第19話 姫騎士と森を行く話
エルミリオ王国、王都アルデン。
その王城たる白亜の城アルテール城。
初代国王たるアルテールⅠ世の名を関して建造された大陸で最も美しいと言われる城。
そこに現国王エドリック・アルデント・エルミリオンが座する玉座に向かう男が一人。
「そうか……天虹騎士団長がそこまで強硬に主張するからには森に異変が起きていのは事実なのであろうな」
「はっ、彼女の持ち帰った証拠品からも上位種の出現は確かかと」
王に向かって報告する男はエルミリオ王国軍総司令の任を受ける将軍。
その役職の重責に反して、外見は20代後半程度、ともすれば20代前半にすら見える若さ。
なにより美形と呼んで差し支えのない金髪の美青年である。
名はランドルフ・オルブライト。エルミリオの全ての騎士を統括する将軍だ。
「ランドルフ将軍の目から見ても異常は確かなのか?」
「なんとも言えませんが、上位種が出没した時点で森の生態系に変化が起きてることは間違いないかと。調査は必須です」
「……精鋭たる天虹騎士団を動かすほどのものか?警邏の蒼銀騎士団は不足か?」
「あの上位種が氷山の一角ではないと確信できるなら蒼銀騎士団で十分でしょうな」
「むう…………」
エドリック王の表情は優れない。
無能ゆえに判断に迷っているわけではない。むしろ王は既に自分が決断すべきことを決めている。
精鋭たる天虹騎士は騎士団としては少数ではあるが故に有事への即応を担っている。
国家の軍たる騎士団において特に優秀な実力者を集めているのも危険度の高い任務を任せるためだ。
森で異常が起きているなら騎士を派遣すべきなのは決まっているし、向かわせるべきは精鋭・天虹騎士団であるべきだ。
問題はその決断が彼個人にとって非常に不利益であるという一点が表情を曇らせる。
つまるところは……
「……どうしても我が娘を行かせなきゃ駄目か?」
「親馬鹿も大概になされよ、王」
***
というわけ、どういうわけかは未だに自分でも良くわかってないところではあるが。
俺はアルーシャ率いる王国精鋭部隊たる天虹騎士団総勢500名に混ざって王都を出立した。
二度に渡る真竜討伐の実績を持つ俺に是非とも協力して欲しい話は即座に引き受けた。
俺としても王都に危険があるかもしれない森の異変は放っておく気は無かったので、そこは渡りに船だったと言える。
問題は何故か俺が王国最強の精鋭たる天虹騎士団の団長であるアルーシャの補佐待遇なのかと言うことだ。
言うまでもなく俺は、ただの冒険者だ。
軍隊を率いた経験も指揮官を補佐する参謀経験も無い。現世では。
それが何故に団長の補佐、実質副官を命じられるおとになるのか。
こういうのって兵士から不満とか出ないのだろうか?
「うっす!お疲れ様っすロイス殿!自分、先日の武闘大会途中まで観戦してたっす!マジ尊敬っす!」
「あ、はい……ありがとう?」
今回の作戦の団長補佐として騎士たちに紹介されたところ、大体の反応がこれだった。
他にも虹プレートを見せて欲しいとお願いされたり、ドラゴンと戦った時の話をねだられたりである。
……不満が出ないのはありがたいが、これはこれで大げさじゃないか?
『ロイスはいい加減に自分の偉大さを理解しておくと良いぞ』
『我が主が無自覚すぎるのじゃ』
(言われ放題だ……!?)
気ままな一人旅だったはずが、脳内に言いたい放題言ってくる連れが増えたのは良い事なのか悪いことなのか。
現在、自分たちは森の入り口に調査隊500人を森の入り口付近の街道にベースキャンプを作らせた。
500人の中から団長直轄の兵士10名ほどと、俺とアルーシャとアイーダさん(とルクスとレナ)による調査隊を編成。
計13人(と二匹)で森の内部を調査している。
順調にゴブリンナイトと遭遇した地点に到着し、その場所の調査を終えると、さらに森の奥へと入っていく。
途中で何度か魔物に遭遇しているが、さすがは精鋭天虹騎士団の騎士たち。あっさり返り討ちにして森の奥へ進む。
しかし現在までに上位種は現れていない。
「うーん、前に見たような上位種は出ないな……」
「それはそうでしょね。上位種ともなれば一定の知性を持ちます。万全の状態の相手に考えもなく襲い掛かってはこないでしょう」
アルーシャに現状の意見をもらうが、なるほど。確かにその通りだ。
ゴブリンナイトも他の下級ゴブリンと違って見境の無い攻撃はしてこなかった。
精鋭騎士10人、団長、そして一応虹等級の俺。この面子を相手に簡単に仕掛けてはこないということか。
だが、それは同時に別のことも意味する。
「…………気づかれてる、そして見られてるってことか」
「恐らく。気配の薄い小型種でも張り付いてるのでしょうね」
以前の状況では、ここより浅い地点でゴブリンナイトがアルーシャを襲撃してきた。
つまりは自分たちはとっくにやつらの襲撃圏内に入っている。
にも関わらず攻撃をしてこないということは、相手はこちらを警戒しているということだ。
そして、それは既にこちらの存在を相手は認知しているということに他ならない。
(どう思う、レナ?)
『小さき魔の気配は確かにあるが、余からするとほとんどが小さい気であるゆえなあ……あまりにも多くて細かい区別がつかん』
小型の魔物は群れに伝令を行う役目を持つ特殊な生体をしているが、戦闘力そのものは低い。
なまじ強力な真竜であるレナには、そこら辺の虫と小型種の区別がつかないらしい。
『肝心な時に使えん竜種じゃのう』
『お?なんぞ?やるか?余つよつよであるが?』
(人の脳内で喧嘩すんな)
「?……どうしましたロイス?」
「ああ、いえ、なんでも………そう言えばアルーシャは前と装備が違うね?」
以前に出会った時にアルーシャが身に付けていたのは騎士団用装備のフルプレートメイルだ。
だが今は違う。
現在身に付けているのは白い騎士服の上に胸と肩だけをガードするブレストアーマー。
よく見ると腰に下げている剣も前は簡素なロングソードだった気がするが、こちらは金のアームガードに綺麗な宝石が埋め込まれた豪華な剣だ。
「ええ。前回は単独行動だったので不意打ちに備えて全身の守りを固めましたが、今回は森での動きやすさを優先しました」
「確かに……フルプレートは動きにくいもんな……」
騎士団で使っているのは魔法金属である程度は軽量化されているらしく、安価な鉄鎧よりは圧倒的に軽いが、動きが制限されることに変わりはない。
それに軽量化されていても魔法金属も立派な金属。決して軽くはない。
よく見ると、同行の騎士さん達も王都で身に付けている鎧より動きやすそうな装備をしている。
「ですので、今回は私物ではありますが自分専用に用意した愛用の装備を持ち込みました」
「私物と言うか、それは王家の装備なのですが……」
それまでアルーシャの少し前を警戒しながら歩いていたメイドのアイーダさんが口を開いた。
このメイドさん、戦闘や探索の心得があるらしく、前方を警戒しつつ周囲に気を配っている。
もちろんアルーシャのお世話もしている。一流のメイドはなんでもできるようだ。
「王家…………の?」
「稀少魔法金属ミスリルの鎧に、王家の宝剣ロード・デュランダル。いずれも世界に二つとない王家の宝具です」
「どんな優れた装備とて倉庫で眠らせていては宝の持ち腐れでしょう。武具は使ってこそ意味がある」
『そんなことは無いぞ。宝は愛でられることに意味がある』
(黙ってて、レナ)
しかし、それほど凄い装備だったとは。
確かに、特に剣は俺も目を奪われるほど気品というか美しさを纏っているのは分かる。
それでいて、剣に込められた祝福というべきか、魔力に近い力はかなり強い。
ルクスを知らなければこれ以上の剣は存在しないかと思ってしまうほどに。
『まあ、さすがに我には劣るがな?まあ、中々の剣ではあるのじゃ。我には劣るが』
(大事なことだからと二回言わんでいい)
以前、アルーシャは優れた武器を使いこなすには優れた技量が必要と言っていた。
そうであるなら、この剣を使いこなせるとしたらアルーシャの実力は本物だ。
ゴブリンナイトとの戦いの時ですら上位種の群れを相手に一歩も引かない実力を持っていた。
専用装備を身に付けた時、彼女の実力はどれほどのものなのだろうか?