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美月は第三の殺人を予見した

「おかえりなさい、お兄ちゃん。今からトーストを焼いてコーヒーを淹れるね」

家に帰ると妹の美月が朝食の準備をして待っていた。俺は居間に紺色のデイバッグを置いて冷蔵庫からバターとマーマレードジャムを出した。コーヒーメーカーのトリップにお湯が注がれモカブレンドの香りが部屋に広がった。「チーン!」とオーブントースターが鳴り美月はトーストを二枚取り出してバターとマーマレードジャムを手早く塗った。俺は黒いカップにコーヒーを入れ、妹の赤いマグカップにはミルクを少し注いだ。

「じゃあ、食べよう、お兄ちゃん。いただきまーす」四歳年下の妹の爽やかな声が俺の耳に優しく入ってきた。俺は彼女の声に誘われるようにトーストを口に入れた。少し焦げたトーストの香ばしい香りとバターの濃厚な甘さが舌の上で混じった。モグモグとトーストを咀嚼して飲み込みコーヒーを飲んだ。そして一息ついた。

「お兄ちゃん、お店で何かあったの?」美月はマーマレードジャムがのったトーストを手で丁寧にちぎりながら訊いてきた。

「うん、まあ、ちょっとな」

「ヨーコちゃんに何かあったのかな」美月は異常に勘が鋭くかつとても聡明だ。飛び級で大学院に入り大学の研究所に通っている。量子力学とか時間論とか俺には理解できない学問研究をしている。

「うん、まあな」

美月はコーヒーを味わいながら悪戯っぽい銀色の瞳で俺を見つめている。妹は霊感の持ち主ではないと思うけど、いつも俺の話を興味津々の表情で聞いてくれる。どうしてだろう?

「ヨーコが固まったんだ」

「ふーん、幽霊さんでも固まるんだ。どうして固まったのかな?」

「ヨーコもその原因はよく分からないって言っている」美月の淹れた美味しいコーヒーを俺は味わいながら先ほどまでのことをぼんやりと考えた。

「ねえ、お兄ちゃん、今日ヨーコちゃんに変わったことなかった?」

「変わったこと? あいつはいつもと同じように能天気だったからな」

「フフッ」美月は何故か小さく笑った。

「あーっ、あいつ、また子犬の幽霊連れてきた、豆柴だけど。あっ、それからヨーコが固まる前にスーツ姿の男と化粧の濃い女の客が入ってきて、そこから何か変な感じになったとか言っていた。そこらへんはあまり要領を得ない話だったけど」

「そうなの・・・」美月はイチゴを齧りながら何か考えていた。俺の眼には妹の脳が高速回転するのが見える。

「お兄ちゃん、一年半前にマー君がお兄ちゃんのお店に来たよね。五歳の男の子。堀内公園で殺された。そして六か月前にヨーコちゃんも同じ堀内公園で殺された。二つの事件はまだ解決されていないでしょう。それからお兄ちゃんの話を聞くとヨーコさんが連れて来る動物の幽霊も増えてきているのではないかなぁ?」

「ああ、あいつは動物好きだからな」

「そういうこともあると思うけど、一つはお兄ちゃんを頼ってお店に来るような気がするの」

「エッ! 俺を。幽霊が頼って来るのか? でも俺は坊主じゃないぞ」

「フフフッ、お兄ちゃんはお坊さんじゃなくても、彷徨っている霊を助けてあげることはできるでしょう?」最先端の理論物理学を研究している人間がこんなことを言うとは不思議だったが、それも美月の良いところだ。でも美月がジョージやヨーコのようになったら・・・と考えたら背筋に悪寒が走った。

「どうしたの、お兄ちゃん。寒いのかな、カラダ大丈夫? 疲れていない?」この言葉、ヨーコとジョージに聞かせたいものだ。しかしジョージの奴は美月の大ファンだからな。あいつはよく美月のことを訊くし、俺の家に来るときも「美月チャンはイマスカ、イマスカ?」とギャーギャーうるさいし。やはりあいつらを美月から隔離しておこう。

「いや、大丈夫だ。ちょっと変なコトを思い出しただけだ」

「そうなの・・・。お兄ちゃんは生きている人の対応と、幽霊さんたちのお世話もしなきゃならないのだから大変だよ。このあと、しっかりと休んでね」

「ああ、わかった」俺は不愛想に答えたが美月はニコニコ笑っている。だが妹は急に少し険しい表情になった。

「一年半前のマー君の事件、そして半年前のヨーコちゃんの事件、それから最近の動物の幽霊さんの増加・・・、私には良くない傾向に思えるの」

「良くない傾向って何だ?」俺のカップに入ったコーヒーはあと少ししか残っていなかった。

「お兄ちゃん、コーヒーのお代わり、いるでしょ」美月はコーヒーメーカーから俺のお代わり分をカップに注いだ。

「第三の殺人事件が起こらなければいいけど・・・・・・」美月は俺の眼を見ながら言った。

「うーん、確かに殺人事件は増えているけど、また同じ地域で同じような事件が起こるかな?」

俺は腕を組んで考えた。確かにマー君もヨーコも頸動脈を一かきで切られて死んでいる、ある意味猟奇的な殺人だと言える。犯人の手掛かりはなく迷宮入りしそうな状況だ。またマー君もヨーコも何故か夜に人目のつかない場所に行って殺されていて謎の事件とも言える。美月が言うようにマー君とヨーコの事件は一致点が多くて連続殺人の可能性はとても高い。だけどそのことと動物の幽霊が増えたこととどう関連するのか? 俺には美月のような明晰な頭脳もないので、よくわからないし、だんだん眠くなってきた。

「ごめんね、お兄ちゃん。疲れているのに変なコト考えさせて。ちゃんと眠ってね。私そろそろ大学に行かなくなくちゃ。最近、ちょっと忙しくて。あっ、食器はほっといておいて。私が帰ってからまとめて洗うから」美月はそう言うと立ち上がり、いつものように俺の顔をぎゅっと抱きしめた。バラのような香りがして、ブラウス越しに彼女の柔らかな胸の感触が頬に伝わりに俺の頭がカーッとなる。そして俺の左頬にチュッとキスをして「行ってきまーす」と名残惜しそうに家を出て行くのだ。

これが普通の兄弟なら「お兄ちゃん大好き可愛いい妹」みたいなライトノベルの登場人物になるかもしれない。だが俺と美月は血が繋がっていない。だからややこしいし、俺は美月に対してどう接していいのかずっと深く悩んでいる。そう考えるとヨーコとジョージの能天気コンビと付き合う方が、俺は気分的に楽なのかもしれない? しかしあいつらの弛緩した顔が脳裏に浮かぶと、俺はブンブンと頭を振ってその考えを否定した。

俺がそんなことを考えていると、美月の操る深紅のフェアレディZのエンジン音が響き、そして徐々に遠ざかっていった。



午後三時に目を覚まして、のそのそとテレビを観ながら食事の準備をしていると嫌なニュースが入ってきた。この街でまた人が殺されたのだ。遺体が発見された場所は堀内公園で殺された人は若い男性ということだった。

(美月の言った通りだな)俺は少し呆れながら、電子レンジで温めたバジルソースのパスタを口にした。嫌な事件が起こっても好きなものは美味しく食べられる。俺はそんな自分があまり好きでなかった。


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