第16話 優勝賞品が割と罠だった話
その日、王都の天空は、数分の間、光に覆われた。
天空を覆った光が晴れる。
既に誰もいなくなったコロシアムに一人立つロイス。
赤い真竜の女はその場から消え去り、剣を振り下ろし立つロイスの勝利を表していた。
***
「ほ、本当にこのお金……もらってもいいの?」
大会から数日、スラムの教会。
準決勝の負傷で施術院に入院にしていたアリスが退院してきたのを俺とユウで出迎える。
アリスがいない間の教会の管理、と言っても、たまに訪れる浮浪者の相手……ほとんどはユウの知り合いなので対応は任せた……と、教会の掃除、後は教会の物品を盗もうとするならず者の撃退くらいだ。
どうしてアリスこの教会に派遣されたのか分かった気がした。腕が立たないとここで聖職者など不可能だ。
そうして戻ってきたアリスに、なぜか大会優勝者ということになった俺の賞金を渡していたところである。
大会はというと、あれから様子を見に戻って来た大会運営に事情を説明したところ、俺が優勝ということになった。
勝ち負けはともかく、実際に大会決勝まで残ったのは俺で、もう一人がドラゴンだったことが分かったので結果として俺の優勝になったようだ。
一応俺がレナに勝ったので勝敗の上でも俺の優勝ではあるが、審判不在で勝敗を確認しようがないのでそこは仕方ない。
ちなみにレナがドラゴンだったので準優勝とはならず、準決勝敗退組の中から審議されてフェード・アウト選手が準優勝となった。
「良いって、元々その為に出場したんだしさ」
というわけで、晴れて優勝した俺は手に入れた優勝賞金を当初の目的通りアリスに手渡すことにした。
「でも、こんな大金もらっても返す当てはないんだけど……?」
「だからいらないって。全額教会の運営に当ててくれよ」
「にっ、そうだよ。いつもならお金持ってる人には目の色変えてタカりに行くじゃない」
「さすがの私も大金となるとビビるんだよ!?」
気持ちはわかる。俺も幼馴染に小銭をたかったこともなくはないが、大金を借りるとなるとさすがに背筋が伸びたものだ。
大金は人の意識を変えるのである。
「何度も言うけど、そのために大会に出たんだ。受け取って貰えないと苦労した意味がなくなるから受け取ってほしいな?」
「う、そう言うなら……ありがと」
気後れしながら大量に金貨の詰まった袋をアリスが受け取る。
やれやれ、これでようやく目的を果たせた。
…………そういえば俺が王都に来た目的なんだったっけ?
何か大事なことを忘れてる気がするが、まあ思い出せないならそれほど大事なことじゃないだろう。
「あ、それじゃあ、こっちは俺が貰っていいかな?」
腰に下げた小袋に入っている物品を袋から取り出してアリスに見せる。
物品とは紋章のような細緻な彫り物が施されたシンプルなデザインの腕輪だ。
「ああ、優勝賞品の古代遺物……まあ、売って金にすればしばらく教会の運営は安泰だけど、それは賞金だけでも十分だし、いいわよ」
「すまない、そのうち借りは返すから」
「あんたが優勝して勝ちとったもんでしょうに。借りっていうならこっちの借りなんだけど?」
「あはは……本当はこっちを売ったお金も寄付したかったんだけどね……」
大会優勝賞品の古代遺物、賞金と一緒に大会運営から俺の手に渡されたものだ。
システムウインドウを使って調べたが、どうやらこの装備は身に付けると身体能力、特に素早さを大幅に向上できるようだ。
その効果自体には興味はない。聖剣を使えば同様のことができるのだから効果そのものには価値は感じない。
これを手元に残しておこうと考えたのは別の理由がある。
【牙ノ証】
伝説に語られる最強の武闘家が使用した腕輪。魔仙タンロウを倒し世界最強の称号を得た証。
使用者の身体能力を増幅し、素早さに更なる補正をかける。
伝説級古代遺物。この装備は契約者である勇者以外に装備はできない。
『ロイス・レーベン:装備可能』
これである。
運営によると誰も装備できなかった為に客寄せの賞品に使われたらしいこのアイテムの装備可能者に何故か俺の名前があるのである。
つまりはそういうことだ。
これはルクスと同じ、かつて俺が使っていた装備の一つなのだ。
少なくとも聖剣もこの腕輪も、使った俺の生きた世界はここではないはずだ。聖剣に関しては確認したから断言できる。
にも関わらず、この世界にあるとはつまりそういうことだ。
――――ルチアス、上司に怒られても知らんぞ。
正直、《スキル》を使うと前世の記憶の影響を少なからず受けるのであまり使いたくはない。
ないのだが、あれば助かる状況はいくらでもあるだろう。
と、いうわけでこれをアイテムインドウに隠れて突っ込んでおこう。
「あんたが優勝して勝ち取ったんだから好きにすればいいさ。ああ、でもそうさね。ロイスがそれを付けたところは見たいかな?」
「…………え?」
「にっ!ユウも見たい見たい!きっとカッコいいよね!」
「私が手が届かなかった伝説のアイテムを、私にできなかった優勝を果たした男がつけてるところは見たいって話さ。男前なとこをと見せとくれよ」
それはそう。アリスは俺の事情など知らないし、それ自体は普通の考えだ。男前云々はさておき。
アリスには恩義がある。断るのはバツが悪い。ついでにユウも見たがっている。
「わ、わかった……見せるよ」
大丈夫だ……身に付けるだけなら記憶の汚染は起きない。
事実、ルクスを手に入れた時も大きな問題は無かった。
記憶を意識して引き出すか、記憶を強く刺激するようなナニカを見なければ大丈夫だ。
すぐに外せば大丈夫のはず。
「じゃあ、つけるぞ…………よい、しょっと……」
カチャリ
腕輪を利き腕に装着する。
精神に、いや魂にスイッチの入る音がする。あるいは鍵が開く音か。
《スキル》が発動したことを体でも頭でもなく、魂が理解する。
脳裏に物語の絵巻のように、一人の男の人生がダイジェストで流れていく。
いわゆる中華風の世界、ある伝説の武術の老師に継承者として見出されて育てられた一人の男の話。
伝説の武術を継承した男は、やがて世界を闇に沈めようとする魔仙との戦いに身を投じる。
「………うん、どうかな?」
「いいねえ、似合ってるよロイス。さっすが優勝者だ。心なしか男前になったんじゃない?」
「にい!かっこいいよ!」
それは多分、前世の記憶の影響だろう。魔王を倒した記憶すらあるのだから勝手に自信も付くというものだ。
レナ戦でかなり力を使ったから性格が少しばかり近づいているのだろう。
ともあれ、意図的に記憶を引き出さなければ《スキル》が精神に与える影響はあまり無い。
そのままなら絵巻を読んだようなものだ。面白い本を読んだくらいの影響しかない。
(よし、影響が出る前に外そう……)
「にっ………ごめん、お兄さん。もうちょっとよく見せて」
「おっと……」
ユウが腕輪を外そうとする俺の手に抱き着く。
別に子供のユウが抱き着いたところで重くもないのだが、急に飛びついたからバランスを崩しそうになって危なくなってユウを抱きかかえる。
***
オレの武術、天狼拳は一子相伝の武術。
それ故に継承者は常にただ一人。
それを決めるのは、老師が選んだ才能ある弟子の中からただ一人、もっとも才能あるものが選ばれる。
今代の継承者候補は二人、一人は赤子の頃に老師に拾われ育てられたオレ。
そしてもう一人、同じ子供の頃に老師に拾われ、オレと姉弟のように育てられた姉弟子だ。
その姉弟子とオレが道場で向かい合う。
「お前にゃ継承者の座は荷が重い。勝てば世界の秩序を守る為に身を捧げるのが天狼拳の掟だぜ。俺がやる」
「そりゃねえよ姉さん。オレだって老師の弟子として修業を積んできたんだ。はい、そうですかと継承者の座はやれないさ」
対峙する姉弟子は雑にざんばらにしているにも関わらず美しい青髪を持ち、この世界ではさして珍しくもない獣の特徴として猫の耳と尻尾を持つ。
ちなみにオレは狼の耳と尻尾を持つが、それはどうでもいいだろう。
歳はオレの二つ上、身長も頭一つ高い長身。なにより鍛え抜かれているにも関わらず、その体はモデルのように細い。
それでも彼女の実力は高いのはよく知っている。腐っても姉弟子だ、実力は俺と伯仲している。
「にひひ、百年早ぇよ。この前まで小便漏らしてた糞餓鬼め」
乱暴な言葉使いで流派の構えを取る姉弟子。
ここから先は言葉はいらない。いつだってそうだ。
共に武術の老師に育てられた二人は、拳で続きを語るのだ。
「俺が勝ったら継承者の座はもらう。お前は武術をやめて里に下りな。魔仙退治は俺がやる」
「じゃあオレが勝ったら姉さんは嫁にするぞ」
「にははははっ!一度でも俺に勝ってから言えよ!」
二人の拳が交錯した。
この物語の続きは簡潔に言うなら、男が真の力に目覚めて姉弟子を下し、天狼拳の継承者となる。
そして姉弟子と想いを通じ合わせ、共に旅に出て魔仙を打ち倒すことになる。
やが二人は小さな里を開き、大勢の子供に囲まれた生涯を送ることになるのだった。
***
「あああああああああああああああああっ!?」
「にぃっ!? どうしたのロイス!?」
なんだこれ?
言うまでもない、これはエウレアの時と同じだ。
前世の記憶を刺激するナニカを見て、触れてしまったことで俺の魂の扉が開いてしまった。
だが、これは不味い。とても不味い。
アルーシャの時以上に不味い。
(俺はロリコンじゃない!……ロリコンじゃないんだっ!?)
どうしよう、俺……ユウのことが好きになってしまった。




