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私達の選択肢(茉由side)

 パタンと更衣室の扉を閉めると、体の力が抜けて地面に座り込んだ。


 あの時……男が深恋の写真を撮っているところを見かけた時、一瞬思考が停止した。他の店でよくあるようなメイドのチェキや公式SNSへの写真アップをしていないのは、特に深恋のためだ。クラスメイトにありのままの姿やバイトのことを隠している深恋のことを考えて、オープン前にみんなで決めたことだった。

 

 私ならともかく、深恋はダメだ。そう思って、すぐに男へ声を掛けに行った。


 私の言葉に男は逆上した。こんなにも敵意を向けられたのは初めてだった。手足が震えるほど怖くて、でも引き下がるわけにはいかなかった。


 そんな時に、彼が現れた。


 私が言いたかったこと、やりたかったことを全部やってくれた。

 また君に助けられてしまった。


 目が合うだけでどうしようもなく胸がドキドキして苦しい。君のことがもっと知りたくなって、つい手を伸ばしてしまう。こんなことは生まれて初めてだった。


 でも、それは駄目なことだ。


 大切な友達がどれだけその人を大切に想っているのかを知っている。大切な人には幸せになってほしい。だから、私のこの感情は上手く隠して、早いうちに捨ててしまわなければいけない。

 頭ではよく分かっているのに、心が言うことをきかない。


「どうしよう、やっぱり私……」


 その時、入り口の扉が開いた。


「茉由さん!」

 そう言って、深恋は私の体をぎゅっと抱きしめた。


「茉由さん……嫌な役目をさせてしまってごめんなさい……本当に、ありがとうございます」

「ううん、深恋は何も悪くないでしょ。私は大丈夫よ」

「うう……茉由さん大好きです」

「私も」

 2人のことが大好きだから。自分のこと以上に、大切にしたいと思ってる。


 深恋から体を離すと、目の前に晶がしゃがみ込んだ。


「ねえ茉由。大丈夫、じゃないでしょ。最近ずっと辛そうな顔してる。私達には話してくれないの?」

 晶の目を真っ直ぐに見れなくて、顔を逸らした。


「そんなことない……」

「もしかして、私が亮太のことを好きって言ったこと気にしてる?」

 思わず晶の方を振り向く。晶は少し悲しそうな顔をしているように見えた。

「最近、亮太のこと避けてるように見えたから。亮太のこと嫌いなんかじゃないって、それは分かるし」

 晶の言葉に何も言えなかった。


「茉由は亮太のこと好き?」

「ち、違っ……!」

「私は亮太君のこと、好きですよ」

 深恋はまるで世間話をするように言った。

「え……」

 慌てて晶の方を見るけど、深恋の言葉に驚いた様子はなかった。晶が口を開く。


「私達はお互いが亮太のことが好きだって知ってる。茉由とカフェで話した時よりも前からね」

「そんなの、だって」

「おかしいって思いますか? でも私は亮太君のことも晶さんのことも、大好きで大切なんです。遠慮はしませんし、亮太君がどっちを選んだとしても恨みっこなしです。それでもし、亮太君がどちらのことも選ばなかったら」

「「一緒に綺麗なドレスを着て、選ばなかったことを後悔させてやる(んです)」」

 2人はそう言って、顔を見合わせて笑った。


 大切な友達と同じ人を好きになってしまった。だから身を引くのが当然だと思っていた。でもこの2人は、2人だけの選択肢を見つけていたんだ。


「ねえ、茉由。もしも私達に遠慮して身を引こうとしているのなら、それは私達の望むことじゃない。茉由は茉由で、自分の気持ちに素直になってほしいと思う」

「茉由さんはどうしたいですか?」

 

 自分の気持ちに正直になってもいいのなら。必死に押さえこもうとしていた言葉を口に出してもいいのなら。

 私は……


「亮太のことが……好き」


 出会いは酷いものだった。勝手に勘違いした決まりの悪さと、向こうも前から私のことをよく思っていなかったこともあって、お互いに印象最悪。分かりあえるはずがないと思っていた。

 それでも一緒に働いていくうちに、意外と頼れるところとか、優しいところを知って、仲間だと思うようになった。

 そしてあの夜、私は初めて恋に落ちたんだ。


 2人は立ち上がった。

「それじゃあ用事は済んだし、私は着替えたら先に帰るよ」

「私も、りっちゃんを連れてすぐに帰りますね」


 そう言って帰り支度を始める。

 大丈夫、2人の言いたいことはもう分かってる。


「晶、茉由、ありがとう。亮太とちゃんと話してくるね」

 私の言葉に2人は優しく笑った。

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