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地獄の沙汰もってやつ

作者: 雉白書屋

「な~あみっ! ……このたびは、まことにご愁傷さまでございます。皆様の慈しみの心のおかげで故人にとって、素晴らしい旅立ちとなりました。では」


「えっ、あの、ちょっと」


 とある葬儀場。身内だけのささやかな葬儀。故人の息子であり、喪主を務める長男は母や弟、親戚一同に視線で促され、帰ろうとするその坊主を引き留めた。


「……なんでございましょうか」


「いや、あの、短くないですか?」


「はい?」


「いやその、お経が……」


「……お経とは心です。たとえ、短くとも心で唱えることにより」


「いやいや、それにしても短すぎますって。もっと長いはずでしょう」


「……少ない」


「そうですよ。少なすぎます。もっとしっかりとお願いしますよ」


「……お布施が」


「え?」


「では、私はこれで」


「いや、ちょっと! え、今、お金のことを言いましたか?」


「……いいえ。では」


「いや、待ってくださいよ! なんですぐに帰ろうとするんですか! え、そんなにお布施が少なかったですか?」


「ナムアミダブツ……」


「いや、頷くのに、それ必要ですか? 手も合わせて、てか、今の方がお経が長かったじゃないですか」


「……当寺院に限らず、卒塔婆に書く文字数に応じて料金に変化が生じます。また、戒名の際も文字が多ければ多いほど頂くお金も多くなりがちです」


「いや、それが何ですか……」


「あのお布施の額では、あれくらいの長さのお経になるかと」


「いやいや、短すぎるでしょう! なんですか、な~あみっ! って!」


「肉声で唱えており、心がこもっておりますので。別途、CDとプレイヤーも販売しておりますので、よろしければそちらをご利用ください」


「いや、それじゃダメでしょ!」


「いえいえいえ、先ほど申し上げたように、大事なのは心。故人様はもう旅立たれましたよ」


「いや、さすがにあの短さでは無理でしょ。ぐっと体を起こそうとした瞬間に終わってますよ」


「そちらは専門家様でございますか? 違いますよね? 素人さんですよね?」


「素人さんっていや、そうですけど……ああもう言っちゃっていいですか? あんた、さっきから金金言い過ぎじゃないですか? あんたもどーせ、外車とか乗り回してる口でしょ、煩悩塗れなんじゃないですかぁ?」


「ふう……」


「なんすか。言いたいことがあるならどうぞ」


「殺すぞ」


「予想外……。それ、お坊さんが絶対言っちゃいけないでしょ……」


「こちらもねぇ、慈善事業でやっているわけではありませんよ。こんな田舎にある、ちっちゃい寺を継がなければならなかった人の気持ちが分かりますか? 私がねぇ、必死に勉強してどこ就職したと思いますか? 東京だよ東京。東京の会社だよ。あなたに行ったことがありますかねぇ東京。いいとこの会社ですよ。婚約者もいました。でもね、実家で寺継ぐとなったら破局ですよ破局。坊主頭は無理ですって。今どき高校の野球部でも坊主強制じゃないとこが増えているのになんだよこんなの! 髪型を自由にさせろよ! 人権侵害ですよ!」


「いや、あの、髪型の話は別によくありませんか……? どちらかというとお寺を継がされることに憤るとこじゃ……」


「それはまあ、しょうがないんですよ。歴史があるから潰すわけには行かないんですってよ。歴史があるなら、じゃあなんで潰れかけてるんですかね! 金ないし金取れば生臭坊主扱いですよ! やってられませんよ」


「それはその、あ、さっきのはすみませんでした……」


「どこ行っても辛気臭い顔ばかりだし」


「それは葬式だし、しょうがないんじゃ……」


「喪服はそそるけど」


「ん?」


「タイツのデニールは40が理想的」


「何言ってんすか」


「お経は歌ってても楽しくないし」


「歌うって」


「社会人バンドとして音楽活動を続けていきたかったし」


「あ、バンドをやってたんですね。ああ、それで髪型に対して強い不満が……でも、いつまでそれを引きずってるんですか」


「それはそちらも同じでしょう。いつまで引きずっているんですか。死んだんでしょ? お経とかどうでもいいでしょ。さっさと燃やしなさいよ」


「あんた、とんでもないこと言ってるぞ!」


「マサイシュリスイマニマニカノムニマニ」


「何ですか急に……。真面目にお経を読んでくれる気になったんですか?」


「呪いをかけました」


「いや、本当に何してんすか!?」


「はいはい、では失礼します」


「いや、待ってくださいよ。……ほら、見てください。身内だけの葬式なので人数は少ないですけど、みんなあなたのライブを心から待ってるんです。確かに、お布施にはご満足いただけなかったかもしれません……。でも、ファンをないがしろにしていいんですか? 心は痛まないんですか? 確かに、あなたは坊主だ。でも、その魂はまだロックなままなんじゃないんですか!」


「いや、ロックバンドではなかったので」


「あ、そうなんですか。髪型にこだわりがあったようだったからてっきり」


「じゃ、失礼します」


「いや、あの」

「あのぅ……」


「ああ、母さん。どうしたの?」

「いや、お坊さんにね、お渡ししたお布施なんだけど……実はほら、みつやくんの子供にあげるつもりだったお小遣いと間違えて……」


「え、そうだったの!?」

「うん、だから、はいこれ、よろしければ……」


「頂戴いたします……ほほぅほうほう」


「露骨に機嫌が良くなりましたね……」

「あんたも早く孫の顔見せてよね」


「うるさいな! あ、間違えて渡した方は返してくださいよ」


「ガキの駄賃かよションベンくせぇな、と思い、トイレに流してしまいました。南無阿弥陀仏」


「おぉ、もう……いいですけど、それで、もう一回読んでいただける流れですよね?」


「ええ、きっちりあの世送りにして差し上げますよ」


「言い方。あと、やっぱりあの短さじゃ向こうへ行けてなかったんじゃないですか……まあやっていただけるんなら、もういいですけど」


「ええさてさて、では……ガンガシンジョウニョコウロ、ガンガジンニョチエカ、ネンネンボンジョウカイジョウコウ、クヨウジッポウサンゼブ……」


「ふぅー、やっとだよ……」


「イッシンキョウライジッポウホウカイジョウジュウブ……キーソウテンガイシシャゴニュウ……」


「ん?」


「デーマエ! ジンソクラクガキムヨウー! ドーラえも――」


「どういうバンドだったんだよ! この、青坊主!」

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