・て』

 

 確かにそう読めた。


「動画に写っているのは確かに俺だけど、そのメイドは深恋じゃない」

「まだそんな事を言うんですか? やっぱり嘘つきですね」

「いいや、嘘じゃない。この動画の人物が深恋じゃないっていう証拠を見せてやるよ」

「へえ、何ですか?」

 リーリャは余裕そうに微笑む。


「俺が話したところで納得しないだろ? 次の土曜、本人に会わせてやる」

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