暗く、眩しい夜
俺は黒づくめの男の腕を後ろから捻り上げ、そのまま地面に押し倒した。音で気づいたのか、皇が後ろを振り返る。
「え……?」
「こいつは押さえておくから、早く警察に電話してくれ!」
「あ、え……分かった!」
皇が電話を掛けると、不審者情報で見回り中だったこともあり、すぐに警官がやってきた。警察に捕まったことで観念したのか、男は今までの犯行を自供した。
警察とのやり取りが終わって、俺達は駅前へ戻ってきた。ここなら近くにコンビニやスーパーもあって明るいし危なくないだろう。俺はベンチの前で立ち止まった。
「ちょっとここで待っててくれ」
そう言って皇の元を離れ、近くのコンビニで目的のものを買って戻ってきた。
「ほら」
俺はベンチに座っている皇の手にホットココアのペットボトルを持たせた。
「あったかい……」
皇はぽつりと呟いた。
警官に話を聞かれている時、皇はいつもより口数が少なかった。よく見ると両手が震えていて、怖かったんだと分かった。
俺は隣に腰掛けた。
「どうしてあんなことしたんだ」
「だって……変なやつに深恋と晶が傷つけられたくなかったから。そんなことになる前に、私が捕まえたかったの……」
だからわざと狙われるようなことをしていたのか。
「お前、頭はいいのにバカだな」
すると皇は俺をキッと睨みつけた。
「だってしょうがないでしょ!? 大切な友達が傷つくのを想像したら居ても立っても居られなかったのよ! 結局自分じゃ捕まえられなかったのにって言いたいの!?」
「そうじゃない。皇が被害に遭ったら、深恋も姫野も悲しむだろ」
「え……?」
潤んだ瞳で俺を見つめた。
「もっと自分のことを大事にしてくれよ。頼むからさ」
自分を囮にしてでも不審者を捕まえるなんて無茶すぎる。もしかしたら不審者情報に載っていたことよりもひどい目に遭っていたかもしれない。2人を想う気持ちが強いのはよく分かったけど、だからといって皇が傷つけられるのは俺だって見たくない。
「それ飲んで落ち着いたら、家まで送るよ」
「どうして、助けに来たのよ」
皇は目を伏せて言った。
「えっ、と、それは……」
店から後を付けてきたって正直に言ったら怒られるのか?
「あんたは私のこと嫌いなんじゃないの」
目を伏せたまま、皇は急にそんなことを言い出した。
「嫌いなのはお前の方じゃないのか」
「私、嫌いだなんて言ってない」
「それなら俺も言ってない」
はぁ……面倒なやつだとは思っていたけど、ここまではっきり言わないとダメなのか。
「俺はお前の様子が最近変だったから、店から後を付けてきた。勝手なことして悪かったよ。それで、お前のことが心配だからこうして今も側にいる。これで分かるだろ」
「……分かんないよ」
「はぁ?」
これ以上、何を言えばいいんだよ。
「ぜんっぜん分かんないっ!」
「なっ?」
皇の右拳が俺の脇腹に軽くヒットした。他人の感情を読み取る能力に乏しいと自覚がある俺でも、これは「照れ」だと分かった。
俺もなんだかむず痒くなってきて、ベンチから立ち上がった。
「ああ、犯人があっさり捕まってくれてよかったよ。気配を消して近づくのは昔から得意なんだ」
そう言って、ちらっとベンチの方を振り向く。
「ふふっ、なにそれ」
皇の表情は随分マシになっていた。
「まあ、抵抗されたら正直勝ち目なかったけどな」
「それなのに捕まえようと思ったの? あんたもたいがいバカじゃない」
「まあ、それは姫のピンチに駆けつける王子様補正、みたいな?」
調子に乗って口に出してから、皇の表情が真顔に戻ったのを見て「やらかした」と思った。これは流石に寒い。
「ほんとバカじゃないの」
そう言って、ふっと微笑む表情が見とれるほど優しくて、思わずドキッとしてしまった。
皇は俺の袖口を引っ張った。
「ねぇ、そっちまぶしい」
「え? ああ、悪い」
俺は駅前側から住宅街の方に立ち位置を移動した。
「これでいいか?」
俺が聞くと、皇は驚いたように目を丸く見開いた。そして目を逸らす。
「なんで、あんたなのよ……」
そう小さく呟いた。




