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雑用に出来ること

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 駅へ向かう人波を追い抜いて全力で走る。普段走ったりなんてしないから、簡単に息が上がる自分に苛立つ。

 駅前でコンビニを見つけて駆け込んだ。手にしたビラのしわを伸ばしてコピー機に入れる。パンツのポケットに手を突っ込んで財布を取り出した。


 100枚? 200枚……? よく分かんないから有り金全部コピー機に突っ込んだ。


 刷りたてのまだ温かい紙の束を抱えてコンビニを飛び出す。休日の駅前ならそこそこ人はいるはずだ。


 駅前の広場に立つと、ウェイター姿の俺にちらちらと視線を向けられているのが分かる。しかし強く興味を持たれるほどではない。


 俺は大きく息を吸い込んだ。


「メイドカフェ『プレジィール』、本日開店です!」


 声を上げたことで一瞬視線を集めたが、すぐに目を逸らされた。近くを歩く人にビラを差し出すが、昨日と同じくなかなか受け取ってはもらえない。

 昨日は時間をかけてノルマを配り終わったけど、今日はそんな悠長なことなんてしていられない。


「ここから徒歩10分くらいで着きます! コーヒー1杯だけでも来てください!」

 まだだ。まだ見てもらえない。


「料理は元々ホテルで働いていた料理人が作っています! 何を食べても美味いです!」

 まだ足りない。


「メイドは……すごく可愛くて、最高の接客をしてくれます! それで、その……」


 あれ、俺は何を必死になっているんだろう。お金のため? いや、違う。手持ちのお金を全部つぎ込んで、こんな駅前で声を出しているのは、そんな理由じゃない。


 あいつらが今日のために頑張ってきたのを知ってるから。それがこんな結果なんてあんまりだろ。


「とにかく一度見に来てください! 後悔はさせません!」

「ねえ、そのメイドカフェってどんな子がいるの?」

 そう言って声をかけてきたのは大学生くらいの男3人組だった。


「はい! 1人は何事にも一生懸命で可愛くて、1人はクールな雰囲気と微笑みのギャップが魅力的で、もう1人は見た人の心を掴む引力がある、3人とも個性的で唯一無二のメイドです」

「へぇ、いいじゃん」

 そう言って彼らは顔を見合わせて頷いた。


「ここに地図もついているのでよかったらどうぞ」

 ビラを手渡すと、ちゃんと受け取ってもらえた。あと一押しか。

 何か他に言えることは……


「私達メイドがお待ちしていますので、是非来てくださいね♡」


 その声の方を向くと、ロングコート姿の皇達3人が立っていた。

「え、なんで……」

「めっちゃ可愛いじゃん! 映画の後に寄っていこうか」

 そう言ってグループは去っていった。


「どうしてここに皇達が……?」

「店長に聞いたのよ。亮太なら駅前でビラ配りしに行っただろうって」

「ビラ配りなんて誰でもできるし、3人は店に……」 

「1人よりも4人でやった方が効率がいいと思う」

 そう言ってキラは俺の手から紙の束を抜き取った。そして等分してそれぞれに配る。

「いや、でも……」

「私たちみんなのお店なんですから、私たちにもやらせてください」

 深恋はそう言って微笑んだ。


 そして3人は紙の束を抱えて散らばっていった。


「メイドカフェ『プレジィール』で待ってます♡」


「心落ち着ける時間を過ごしに来てください」


「せ、精一杯おもてなしします! ぜひ来てください!」


 ビラは受け取ってもらえたり、そうじゃなかったり。それでも諦めずにまた次の人に声を掛ける。

 突っ立っていられない。俺は一歩踏み出した。


「メイドカフェ『プレジィール』、本日開店です! ぜひお立ち寄りください!」



 手にした紙の束が軽くなってきた頃、スマホが震えた。

『店に戻ってきな。お客が待ってる』



 3人に声を掛けて店へ走った。入り口の前に立つと鼓動が早くなって、今朝の誰も待っていない光景がフラッシュバックする。汐姉が呼び戻すくらいだからお客はいるんだろうけど、純喫茶と勘違いして来たおじい1人という可能性もなくはない。

 3人の顔を見回すと同じく不安そうな表情をしていた。俺が先陣を切って店内を確認するしかない。

「じゃあ、開けるぞ」

 俺は扉を開いた。


 そこには……満席のお客がメイドを待っていた。


「ここからは私達の腕の見せ所ね。ちょっと預かってて」

 そう言って皇がコートを脱ぐと、パステルのメイド服が露わになる。俺は3人分のコートを抱えて後ろへ下がった。


 皇たちはお客の前に並んだ。


「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」

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