赤字確定
放課後の教室。夕焼けの差し込むその場所には、俺と、学年の誰もが名前を知る美少女が向かい合っている。
緩くウェーブのかかった長い髪。ぱちっと開かれた瞳。整った鼻筋。容姿がいいだけでなく、明るい性格で男女問わず人気が高い。
一ノ瀬深恋。学年の三大美少女に数えられる一人だ。
長い髪をいつもは赤いリボンで括っているが、今は下ろしている。パーマがかかったようなふわふわした髪が、開いた窓から吹き込む風で揺れる。
彼女には珍しく不安げな表情でこっちを見上げる。俺は口を開いた。
「俺のところに来いよ。後悔させないから」
――プツン
何者かによって隠し撮りされた「冴えない男があの一ノ瀬深恋に超俺様告白をした」という動画が学校中に拡散され、俺の高校生活は終わった……
と思ったが、この出来事をきっかけに学年の三大美少女たちとの奇妙なメイドカフェバイト生活が始まることになる。
隠し撮りされる現場から、1日前。
鳥屋野亮太は地面に膝をついた。ここが駅前の広場だということも忘れるくらい、受けた衝撃は大きかった。その原因は手にしたスマホに表示された、カードの引き落とし通知だ。
いつの間に俺は6万のBlu-rayBOXを予約したんだ……!?
確かに! 昔から好きなラノベ「ソードクロスワールド(通称ソークロ)」のアニメ特装版Blu-rayが発売決定されて、それはもう欲しかったけど! さすがに6万の出費は大きすぎる。そう思って諦めたつもりだったのに、いつの間にか俺は商品をポチり、そしてさっきお金が引き落とされたらしい。
メールボックスを遡り、抽選販売の応募完了メールが届いた日付を見て思い出した。この日は高校一年の期末試験が終わって、とにかく気分がよかった。我慢してたアニメを一気見しながらネットを漁っていて……確かに、ポチッた気がしてきた。
ああ、バカ! なんで後先考えられないんだよ、俺は!
もしかしたらまだキャンセルできるかも……わずかな望みをかけて販売サイトを確認してみるが、こっちの都合でのキャンセルは出来ないとあった。
転勤族の両親を1年かけて説得してようやく手に入れた、悠々自適な一人暮らし生活。それを続ける条件は毎月振り込まれる生活費の中でやりくりすること。これから家賃や光熱費の引き落としもあるのに、こんな出費があったら赤字確定だ。
両親が俺の口座に振り込む日まであと2週間ある。それまでにどうにかしてお金を補填しないと、赤字がバレて「ジ・エンド」だ。それだけは絶対に避けたい。
「仕方ないか……」
小さく呟いて、電話を掛ける。頼りたくはなかったけど、今回は仕方ない。
「もしもし、汐姉? 実はちょっとお金を貸して……」
「ちょうどよかった! 私も電話しようと思っていたんだ」
「え?」
汐姉こと黒木汐は5つ歳上の俺の従姉だ。昔から何かと俺を好き勝手振り回す汐姉に苦労させられてきた。「富士山からの日の出が見たい」と急に言いだして、せっかくの夏休みでゲーム三昧していた俺を強引に山へ連れていったこともあった。
そんな汐姉から俺に連絡をしようとしていた、というのは嫌な予感しかない。
「今度、自分のカフェをオープンするんだよ。すごいだろ?」
汐姉は自由人で大雑把な癖に昔から料理の腕前はプロ並みで、その点だけは唯一尊敬していた……が、
「ホテルに就職が決まったって言ってなかった?」
先々月の親戚の集まりの時、ホテルのパティシエールとして採用されたって聞いたはずだ。
「ああ、それは辞めたんだ。人に指図されるのは性に合わなくてね」
そう言って笑う声が聞こえる。確かに、上司からの指示に平気で異議を唱える姿が想像できた。
「それにただのカフェじゃないぞ。可愛い女の子がお給仕するメイドカフェだ」
「メイド、カフェ!?」
メイドカフェって、アレだよな。ピンクとか白とかを基調にした店内で、メイド服に身を包んだ美少女が「萌え萌えキュン♡」するアレだよな!? まあ、ネットの知識しかないけど。
「私が作った最高の料理を、最高に可愛いメイドが提供してくれる。これ以上ない天職だろう!」
バタンと椅子が倒れるような音がして、電話越しでも興奮しているのが分かった。
……ああ、そうだ。この人は自由人で大雑把で美少女好きの三重苦だった。
そして俺の本能がアラームを鳴らす。これ以上巻き込まれる前に離脱したほうがいい、と。
「そうか。店、頑張れよ。じゃあ俺はこの辺で……」
そう言って「通話終了」のボタンに指をかけようとする。
「開店は一週間後と決まっているんだが、まだ内装もメニュー作成も出来ていなくてな。それに一番重要なメイドも決まっていない」
「それってつまり、何もできてなくない!?」
あ、ついツッコミを入れてしまった。そんな俺に汐姉はわざとらしくため息を吐く。
「はぁ……そう、すごく困っているんだよ。だから、亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。もちろん、相応の報酬は払うよ」
「いや、そんなスカウトって……」
「ああ、そうだ。亮太は私に用事があるんじゃなかったか?」
「あ……」
この従姉の話ですっかり忘れていた。2週間後までに金を用意できないと、俺の自由な生活は終わってしまうんだった。
「一人につき一万でどうだ? 亮太にとっても悪い話じゃないと思うけど」
結局この人の手の上で転がされているみたいで悔しいけど、他に選択肢はない。
「分かった。やるよ」
「よし、取引成立だな。明日、楽しみにしてるぞ」
そう言って満足そうに笑う。今日言われて明日スカウトして来られるわけがないだろ。
「はぁ……」
電話を切ると深いため息が漏れた。