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天才、美月の苦悶に俺はオタオタしたのだ‼

俺が家に帰ると美月が朝食の準備をしていた。目玉焼き、トマト、茹でたアスパラガス、スライスチーズがのっているトーストとバターが塗ってあるトースト、それにブルーマウンテンコーヒーのメニューだ。

 俺は帰宅の挨拶をして手を洗い食卓の椅子に座った。そして白い皿にのってあるトマトを口にした。トマトの甘く酸っぱい水分が口の中に広がり俺はホッとした。斜め横の椅子に座っている美月の白い右手が俺に額にそっと触れた。

「んー、お兄ちゃん、熱はないみたいだね」

「ああ、どうした、美月?」

「うん、お兄ちゃん、かなり疲れているみたいだから」

「そうだなぁ、疲れているかもしれない」

「幽霊さんになった坂下昇君がお店に来たの?」

「うん、まあ、そういうことだ」国民的人気を誇るあの小さな名探偵並みの推理力だ。

「坂下君とは二週間前に大学のキャンパスで出会ったの。彼がコンタクトレンズを落として困っていたので探すのを手伝ったのよ。その辺りのことは、彼がいろいろ話したでしょう」

「うん、奴はよく喋った」

「坂下君が一生懸命自分のことを話してくれるので、私も名前だけは伝えたの」

「うん・・・」俺は目玉焼きやアスパラガスを食べながら、コンビニエンスストアでアレコレと話していた坂下昇を思い出した。

「やはり自分と少しでも接した人が殺されたことは悲しいし正直怖い気持ちもあるわ。お兄ちゃん、私は坂下君と一度だけ話したけど、その時に彼は生きていくことが危ういと感じたの。彼が殺されたからそう思った、後付けの感情かもしれないけど」俺は溶けたスライスチーズがのってあるトーストをモグモグ食べながら聞いていた。それから急いでコーヒーを飲んだ。

「坂下は何か持病があって弱弱しく見えたってことかな?」俺は三文芝居を演じている坂下を思い返した。

「坂下君は持病があるといった感じはしなかったわ。逆にとても元気そうだった」

「うん」

「何と言うのかな? 抽象的で悪いけど生命力の脆さみたいな、命が強固でないというか・・・・・・。ごめんね、変な説明で。全然わからないと思うけど」

「いや、何となくわかるよ」俺がそう答えると美月の顔はパァーと急に白く輝くような光沢を見せた。それまでも美月はとても可愛いのだけど、その可憐さに美しさが加わったような変化を見せた。(あれっ? この変化って他の誰かにもあったような?)俺は一瞬そう思ったが、その疑問はすぐに消え去った。

「俺の感覚的な言い方だけど、稀に足が地についていない人が見える。その人は足、えーっと膝から下が見えにくくて体全体がフワフワしている」

「常用句の足が地についていないのではなくて、実際にお兄ちゃんはその人の足が見えなくて、それでその人はフワフワしているっていう印象があるのかな」俺がウンウンと頷くと聡明な妹は微笑みながら一口コーヒーを飲んだ。

「さっき美月が言った、命が強固でない人と何か繋がるような気がする・・・」俺も妹と同じようにコーヒーを一口飲んだ。

「お兄ちゃん、足元がぼやけた人はこの現実世界に上手く属していないのかもしれないね」俺はチャーミングな大学院生の見解に対し曖昧に頷いた。そして美月と一緒にいるといつものことだけど、先ほどまで重かった俺の頭はすっかり軽くなっていた。

 俺が二杯目のコーヒーを飲んでいると美月は食器を洗い始めた。

「美月、今日は研究室に行かなくてもいいのか?」

「うん、今日は土曜日だから少し遅れて行ってもいいの。あっ、それからお兄ちゃん、あのナイフを昨日の夜、お父さんに見せたの」

「ふーん、親父の奴、ビビっていただろ?」

「フフッ、そうね。あのナイフを一目見ただけで『ウワッ! 何じゃこれは』と尻込みしていたわ」

親父は多少の霊感があるので、霊もぼんやり見えるし悪意や恨みのしみついたモノとかも感知できる。しかし霊的なものが凄く苦手で怖がり屋の小心者である。隆雲寺住職、聖海という立派な名前があるくせに。親父の日頃の不埒な行いを見ていると「聖海」ではなく「性怪」という名前の方がふさわしい。

「それで親父はあのナイフをどうしたのかな」

「お父さんは申し訳なさそうに、私にお寺のご本尊のある近くにそのナイフを置いてほしいと頼まれたわ。ということであのナイフはお寺の本堂にあるの」全く俺の父はダメ坊主である。そしてあの黒くて妖しいナイフは美月に何の影響も及ぼさなかったようで、俺は心底ホッとした。

「・・・・・・美月、あのナイフは昨日の明け方に、ヨーコを切ったんだ」

「エッ! あのナイフで幽霊のヨーコさんが切られたの?」

「うん、よくわからないけどヨーコがあのナイフに引き寄せられたのかな? 美月にはジョージのケガで凄く世話になったし、幽霊のことなので俺たちで何とか処理した」

俺は学業や研究で忙しい美月にあまり迷惑はかけたくなかった。だけど何故か俺たち家族は美月にいろいろ頼ってしまっている。長谷川家で最年少の美月がややこしい家族たちの面倒な問題を嫌な顔もせずテキパキと処理してくれる。俺にしても今回の連続殺人事件は俺の変な能力が原因で関わってしまっている。事件に遭遇して幽霊になった奴らが俺のところに来てしまうからだ。

「ふーん・・・、幽霊さんをも切ってしまうナイフなの?」美月はピンクの唇に右の人差し指を当てて考えていた。彼女の脳は今、超高速回転して何らかの答えを探っている。しかし幽霊まで切ってしまう妖しいナイフを美月はよく平気で扱ったものだ。いくら美月に霊感が無いと言っても、彼女は感受性が豊かで感性も繊細で、だから血塗られた妖しいナイフから何かを感じたはずだと思う。しかしそのナイフを平然と扱えるということは、二〇歳の美月はひょっとして誰も理解の及ばない複雑な力を持った人間なのかもしれない。

 しばらくして美月の脳に向かっていたエネルギーが外に放出されだした。美しい銀色の瞳が深く黒っぽい色から白っぽい鮮やかな色へと変わっている。

「お兄ちゃん、前に大学のお友達から面白い本を借りたよね。確か『霊の質量とエネルギー』みたいな題名だったと思うのだけど」

「んー、そうだっけ? 俺、そんな本、借りたかなぁ」

「お兄ちゃんといつもお話をするお友達で、その人の話し方が貴族っぽいって言っていたわ」

「アッ、早川さんか。そういえば早川さんが大好きな北山大悟教授の本を彼女から借りたな。俺も教授の講義好きだから。でも内容はほとんど覚えていない。俺、ちゃんと読んだのかな?」

「その北山教授は私たちが通常暮らしているこの三次元空間と霊的なものが存在する三次元空間のほつれみたいな空間―霊的空間があると主張していたと思うの。そしてある特殊な能力の持ち主は三次元空間と霊的空間の二つの世界をアクセスできると教授は言っているわ。ヨーコさんや坂下君は逆方向からこの三次元空間にアクセスしていると彼の理論ではそうなるの」ふむ、分かったよう分からないような?

「そしてジョージさんやヨーコさんを傷つけたナイフも両方の世界でその機能を発揮できる特殊な力をもっている。お兄ちゃん、その北山教授にこのナイフのことを調べてもらったらどうかしら? 何か力になってくれるのでは・・・」

「なるほど。彼の大ファンの早川さんもいるし、彼女もこの連続殺人事件には関心があるし。それに教授は俺たちのことをよく知っているからな」

「そうなの? お兄ちゃん、確か北山大悟教授は目が不自由ではなかったかしら?」

「ああ、そうだよ。美月はそこまで知っているのか。凄いな」

「・・・・・・」美月は珍しく俺との会話の途中で静かになってしまった。

「ねえお兄ちゃん、北山教授は一人で講義をしたり移動したりしているのかな?」

「いや、土田さんという女の人が助手として教授の世話をしている。藤井なんかは助手の土田さんが俺たちの講義中の態度をチェックして、教授に教えているんじゃないかって言っていたけど」

「そうなの・・・・・・」急に美月の歯切れが悪くなったので俺は驚いた。こんなことは美月を見てきてほとんどなかったからだ。会話中に話が途切れることは当然あるけれど、今回のように難しい表情を浮かべて真剣に思い悩んでいる妹を見たことはなかった。

「お兄ちゃん、さっき私が言ったこと、つまり北山大悟教授に黒いナイフのことを相談するってこと、しばらく待ってもらえないかな?」

「エッ? ああ、別にいいけど・・・でも、何故だ」

「私もよく分からないの、その理由が・・・。でもお兄ちゃんがあの妖しいナイフのことで北山教授と話すってことが良くないって・・・・・・急に・・・」美月は俺がこれまで見たことのない辛そうな表情をしていた。

「どうしたんだ? 美月。どこか痛いのか? 体の調子が悪いのか?」俺は激しく動揺し思わず左腕で妹の肩を抱いてしまった。

「大丈夫、体はどこも痛くないよ。ちょっと考え過ぎて・・・・・・」美月は俺の胸に顔をつけたまま深い呼吸を何度も繰り返した。

「私、考えがまとまらなくなって混乱したのかもしれない。変だね、一人で取り乱して」美月は照れ臭そうに小さく笑った。そして俺の胸から顔を離した。俺もそれと同時に左腕をもどした。

 美月はしばらく残り少ないコーヒーをゆっくりと味わっていた。そして何か納得したのかウンウンと小さく頷いた。

「お兄ちゃん、お願いがあるの」妹は真っ直ぐ俺を見た。

「う・・・うん、何だ」

「お店では、なるべくジョージさんやヨーコさんと一緒にいてほしいの」

「エッ? どういうこと? まあ美月に言われなくてもあいつらが勝手に俺に絡んでくるぜ。俺は仕事の邪魔になるから困っているけど」

「うん、そうだろうと思うけど、お願い」

「ああ、分かった」

「それからお友達の早川さんから北山教授の書いた本をできるだけ多く借りてくれないかな?」

「エッ? 美月。美月は専門書をたくさん読まなきゃいけないじゃないのか? 北山教授のオカルトっぽい本なんか読んでいる時間あるのか?」

「時間は何とかする・・・」美月は俺の左手を両手で握ってそう言った。

「分かった、早川さんに訊いてみる。だけど美月、無茶しないでくれよ。ちゃんと休んでくれよ。美月の唯一の欠点は無茶し過ぎるとこだから」俺は血のつながっていない妹のことだけは心底心配している。

美月は恥ずかしそうに微笑みながら頷いた。



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