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第6話 深刻な精神汚染を受けた話

「もうすぐ魔王山に到着しますねヒデオ。長かった旅もあとわずかと言ったところでしょうか」


「そうだな。色々ありすぎて濃密だったから、長かったって感じはしねえけど。あっという間だった感じだぜ」



 視線の先に高くそびえ立つ巨峰・魔王山。

 今まさに世界を闇に沈めんとする魔王レイヴンの本拠地であり。オレたちの旅のゴール。


 異世界転生によって勇者となったオレ――――常盤(トキワ)英朗(ヒデオ)は聖剣「光翼剣ルクス・アラ・グラディウス」を手に、魔王討伐の旅に出た。

 相棒は騎士の国と名高いフェウルム王国において最強の騎士にして第一王女”姫騎士”エウレア・ウル・ヴァリアス。

 二人は過酷な旅をお互いに支え合い、長い旅路の果てに遂についにこの世界を闇に堕とそうとする魔王レイヴンの根城に到達しようとしていた。



「後は魔王を倒せばハッピーエンドってわけだ。あの陰湿サディスト女め。決着をつけてやる」



 背中にかけた聖剣の柄をギュっと握って決意を新たにする。旅の終わりは近いと考えると自然と気が引き締まるというものだ。



「……はい。後は魔王を倒せばこの旅は終わり、ですね」


「どうしたエウレア?嬉しくないのか?」



 もう少しで念願の魔王打倒を果たし、世界に平和が戻るというのに彼女の表情は暗い。



「……ああ、いえ。確かに魔王の打倒、世界の平穏を取り戻すのは悲願です。嬉しくないわけがありません。ただ……」


「ただ?」


「…………もう貴方と二人の旅も終わってしまうのだなと思うと、寂しくて……」


「む…………それは、そうだが」



 今でこそ騎士として共に旅をしているが、エウレアは一国の王女だ。世界が平和になれば旅に出てる暇など無い。

 王族として使命を果たし、フェウルム王国を導いていかねばならない。



「実は父からも見合いを勧められており……相手は隣国の第二王子なのですが……」



 そうだ。フェウルム王国には王子がいない。つまりこの国の次代の王は第一王女であるアウレアの夫が継ぐことになる。

 その意味でも彼女が結婚を急かされるのは当然のことだ。むしろ遅いくらいだろう。


 しかし、そのことを考える胸がキュっとする。はっきり言って嫌な気持ちだ。

 エウレアが結婚?オレ以外の男と?モヤモヤする……



「ですから、旅が終わると思うと名残惜しいですね……できれば、もっとヒデオと共にいたかった」


「そ、それはオレもだよエウレア!…………その見合いってどうしてもしなきゃ駄目か!?」



 エウレアは首を横に振る。わかっていた返答だがショックだ。



「第一王女として婿を取ることは産まれ持った義務。変えることはできませんし逃げる気もありません。何より、騎士の国フェウルムには強き王が必要なのです」



 フェウルム王国は騎士の国、代々その国の王は優れた騎士でもあることは有名だ。エウレアの父も恐ろしく強い騎士で俺の剣の師でもある。

 魔王討伐の旅の最大の支援者であり、愛娘のエウレアを相棒として預けてくれた、言葉ではとても言い切れないほどの恩人だ。


「フェウルム王には強さ、名声、人望が必要なんだっけ。ならさ………オレじゃダメか?」


「ヒデオ、が……?」



 キョトンとした瞳でエウレアがこちらを見返す。その考えは無かったという顔だ。

 それはそうだろう。一国を滑る王の資質を求めれば他国の優秀な王族を連れてくるのが一番だ。



「でもさ!オレ、勇者だし!魔王を倒せば名声ってやつも手に入るだろ!?人望は…………ゆ、勇者ならなんとかならねえかな?」


「……いいのですか?」


「オレがそうしたいんだよ。エウレアと結婚するならオレがいい。他のやつになんて渡したくない」


「私も…………貴方となら……いいえ、本当は貴方と……」



 瞳に涙を滲ませ、言葉を詰まらせる。泣き顔ではあるが、表情はやっとお互いの本音をぶつけ合えた安心感が伝わってくる。



「ヒデオ、愛しています……」


「オレもだよエウレア………」



 こうして最終決戦前夜、想いを通じ合わせた二人は互いの顔を近づけていき、そして二人は…………






***





「ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」


「ど、どうしましたかロイス!?」



 あ、危ない……危うく前世(・・)の自分の記憶に呑まれるところだった……

 あの後はお互いの気持ちをさらけ出し合って熱い夜を過ごすだけなのだ。

 自分だけど自分じゃない相手の濡れ場なんて思い出したくもない。


 目の前ではエウレア……にそっくりな金髪美女のアルーシャが、唐突に叫び出して後ずさった(ロイス)を驚きながら見ている。

 急に黙り込んだと思ったら唐突に叫び出す。そりゃ普通は驚く。



「す、すまないエウ……アルーシャ、さん………ひ、人違いなんだ。人違い!」


「そ、そうですか……?」



 それにしても似ている。似ているというか瓜二つだ。声までそっくりで違いを探しても身に付けてるものくらいしかない。

 恐らく今の鮮明すぎる記憶はこの容姿が引き金となって無意識の内に記憶の詳細を引き出してしまったのだろう。

 それほどに似ている。この世界に転生という概念があることは身をもって知っている俺は彼女がエウレアの転生ではないかと考えてしまう。



(いや、だからどうした?冷静になれ俺……仮にそうでも、彼女はヒデオの恋人であって俺とは関係ないじゃないか)



 前世で恋人だったんです!だからどうした?今の俺たちは初対面同士の関係でしかない。

 そんなこと急に言われる方も困るだろう。


 そのはずなのだが、既に俺には重大な問題が発生してしまっている。

 突発的とはいえ、あまりにも鮮明に記憶を引き出してしまったのだ。

 鮮明に引き出された記憶はもはや自分の体験に相違ない。


つまり、今の俺は…………




(どうしよう……どうしよう!? 俺もうアルーシャのことが好きになってるんだけど!?!?!?)




 これは大変よろしくない。

 どうやら常盤英朗という男は本当にエウレアを愛していたらしい。その記憶が俺の意識にすっかり影響を与えてしまっている。

 つまり、今の俺はエウレアの事が大好きだ。問題はエウレアは前世に添い遂げた相手であり、今目の前にいる相手はアルーシャということだ。

 とんでもない精神汚染を受けてしまった。確かに目の前の女騎士は前世云々を抜きにしても美人なのは間違いないが。



「あ、えーと……その、アルーシャ、さんはどうしてこんなところに?」


「呼び捨てで構いませんよ? こちらは助けられた側ですので」


「そ、そっか……アルーシャ」


「ええ、こちらもロイスとお呼びしても?」


「ヒュッ………は、はい……どうぞ……」



 いかん、挙動が不審になってしまう。だって仕方ないだろう?ロイス・レーベンには女性経験がほとんどない。

 にも拘わらず、生涯を連れ添った女性に対する愛情を押し付けられればこうもなる。バグっても仕方ない。



「では、ロイス。なぜここにいたかというのはこの森で真竜を見たという噂を聞いたからです」


「し、真竜?」



 一瞬どきんとする。その真竜と関わって人生が変わってしまった身としては驚きもしようというものだ。

 普通なら一生かけても出会わないような存在と二度もエンカウントするとは考えたくもない。



「ええ、赤い体色の巨大な……」


(……いや、まさかな)



 まさかあの個体が生きていたのか?

 覚醒直後で無我夢中でぶっ放したからちゃんととどめを刺せたか確認できてないんだよな。

 だとしたら放ってはおけない話だ。俺が仕留め損ねたせいで被害が出るのも寝覚めが良くない。



「さすがに伝説上の存在がこのような場所をうろついてるとは眉唾なので、騎士団を動かすわけにはいかず。かと言って本当に真竜などが現れれば災害クラスの被害が出る。放ってはおけません」


「だからアルーシャが一人で来た、と」



 アルーシャの首が縦に動く。

 確かに、街道を外れたとは言え、真竜が本当にこんな場所に現れれば甚大な被害が起きるだろう。

 街道を使う旅人も危険だ。



「実際に現れたのはゴブリン上位種でしたが……これはこれで異様ですね。こんなところに生息報告はない」


「確かに」



 一般的に使用される街道付近に魔物の上位種がいたら危険すぎて誰も使ったりしない。

 本来はこの辺で上位種と遭遇するなど、真竜ほどじゃなくても有り得ない話だ。

 何か異常が起きている可能性は高いだろう。



「私は一度、王都に戻ってこの事態を報告します。異常の兆候があると分かれば騎士団も動くでしょう」



 確かに眉唾情報じゃ組織は動かないだろうが、実際に異常を確認できれば話は別だろう。

 大規模な調査なら組織の手を借りるに限る。

 場合によっては冒険者にも動員がかかるかもしれないな。



「しかし、アルーシャって結構騎士団の偉い人か何か?」



 さっきからの言動を聞いてる限りでは少なくとも騎士団の動員を意見できる立ち位置にいるようだが。

 団長クラスにコネでもあるのだろうか。



「あ、その、いえ…………それよりロイスこそ、どうしてこのようなところに?」


「……………あー,そうだった。忘れてた」



 すっかり忘れていたが自分も大概ピンチの立場だった。



「アルーシャは王都に戻るんだろう?じゃあさ…………俺も連れてってくれない?」


「はい?別に構いませんが」


「実は道に迷って…………」


「はぁ………‥」



 嗚呼、情けない………好きになってしまった相手に自分の情けないところを見せるのがこんなに辛いとは。

 かくして俺はアルーシャに案内されて、なんとかその日の晩には王都へ到着することができたとさ。

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