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不安な関係

 教室に入ると、扉近くで話している女子の声が耳に入った。

「王子、今日もカッコいい……」

「本を読む姿がこんなに絵になる人いないわ」


 俺は自分の席にカバンを置いた。

「おはよう、姫野」

 声をかけると、後ろの席に座る姫野は本から顔を上げた。

「おはよう」

「今日は何読んでるんだ?」

「かせ恋の新刊」


 姫野の噂をしている女子達は知らない。こいつが涼しい顔をして読んでいるのが、コメディ多め宇宙人ヒロインラブコメ「火星人だって地球人とビッグバンな恋がしたいっ!」だということを。


「自分で買ったのか? どうせ俺も買ってるのに」

 かせ恋は俺が姫野に勧めたやつで、新刊が出るたびに貸していた。

「うん、いいの。お金も入ったし」

「そうか。ああ、そういえば前に話したソークロのBlu-rayが届いたんだけど、明日の放課後にでも観にくるか?」


 俺の言葉に姫野は一瞬ピクッと反応したが、目を逸らした。


「……明日は用事があるから」

「じゃあ、明後日は?」

「明後日も無理」

「そう、か……じゃあまた今度な」


 ソークロのBlu-rayって言ったら速攻食いついてくると思ったのに、あっさりした反応にちょっとがっかりした。


 そう言えば、最近あまりラノベやアニメの話をしなくなった。俺がメイドカフェでバイトし始めたせいもあるけど、放課後に俺の家へ来てダラダラ漫画を読んだり、そういう機会もなくなった。姫野も「用事があるから」と言って、さっさと帰ってしまうことが多い。


 もしかすると、姫野と上手くいっていないのか……?



「はぁ……」

 放課後、開店準備をしていると思わずため息が漏れた。

「どうした亮太、そんなため息なんてついて。あ、もしかして恋か?」

 そう言って汐姉がニヤッと笑う。

「違うわ! 友達だよ友達。ちょっと上手くいってないかもしれなくてさ」


 改めて言葉にすると、スッと胸が冷たくなる。今までこんな不安を感じたことは一度もなかった。毎日のように学校で会って話して、全部言わなくても何となくお互い通じ合っている、そんな気の置けない関係だと思っていた。


「気になるなら直接聞いてみればいいじゃないか」

「そうかもしれないけど、そうじゃないんだよ」

 その時、ガチャっと扉が開く音がした。


「お疲れ様です」

「キラ! いいところに来たな!」

 汐姉がキラに歩み寄って、肩に手を回す。

「亮太が友達と上手くいってないってしょぼくれてるんだ。なんか言ってやってくれよ」

「別にしょぼくれてなんか……!」

「何かあったの?」

 キラは首を傾げた。


「一年の頃はよく俺の家で漫画読んだりしてたんだけど、最近は俺もバイトがあったり、向こうも用事があるみたいでタイミング合わなくなって。なんか話も前みたいに噛み合わないっていうか……」

 俺は地面に視線を落とした。


「……ふふっ」

 その声に顔をあげると、キラは口元に手を当てて笑っていた。俺と目が合う。

「亮太、可愛いね」

「……は?」

「いつ予定が合うか聞いてみるといいよ。きっと1日も予定が合わないなんてことはないと思うし。あとは頑張って働いて、その友達の好きなところに連れて行ってあげたら喜ぶんじゃない?」

 そう話す声はなぜか機嫌がよさそうだ。普通にアドバイスが返ってくるとは思わなかった。

「はぁ……ありがとう」

「どういたしまして」

 そう言ってキラはフッと笑った。


 姫野のことについてどうすればいいか分からなかった俺は、ひとまずキラの言うとおりにしようと決心した。汐姉からは今月の給料を前借りする許可をもらった。お金をもらうのは姫野と遊ぶ日が決まってからでいい。出かける場所の目星は付けてある。

 だけど、数日経っても姫野にはその話ができていなかった。

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