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創一との結婚

創一とは中学が一緒だった。創一は2つ上の先輩で剣道部に所属していた。私は陸上部で、そこまで接点はなかったが、剣道部が校庭に出てトレーニングをするときに何度か話しかけられたぐらいだ。

 私は高校、専門学校を卒業後、医療事務をしていた。そこの病院に創一が患者としてやってきて声を掛けられた。

「もしかして、優子ちゃんじゃない?」その当時は名札はフルネームだったので、こういったナンパがたくさんあった。反応すれば面倒なことになる。

「そうですが、何か?こちら明細となります。お大事に」とびっきりの営業スマイルで何事もなかったかのように医療明細を渡す。そして、また次の仕事に取り掛かる。地味だけれど、とても忙しいのだ。この日もこれで切り抜けられ――なかった。

「柏木中の遠藤創一だよ。俺剣道部だったんだけど、覚えてない?優子ちゃん陸上やってたよね」

 遠藤創―、遠藤……

「ああ‼︎お久しぶりです」言われるまで全く気づかなかった。先輩はよく気づいたなと思う。

「優子ちゃん、元気?なのかな?また来るよ」

「お大事にしてください」先輩は何か病気なのだろうか……今日は内科に受診したようだ。話し込まれなくて良かった。仕事がまだまだ山のようにある。気持ちを切り替え、集中した。

それから先輩は2週間ごとに受診しているらしく、お会計の時に一言二言話すようになった。時々何か言いたげにするけれど、忙しそうな優子を気遣い、言葉を飲み込んでくれているようだった。

先輩に再会してから半年程経った頃

「優子ちゃん、良かったら今晩食事でもどう?」先輩に急に誘われた。全く予想していなかった展開なので、断る口実を探していなかったことと驚いたことで私は言葉に詰まってしまった。

「えっと……」どう断ろうかと考えているうちに先輩が「20時に上尾駅西口で待ってる。またあとでね」そう告げると足早に行ってしまった。面倒だな……断れなくて気持ちが沈む。私はまた、仕事に没頭した。

仕事を終え、着替えて上尾駅へ向かう。今日も一日頑張った。食事はどこに行くのだろう。外食は久しぶりだ。あれこれ考えても仕方ないので、せっかくだから楽しもう。まだ少し早いから、ショッピングでもしようかな。先輩はもう待っていた。寒い中、いつからいたのだろう。まだ、約束の30分前。

「優子ちゃん」手を大きく振っている。鼻の頭が赤くなっている。

「先輩、寒くないですか?いつからいたんですか?」

私は心から心配になり、そう聞いた。

「優子ちゃんに仕事何時に終わるのか聞くの忘れちゃったから。お腹すいてるだろうから待たせたら悪いなと思ってさ」先輩ははにかんでいる。

「そんな……気にしなくていいのに。今日はお誘いありがとうございます」

「じゃあ、行こうか」

優しくていい人なんだな。楽しい時間になるかもしれない。私の心は少しだけ跳ねた。

駅からほんの少し歩いたところに小洒落た居酒屋がある。気にはなっていたけれど、入るのは初めてだ。先輩は個室を予約してくれていた。

「優子ちゃん、何飲む?」

「ビールをお願いします」

「OK。つまみ適当に頼んじゃっていいかな?食べられない物とかある?」

「何でも大丈夫です」先輩はメニューを見てサッと注文してくれた。

グラスビールで乾杯。

「仕事お疲れ様。いつからあそこで働いてるの?」

「2年前ぐらいですかね」

「先輩は――あの――どこか体調が悪いんですか?言いたくなかったら言わなくて大丈夫です」

「仕事のストレスで胃がやられて。見てもらってる。情けないよな」

「ビール。飲んで大丈夫ですか?」

「普段は禁酒してる。今日は特別だから」あまり飲ませないようにしないとな。なんとなくそう思った。

「優子ちゃん、結婚は?彼氏とかいるの?」

「どちらも無いですけど、今はどちらもいいかなって思ってます」これ以上は聞かないでほしい。私はビールを飲み干した。

「おかわりいいですか?」次はジョッキを注文した。酒豪で引かれる。それでいい。もう、恋愛は懲り懲りだ。前の職場で、ドクターから猛アプローチされ、お付き合いをした。若くて優秀でとても素敵な人だった。大好きな彼と結婚することをとても楽しみにしていた。でも、彼は既婚者だったのだ。ドクターは忙しい。あまり会えないのは仕方ないことだと思っていた。彼には奥さんとなんと子どもが2人もいたのだ。私は逃げるように退職した。若くて大切な私の時間を3年も無駄にしてしまった。奥さんと子どもにはバレていないと思う。それでも、知らなかったとはいえ……本当に申し訳ないことをしてしまった。私もおかしいと気づくべきだった。彼と別れてからはずっと一人だ。もう、あんな思いをするのはごめんだし、自分の知らない所で傷付く人がいるんだと思うと気持ちが滅入った。

「そっか。良かった。今度どこか遊びに行こうよ」

「休みの日は予定がたくさん詰まっているので、行けません」もう、酔っ払ってしまったのか。涙が溢れてきた。彼のことを思い出すと、悔しくて悲しくて涙が出る。もう。最悪だ……

「先輩。ごめんなさい。もう帰りますね」私は財布から五千円を出し、先輩に渡した。涙が止まらない。今すぐここから立ち去らなくちゃ。先輩は私の手首を掴み離してくれなかった。

「優子ちゃん、座って」

「もう、帰ります」

「こんな状態で帰せないよ。座ってくれる?」

「ごめんなさい」私はまた椅子に座り、テーブルに突っ伏して泣いた。先輩はそんな私の隣に座って、背中をさすってくれた。

 どれくらい時間が経ったのだろう……思いっきり泣いたら、お腹がすいてきた。

「先輩、ごめんなさい。落ち着きました。もう大丈夫です」先輩はそっと私の頭を撫でてくれた。

「ここが俺の部屋だったら、このまま抱きしめちゃうんだけどな。今は我慢しておくよ」先輩はイタズラっぽく笑った。

「泣きたくなったら、いつでも連絡して。飛んでいくよ」こういうことをサラッと言える先輩はすごい。この人といたら幸せになれるのかな。ナフキンに携帯の番号を書いて渡してくれた。

「何か食べる?」

「はい。泣いたらお腹すきました。一度、お手洗いに行ってきます」きっと酷い顔をしているだろう。鏡を見たかった。

「そのまま帰らないでね。待ってるから」

「はい」

私はたまご粥を注文した。一口食べると優しい味が口いっぱいに広がって、心が満たされる。とっても美味しい。

 創一の前であんなに泣いたのは最初で最後だった。あの涙の理由を創一は一度も聞いてこなかった。今思うとただ、忘れてしまっただけ。なのかもしれないけれど。色々と詮索せず、いつも私の話を真剣に聞いてくれた。創一の隣は居心地が良く、私はいつのまにか創一の事が大好きになっていった。再会から五年後、私たちは結婚した。

 あんなに大好きだったのに……今は大嫌い。どうしてこうなってしまったのだろう。

 恭介をお腹に宿した頃から、私は少しずつ違和感を覚え始めた。この違和感を一言で説明するとしたら……創一は自分のことが一番大切。なのだろうなと思う。

 私は悪阻がひどく安定期に入るまでのほとんどはソファーに横になって過ごした。食べても食べなくても吐いてしまい、常に気持ち悪い。もちろん創一には伝えたけれど「そっか。無理しないでね」と返ってきただけ。何もしてくれなかった。フラフラになりながら最低限の家事をして、自分は食べられない食事を作った。それなのに、帰ってきてから「ラーメン食べて来たからいらないや」と言われた。それならそうと早めに連絡してほしいと伝えたら「ラーメンって急に食べたくなるからそれは難しいな」と言われた。私はもう、それ以上言葉が出なかった。夕食いらないって言ってくれたら、体を休められたのに……その日は泣きながら眠りについた。吐き気と虚しさで苦しかった。

 妊婦健診にも一度も一緒に来てくれなかった。ベビー用品の買い物も一人で行った。母親学級での沐浴指導や妊娠体験の機会も他の妊婦さんはみんな旦那さんと一緒に参加していた。生まれてくる新しい命を夫婦二人で楽しみにしている。そんな気持ちで溢れている、周りの人たちみんなが羨ましかった。一人で参加していたのは私はだけだった。妊娠の経過を創一に聞かれることもなく、私は一人で恭介を出産した。恭介はずっと逆子で、計画帝王切開となっていた。手術予定日の前に陣痛が来てしまって緊急帝王切開になった。さすがにこのときは車で病院に送ってくれた。生まれたての恭介を目にすると自然と涙が溢れた。小さくてとても可愛い。私が守らなくちゃ。そう自分に言い聞かせた。

 病室のベッドで横になっていると、麻酔が切れて、術後の痛みと後陣痛の痛みとで激痛になった。痛みには強い方だけれど、耐えられない……「痛みが酷いようなら我慢せず痛み止めを使いましょう」と看護師さんが言ってくれた。ナースコールを探すとなんと壁に縛り上げてある……届かない。なんとか、枕元にあったスマホに手を伸ばし創一にメールをした。「痛みが辛くて、痛み止めが欲しいんだけど、ナースコールに手が届かないの。近くにいる?」

 創一「ごめん、今バイク屋にいる」恭介の顔は見たのだろうか?私たち二人の子どもではないのか?それなのに、私一人でこんなに辛い思いをしなくちゃいけないのか。いつか絶対離婚してやる。私はそう心に誓った。


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