コロシの現場に行くのだ、ワン!
「ハセガワサン、今日のニュースミマシタカ?」店に着くと案の定ジョージが三件目の殺人事件を話題にしてきた。
「ああ、見たよ。大谷翔平がまたホームラン打ったな」
「イッツ ショータイ! オーノー、チガイマスヨ。マタアノ公園でヒトガ殺されたジケンデスヨ」
「知ってるよ。ところで、おいジョージ、ヨーコの奴はまだ店に来ていないだろうな?」
「ハイ、マダ、ヨーコチャンは来ていませんヨ。ソレガドウカシマシタカ?」
「バカだな、お前。あの能天気な女もさすがに堀内公園殺人事件のことを聞くとナーバスになるだろ。ジョージ、お前、この事件のことはヨーコに話すなよ」
「デモ、ヨーコチャン、モウこの事件のコトシッテイルと思いますヨ」
「知っていても俺たちからその事件のこと聞かされるとヨーコだって嫌だろう」
「オー、ハセガワサンモたまにはイイことイウノデスネ。ビッグサプライズ!」相変わらず失礼な奴だ。何がビッグサプライズだ。俺は眼光鋭くこの無神経な外国人をギッと睨んだが、こやつはいつものようにヘラヘラ笑っている。
「きゃー! クモチャーン!」ヨーコがいきなり俺とジョージの間から現れた。
「わっ!」
「ワオ!」俺もジョージもビックリして一瞬体がのけ反った。
「クモちゃんはやっぱりあたしのことぉ、とっても心配してくれるねっだワン。クモちゃんひょっとして、あたしにラブ?」ヨーコはそう言うと頬を紅潮させ厚めの唇を突き出し肉付きのいい体をクネクネさせた。俺はこの能天気な幽霊女を心配したことを深く後悔した。
「ヨーコ、いきなりレジの奥に現れるな! 仕事の邪魔だしビックリするだろ」
「エーッ、いいじゃない。お客さんいないし、あたし邪魔しないよ」
「俺は邪魔になるんだよ」
「僕はジャマニナリマセーン。ハイハーイ」ジョージは小学生が挙手するように元気よく右手を上げた。
「あたしも邪魔になりませーん。ハイハーイ!」おバカが二人でアホなことをしている。俺は怒る元気もなくなり冷やかな視線を二人に向けた。
「クモちゃん、お客さんだよ」ヨーコは一瞬のうちにイートインスペースに移動した。
「いらっしゃいませーぇ」
「イラッシャイマーセ」俺とジョージは入店したお客に声をかけた。常連客のポロシャツ男だ。彼のファッションは二つしかなく、暖かい時期はポロシャツで寒い時期はくたびれた茶色のブレザーである。いつものように弁当とカップラーメンを手に取ってレジに来た。彼は千円札を一枚受け取り皿に置いた。俺は二百五十円のおつりとレシートを受け取り皿に置いた。ポロシャツ男は黙って硬貨とレシートを取り俯きながら出て行った。彼は一年半くらい前からこの店に来るようになったが、これまで俺と話したことも目を合わせたこともなかった。そしてあの騒がしいジョージですら、このポロシャツ男と話したことがなかったのだ。年がら年中、おバカなことを言っている奴らもいれば、話すことは下品なことだと言わんばかりに沈黙を守っているポロシャツ男もいるということは、俺に人という生き物は千差万別なのだと改めて教えてくれる。
そんな感慨に耽りながらイートインスペースを見ると、相変わらずジョージとヨーコが柴丸をあやしながらヘラヘラきゃきゃと話している。俺は少しムカッとなり奴らの傍に行った。
「おい、ジョージ、何遊んでるんだ! 仕事しろよ」
「ハセガワサン、僕はアソンデイマセンヨ。ヨーコチャンカラ仕事二カカワルオハナシヲ聞いてイタノデス」
「何だよ、仕事に関係する話って。ヨーコ、万引き犯でも見つけたのか?」俺は奴らに疑惑の眼差しを向けた。
「そんなことではないのだワン。クモちゃん、今日のニュースでぇ、堀内公園でまたコロシがあったワン。あたしと同じように、キャンキャン」
「あっ、ああ・・・」こいつ刑事のようなこと言ってる。
「たぶん、そのコロシのガイシャの男の人、しばらくするとこのお店に来るんだワン」
「エッ、そうなのか」俺はヨーコが話していることの重大さと、ワンワンモードのお気楽さの落差に動揺した。
「でも、どうしてその殺された男が幽霊になって、このコンビニに来るんだ? この街で毎日亡くなっている人は結構いるぞ」
「ハセガワサン、コロサレタ人ダカラ幽霊二ナルノデスヨ、ネーッヨーコチャン」
「クモちゃん! そんなの常識なのだワン。クモちゃんは相変わらず鈍いのだワン」何故こいつらは重大な話をふざけて喋れるのだ? それに俺は事故死や自殺した幽霊たちにも結構会っているぞ。
「だけどどうして殺されて暫く時間が経ってからこの店に来るんだ? 死んだらさっさと来ればいいのに」
「ハセガワサン、幽霊のオトコニモ興味ガアルンデスネ」
「ジョージ、それはどういう意味だ?」
「へーぇ、やっぱりクモちゃんは男性にも興味があるんだぁー、ワン!」
「うるさいな! マジメに聞け。どうして幽霊は自分が求めている場所―例えばこの店に直ぐ来ないのかなぁってことだ」俺は奴らのペースに巻き込まれないよう冷静に話を続けた。
「それは自分が死んだことがなかなか分からないからだワン。自分がこれから死ぬぞーっていう人ほとんどいないでしょ。あたしの場合も突然理由もなく殺されたら訳わかんないし。それに何故か死んだ場所に囚われていたの・・・、だワン」
「・・・・・・」俺とジョージは黙ってヨーコの話を聞いた。さすが幽霊の話だけあって人の死んだ後はどうなるのか、その中身は説得力がある。
「それに時間の感覚がなくなるの・・・」確かに幽霊は夜勤だし? 規則正しい生活はできないだろう。
「ハセガワサン、コンドノ休日二レイノサツジンゲンバ、イッショニ行きませんか?」
「エッ、どうしてだよ?」
「ヤハリ今回のサツジンジケンモヨーコチャンノジケンと同じでしょ? コロサレタ男の人のユーレイトアッテ話ができたらヨーコチャンヲコロシタヤツヲ捕まえるテガカリ二ナルカモシレマセンヨ」ジョージは急にFBI捜査官のような口調になったので俺は別人かと思い瞼をパチパチさせた。奴の顔もヘラヘラと弛緩しておらず、キリリとしてカッコ良さげだ。そういえばこの店に入った強盗をスピンキックでノックアウトした時もキリリとした締まった顔だった。こいつ、多重人格者か?
「今度の休みかよー。何故か分からないけど、その男の幽霊はこの店に来るんだろ。その時でいいじゃないか、話を聞くのは」俺は休日ぐらい、ゆっくりと本を読んだり好きなジャズを聴いたりしたいのだ。
「コウイウコトハ、善は急げデス」
「面倒くさいなあ」俺は好きで幽霊と付き合っているわけではない。
「エーッ、クモちゃん、あたしたちと一緒に行ってくれないのーっ。ジョージは可哀そうな女の子のために危険を冒してホシをあげようとしているのにィ」こいつ、刑事ドラマの見すぎだろ。
「オー! ヨーコチャンモ行くのですか? コワクナイデスカ?」
「怖いけどーっ、ホシをあげるためには勇気を奮って行くのだワンワンワオーン!」うるさい幽霊だな。
「ヨーコチャンハこのお店のために、イッパイコウケンシテいるのに、ネーッ」
「あたしもジョージも、このお店のためにいっぱい貢献しているのにネーッ、だワン」貢献? この二人がこの店に貢献している? 迷惑の間違いじゃないか? しかしこいつら能天気コンビに軽蔑の眼差しを向けられるとあっては俺のプライドが許さない。
「分かったよ。ジョージ、今度お前と休みが合うのはいつだ?」
「四日後デス!」
「こういうことだけは頭が回るな」
「キャー、ジョージ、賢い―ッだワン」
「ワンワンワン!」柴丸も何故か尻尾を振り振り、吠えながらハアハア言っている。