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むかしむかし

 思い出すのは、小さい頃にお母さんと話したこと。


「ねえ、どうしたら運命の王子様と出会えるの?」


 そう言って絵本から顔を上げると、お母さんは優しく微笑んだ。


「茉由が可愛くて素敵な女の子でいたら、きっと出会えるよ」

「運命の王子様は白馬に乗って迎えに来てくれる?」


 お母さんは困ったように笑った。


「白馬には乗ってないかもしれないね。お父さんも原付では迎えに来てくれたんだけど」

「白馬に乗ってないのに、運命の王子様かどうか分かるの?」

「もちろん。キラキラして見えて、直感的に『この人だ』って分かる時がくるのよ」


 子供ながらに「王子は白馬に乗ってきてくれないんだ」と少しショックを受けた。でもそれ以上に、運命の相手と恋に落ちる瞬間がいつか自分にも訪れるんだと胸が弾んだ。


 しかし、何年待っても王子は私を迎えに来てはくれなかった。それならこっちから迎えに行ってやろうと、思いつくことはなんでもやった。食パンを咥えて走るのも、片方の靴を落として走り去るのもやってみたけど、上手くはいかなかった。


 それならと、高校では「あざと可愛い女子」になりきって可愛さで運命の相手を引き寄せようと試みた。最高に可愛い私でいれば、運命の相手もきっとすぐに私を運命の相手だと受け入れてくれる。異性からの評判はよかったけど、同性からは痛い目で見られ、運命の相手とも出会うことはなかった。


 その後、色々あってメイドカフェでのバイトを始めた。「運命の人と出会うため」という理由だったけど、可愛い恰好をして働くのは嫌じゃないし、お客さんは私のことを可愛いって言ってくれるし、一緒に働く仲間も出来た。運命の人が現れないことでぽっかりと空いていた私の心の穴を、少しずつ埋めていってくれた気がする。


 その一方で、「運命の人と出会う」という人生最大の目標の存在が自分の中で薄れていってしまうことは悲しくもあった。




「あれ、茉由だ」


 その声に振り向くと、キラが立っていた。高校から一番近い大型の駅ビルとはいえ、知り合いとばったり会うのは珍しい。


 キラはミニスカートとジャケットのセットアップ姿で、スタイルの良さが際立っていた。


「1人で買い物?」

 そう聞かれて頷く。

「うん。そっちは?」

「私は本屋で新刊を買ってきたところ。せっかく会ったんだし、少しお茶していこうよ」


 キラの誘いをうけて、私達はコーヒーショップに入った。

 キラはブレンドコーヒー、私はアイスココアを注文して席についた。


「店以外でキラといるのは変な感じがするわ」

「まあ学校ではこの見た目じゃないからね」

 そう言って軽く髪をかき上げる。

「……タイミング逃してたから今更訊くけど、どうして今の姿で学校に行かないの?」


 高校に入学して1人で過ごすのにも慣れ始めた頃、正体不明のクールビューティーというキラの噂を聞いて密かに憧れていた。気高き高嶺の花。まるで物語のヒロインみたいだと思った。


 その相手とまさかメイドカフェのメイドとして顔を合わせるとは思ってもいなかった。


 憧れのキラは想像より天然なところがあって、想像より美しかった。そして店で顔を合わせるうちに、キラの正体は隣のクラスの姫野晶だと分かった。


 キラから「店では本名で呼ばないで欲しい」と言われたから、身バレ防止くらいに考えていた。その後、キラの方がありのままの姿だと知って疑問に思ったけど、事情があるんだろうと聞けずにいた。


「ああ、それは小さい頃……」

 そう言ってキラは話し始めた。



「なにその男!? 似合う似合わないとか、勝手なこと言ってんじゃないわよ! そいつ今すぐ連れてきて!」


 キラが心を曇らせるきっかけになった話を聞いて、怒りが込み上げてきた。


「私より怒ってくれるなんて、茉由は優しいね」

 そう言ってふっと笑う。

「べ、別に優しいとかじゃないし……キラはもっと怒りなさいよ」


 優しいなんて言われたことが照れ臭くて、私は顔を逸らした。


「ああ、そうだ。もう私のこと、キラって呼ばなくていいよ」

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