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1番会いたくなかった男

 店に入ってきた制服姿のその男は、肩にかけていたバッグが床にずり落ちるのも無視して俺を見つめていた


 高岸……! なんでお前がここにいる……!!

 

 さっきまでの俺はどうかしていた。メイドの女装して店に立つなんて正気じゃない。もしその姿を知り合いに見られたらなんて少しも考えていなかった。というか、一番会いたくない奴と対面してるんだけど!?


 高岸は馬鹿にして笑うでもなく、棒立ちで俺を見つめているだけだ。このはなんだ。


「可愛い……」

 

 高岸はそう呟いた。


「え?」

「あ、あの! こういうところって初めてなんですけど、いいですか?」


 緊張した様子で高岸は俺の顔を覗き込んだ。心なしか顔が少し赤くなっているようにも見える。え、俺だってバレてない……?

 これならまだ間に合う。体よく理由を付けて帰そう。


「実は……」

「やあやあ、ご来店ありがとうございます。こちらのウタが案内します」

 俺の声をかき消すように汐姉が言葉を挟んできた。そして俺の方に顔を向ける。


「や・れ」


 口パクでそう言い残すと、高岸に笑顔でお辞儀をしてキッチンへ戻っていった。

 ダメだ。もうこれは腹を括るしかない。


「それではご案内しまぁす♡(裏声)(やけくそ)」



 高岸をテーブルへ案内して、メニュー表を広げた。

「こちらがメニューになります。オススメはこちらのラブリーカレーです♡」


 一番提供が早いメニューだからな!


「じゃあそのカレーと、お絵かきオムライスで」


 どんだけ食べるんだよ!? ていうか、お絵かき頼むんじゃねえよ!?


「かしこまりましたぁ。少々お待ちください♡」

 ひきつった顔がバレないよう、早々に退散した。




 地獄のようなオムライス(萌え萌えきゅん)を何とかやり遂げ、俺の精神はゴリゴリに削られていた。目の前のこの男は俺の正体に気づいてないらしく、優雅に食後のコーヒーまで注文しやがった。


「お待たせしましたぁ。ブレンドコーヒーです♡」


 さすがにもうこれを飲んだら帰るだろ。さっき時計を確認したらもう少しで一時間が経つ頃だった。こいつが帰ったら汐姉がなんて言ってもメイド服を脱ぎ捨ててやる。


「あの、ウタさんはメイドを始めて長いんですか?」


 これ以上話しかけるなよ!?


「えっと……今日が初めて、といいますか、色々あって……」


 俺の言葉に高岸の表情はパァッと明るくなった。


「そうだったんですね! 実は俺、最初は喫茶店と間違えて入ったんです。でもそれが無かったら、ウタさんと出会えなかったってことですよね!? 嬉しいです」

「は、はぁ……」

「ウタさんってスラッとしてるし、声もちょっとハスキーな感じだし、それに……すごく可愛いです」

 そう言って照れたように目を逸らした。


 やめろやめろやめろ!! そんな顔するな!


「あ、ありがとうございます。ではごゆっくり……」

「ウタさん、俺のクラスの人にちょっと似てるんです」

「ヒィ……っ!?」

 思わず息を飲んだ。


「その人、女子なんですけど、周りから『王子』って呼ばれてて。確かにスラッとしてカッコいいんですよ。でもたまに見せる笑顔とか、好きなものの話してる時のキラキラした目とか、すごく可愛いなって思うんですよね……って、すみません! 知らない人の話聞かされても困りますよね」

 そう言って頭を掻いた。


 知ってるよ、俺だって。お前よりもずっと。姫野の笑った顔もアニメの話で興奮してる顔も、ずっとたくさん見てるんだから。


 腹の底がムカムカする。姫野のことを可愛いなんて、お前が言うのは許せない。


「可愛いなんて言うなバーカ!」

「え、なに? 嫉妬?? ウタちゃん可愛すぎるんだけど!??」


 その後、「ウタの出勤スケジュールを聞きたい」と駄々をこねる高岸を追い返して、やっとメイドから解放された。臨時収入で懐は温かくなったが、クラスで高岸を見るたびに顔が引きつるようになった。

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