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汐姉の策略

「今日はキラと深恋が休みで、茉由が遅れるって」

 店に入ると汐姉が言った。


 俺たちが学校へ行っている間の店は、汐姉が作ったケーキや焼き菓子を販売している。汐姉は厨房に籠りっきりで、レジ打ちなんかの接客には友達に任せているらしい。その話を聞いた時、「友達いたんだ……」と真っ先に思った。


 そして夕方くらいにケーキの販売を終了して、メイドカフェ営業の準備をする。今日は肝心のメイドがいないんだから、雑用の俺はしばらく用無しだ。


「じゃあ、カフェ開店は皇が来てからだな。俺は奥の部屋で課題でもやってるから……」

 奥へ歩いて行こうとする俺の腕を汐姉が掴んだ。

「メイドならここにいるじゃないか」

「えっと……汐姉……?」

 恐る恐る顔を向けると、汐姉は悪い笑みを見せた。


「亮太のメイド服、用意してあるぞ」

「嫌だぁっ!!」


 逃げ出そうとするが、俺の腕を硬く握った手はびくともしない。さすが毎日でかい調理器具を振り回しているだけある……って感心してる場合じゃなくて!


「女装なんてしたらせっかく店についたお客が逃げるって前も言っただろ! なしなし!」

「いいや、これは新規開拓だよ。ちゃんと店前にも『本日は女装営業です』って張り紙だすから」

「そんな張り紙見たことないわ!」


 たとえ見たことがなくても、この人は平気でやる。今日は深恋もいないし、どうやって逃げようか……


「でもいいのかそんなこと言って」

「何がだよ」

「友達と仲直りするためにお金が必要なんだろ? メイドとして働くなら、前に言った通りいつもより給料に上乗せ出来るんだけどな」

「ぐ……」


 汐姉は顔の前に人差し指を一本立てた。


「ひとまず1時間でいい。それでお客が1人も来なかったとしても、メイドとしての時給を出そう。もしお客が来たらその分の報酬をさらに上乗せする。これなら亮太にとって得しかないだろ?」


 いつもはちゃんとした美少女メイドが働いている店で、「女装営業」なんて張り紙を出して客が来るはずない。汐姉に見られるのは癪だけど、一度言うことを聞いてやれば気が済むだろう。実質着替えるだけでお金がもらえると思えば確かに悪い話じゃない。


「それなら、まあ……」

「よし! それなら準備しないとな」

 上機嫌な様子で汐姉は奥の部屋へ入っていった。




 数十分後、汐姉に鏡を渡された俺は言葉を失った。

「どうだ? なかなか上出来だろう」

 白いフリルの髪飾り。綺麗にカールしたまつ毛。薄くひいた桃色の口紅。


 あれ……俺、可愛い……?


「亮太は()()()みたいな体つきだけど、少しはある筋肉を隠すためにロング丈のメイド服。この水色のメイド服のイメージに合わせて、ウィッグは銀髪のショートカット。見立て通り、いや見立て以上だな!」

 

 思っていたよりちゃんと見れる見た目で驚いた。これだったら、言わなければ女装ってバレないかも。そのくらい今の俺は完成度が高い。この姿を汐姉にしか見せないのはちょっともったいなかったかもしれない。

 もし万が一お客が来たとしても、俺のこの可愛さなら乗り切れる気がする……!


「接客は今まで見てきたから大体分かるだろ。じゃあ頑張ってくれよ、()()

 そう言って汐姉が俺の背中をポンと押す。


 今の俺はどう見ても美少女。美少女ならなんだってできる!


 その時、入り口の扉がガチャっと開いた。心臓がバクバクと鳴る。


「い、いらっしゃいませ、ご主人さ……ま」


 そいつと目が合って、顔がピクピクとひきつった。

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