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第26話 農作業と何事もやりすぎた話

 俺の赴任地エンドヴィルは緑が豊かだ。

 北東の大森林、亜人たちが住む精霊の森が近いせいかもしれない。

 北の山岳地と西の海岸壁が人の出入りを長い事阻んでいたことも影響していたのかもしれない。

 この緑を育む肥沃な大地は間違いなくエンドヴィルの長所と言える。



「俺、実家が農家だからこういうの落ち着くんだよなあ……」



 エンドヴィル領主ロイス・レーベン伯爵。

 俺は今、鍬を持って畑を耕している。



「ロイス様……何も領主自ら畑仕事などなさらなくても……」



 畑の外でメイド服の美女が嘆息する。


 王都から俺の補佐のために付いてきたアルーシャの従者、アイーダだ。

 エルミリオ王国では非常に珍しい銀髪の長髪を後ろで纏めた髪型、そして眼鏡と長身が目を引く垢ぬけた美女。

 王女や騎士団長としてのアルーシャの横にメイド服で立っていなけば彼女自身が王族に見える気品がある。

 そう言えば顔つき、特に目元などはアルーシャに似てなくもないような気がする。

 その見た目に違わず、王女の秘書を兼任する従者だけあってその仕事ぶりは見事の一言。

 普段はアルーシャに教わりながら領主の執務をこなしている俺だが、彼女に手伝いを頼むと三日かかる仕事が三十分で完了してしまう。

 書類仕事のみならず、王都や他領との折衝・交渉・商談。様々な手配は彼女に一言頼めば最大効率で進む。

 ついでに言えば戦闘技能も持ち斥候(スカウト)としても超一流。まさに万能メイド。


 さすがにそれに頼り切っては俺が領主として成長しないのでなるべくは俺とアルーシャに仕事を任せてもらい、生活の世話に専念してもらっている。



「最近は書類とにらめっこばっかりだったし……それはそれでアルーシャと二人で勉強するのは楽しいけどね」



 アルーシャは田舎出身の無学な俺にも丁寧に教えてくれる。

 二人きりの勉強会ともなると俺も気合が入るわけで、彼女との婚約を破棄しないためにも頑張らねばならない。


 それに俺は冒険者になる為に田舎を飛び出しはしたが、実家の手伝いは嫌いではなかった。

 こうして農作業をしていると良い気晴らしになる。



「それはわかりましたが…………少々、集中しすぎでは?」


「そりゃあ、集中しないと気晴らしにならないし……」


「ですが、その…………やりすぎ(・・・・)かと」



 ふとアイーダの言葉を聞いて手を止める。周囲を見回す。

 ついさっきまで手付かずだった土地が……本来、開拓移民たちと協力して時間をかけて耕す予定の耕地が、全て耕されている。



「やりすぎた」


「やりすぎです」



 どうにも《スキル》に覚醒してステータスが上昇してからこういう事態が多い。

 聖剣(ルクス)だけでも剣士として必要なステータスがほぼカンストしていたのに、武術用装備の腕輪……「牙ノ証」を入手してからはもはや身体系ステータスは完全にカンストした。

 かつての勇者たちの研鑽の証が、今は俺の肉体に宿っているわけだ。実は今はこれだけではないのだが……


 それはいいが、俺自身の意識は一般人のロイスのままなので気を抜くとこうなりやすい。

 武器を装備していれば《スキル》が自然と意識と肉体の齟齬を埋めてくれるのだが、今はルクスも含めてアイテムウインドウに格納中だ。



「はあ……まったく信じられません。ですが、だからこそ真竜や魔族を倒した話も信じられるのですが……」



 完璧メイドらしからぬ頭の痛そうな顔で額を抑える。

 国王相手にも涼しい顔を崩さない彼女のこんな表情は大体俺にしか見せない。

 それだけ俺が困らせているのだろうか?反省せねばなるまい。



「……肉体面では人類最高峰のステータス、剣技は剣聖、武術は拳聖。それに大賢者クラスの魔法まで使う。もはや人間とは思えませんね」


「酷いこと言われてる」



 そう、あれは魔族シャックスとの戦いの後のこと。

 レナが魔族のアジトと思わしき洞窟から拾ってきた杖に俺は触れた。

 元々レナはあの森には俺に関連するだろう伝説級古代遺物(アーティファクト)が存在するとは言っていた。

 つまりそういうことだ。あの杖は俺の前世の武器の一つ。






【ワンド・オブ・メビウス】

 伝説に語られる大賢者が使用した魔杖。邪導師ザルゲスを倒した最高位魔導士の証。

 使用者の魔力を常に回復させ、使用した魔法の効果を増幅する力を持つ。

 伝説級古代遺物。この装備は契約者である勇者以外に装備はできない。

 『ロイス・レーベン:装備可能』






 剣や腕輪と同じパターンだ。近くに所縁のある古代遺物が近場に多すぎである。

 ともあれ俺はこの杖によって新たな前世の力を手に入れた。

 つまり魔法だ。


 今の俺は聖剣を使う剣士であり、最強の武術家であり、大魔法を使う賢者であるわけだ。

 この魔法の力で俺は、全滅した天虹騎士団を全員救った。




 一言でいうなら「蘇生」した。




 ちなみに、この世界の魔法技術において死者の蘇生は不可能とされている。

 仮死状態や戦闘不能からの回復くらいは可能だが、完全に「死亡」した存在を復活させることはできない。


 が、俺の使用する魔法体系はこの世界のものではない。

 

 別の世界の勇者だった前世の賢者。(オレ)が編み出した魔術体系はこの世界のそれの遥か高みにある。

 この世界の魔法のでは不可能な奇蹟を幾つも可能としている。

 死者蘇生も条件があるのでなんでもとは言えないが、それでも可能だ。


 その結果として魔族に全滅させられた騎士たちは全員蘇り。



「あ、ロイス様!まーたやっちまいましたね!」


「ははは、さすがは英雄殿。農作業をやらせても規格外ですな」


「いやいや、私たちの仕事を残しておいてくれなければ困りますな……」


「違いない!あははははは!」



 ゾロゾロと農作業用の恰好でやってきた男たちが笑いながら声をかけてくる。

 一人一人が屈強な肉体を持ち、農夫や開拓者にしては整った、なんとも育ちの良さそうな顔つきをしている。


 さもありなん。何故なら彼らは王国最強の精鋭騎士団。

 天虹騎士団の騎士たちなのだ。



「ああ……王国の精鋭騎士たちがこのような恰好をして……」



 アイーダがまた額を抑えている。


 うん、なんというか。こうなった。

 俺が復活させた騎士たちは、そのことをとても感謝してくれた。

 まさに命の恩人というやつなのでそれはわかる。

 問題は、俺とアルーシャの辺境赴任が決まった時に彼らは一人残らず同行を申し出た。


 普通に大問題である。


 確かにアルーシャは王女であると同時に天虹騎士団の団長でもある。

 天虹騎士団は王国に三つある騎士団の一つ。

 騎士の数こそ少ないが、優れた騎士を集められ遊撃の任務を与えられた精鋭たちだ。

 

 そんな騎士団を全員揃って辺境になど連れていけるわけない。

 事実、アルーシャは辺境赴任の際に団長位を辞職するつもりだったようだ。


 ところが騎士たちは、それを猛烈に反対した。

 婚約者に人望があるのは嬉しい限りだが、このままでは王国の軍備が滅茶苦茶になってしまう。


 様々な協議を重ね、本隊は王都に残り、十数名程度が交代でエンドヴィルに派遣されることになった。

 アルーシャは団長位を一時休職として、副団長に権限を委任することで決着となった。



「まあ、エンドヴィルに軍隊はまだないからありがたいけどね……」


「姫とロイス様が声をかければ本隊も動くでしょうね……」



 王国最強の騎士団が俺の声で動くのか……大げさな気もするが、俺の尽くしてくれる騎士たちを見ると本当にありそうで怖い。

 


「ロイス様。ここから先は私たちがやっておきますので、他の開拓民たちの様子を視察してきてはどうですか?」


「それがいい。なんせ数日かけて耕す予定の畑がもう耕されちまってますからね」


「あはは…………じゃあ、そうしようかな」



 さすがにこれ以上、彼らの仕事を奪うのは良くない。

 それに開拓民たちもまだまだ不慣れな土地でも問題は多い。

 彼らの様子を見て、問題があれば解決していくのも領主の役目だろう。



「それではお供します。ロイス様」


「ああ、よろしく。アイーダ」



 メイドを伴って自分の領地を視察する。

 それだけ見ると随分と貴族らしい行為に思える。


 問題は今の俺が農作業用の恰好ということなのだが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 天狗にならズに周りが観れてる。 [気になる点] 剣・拳・魔法が出てきたから刀や隠密や蹴り等の勇者が出てくるのだろうかもしくは海だから海賊の勇者だろうか気になります。 [一言] いっそのこと…
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