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酔っ払い七海さんからの電話


 北山教授の最後の言葉で、すっかり機嫌よくなった早川さんとは大学構内で別れた。俺は大学近くのコンビニエンスストアでミックスサンドイッチを買った。そしてその店のイートインスペースでそのサンドイッチを食べ、美月の淹れてくれたアイスコーヒーを飲んだ。それから先ほどの北山教授との研究室での会話を思い出した。今の俺には北山教授の話は腐った政治家の台本演説のように聞こえた。彼の心地よく響く低い声で形作られる言葉は説得力もなく欺瞞に満ちていた。早川さんはそんな北山教授を熱烈な信者のように信仰している。

俺が不思議に感じたのは北山教授と早川さんとの距離感だった。あれほど教授を熱烈に支持している早川さんを北山教授は一定の距離を置いて、そこから先には絶対に入れようとはしていない。逆に反抗的な俺に対し親しみを感じている様に振舞っている。北山教授の理論によれば、俺が彼を殺人者だと思っていることもお見通しのはずだ。だが北山教授は俺が彼のとても親密な仲間になると予言している。わけが分からなかった。

疲れた頭を抱えた俺が夕食を済ませた頃、スマートフォンに通話を知らせる着信音が鳴った。

「ハーイ、雲海クン元気―ィ?」七海さんの勢いのある声が聞こえた。俺のどんよりと曇った頭に風穴が開いた。

俺は彼女のことをお母さんとは呼ばず、いつも七海さんと呼ぶ。大らかな七海さんは全然気にしていない。

「七海さん、ライブの打ち上げですか?」彼女の周りから賑やかな声も聴こえてきた。

「うん、そう。なかなかいい感じのステージだったのでお酒が美味しいわ。地方に行くとその土地の銘酒が飲めるので嬉しいーッ。イエィ! 芋焼酎お代わりー、お願いぃ」七海さんは酒豪である。

「それは良かったですね・・・」俺は酒をほとんど飲めないが、美月は美味しそうにスコッチウイスキーを飲む。

「もう少しで地方都市ツアーも終わるから、またみんなで飲もう。雲海ちゃん、私が鍛えてあげるからね。デエへへー」

「七海さん、家に帰って来るのはうれしいけどお酒の指導はお手柔らかにお願いします」

「ダーメ。そんなんだと美月と楽しくお酒が飲めないじゃないかぁ! 雲海!」

「美月はそれほどお酒を飲まないと思うけど?」

「雲海お兄ちゃん、ヒック。私の可愛い美月はねぇ、あなたとーぅ一緒に飲むお酒がぁ一番美味しくって楽しいってぇヒック、言っているのよぉ、分かるうー?」酔っ払いだ。

「あっ、ハイ、分かります。分かります」俺は何故か頭をペコペコさせながら答えた。

「よろしい! アーッところで雲海クン。最近また幽霊絡みの事件に巻きこまれているのだって? 大変だネーッ。美月も心配していたぞ」

「ハイ・・・。俺も好きで関わったわけではないけど、何故か巻き込まれてしまうので・・・」

「しょうがない! 幽霊に好かれる体質だからなーっ君は、アハハハ―ッ。諦めろ!」無責任な母親である。

「今回はなに―ッ、殺人事件からみでヤバそうだが、大丈夫だぁ! 私の可愛い美月がついている。安心しろっ!」そうなのか?

「でも美月にいつも迷惑はかけられませんよ。美月は専門の研究で忙しいのに」

「あーあ、雲海ちゃんは何もわかってないにゃー。どうせまた美月に『こんなことしてくれて悪いなあ』とか『負担にならないのか?』って言ってるだろ。おい、もっと焼酎くれ! あっ、すまん。ねぇ、雲海クン、私の可愛い美月は天才だぞ。分かってる? 君分かってるのか?」

「あっ、ハイ、分かってます」

「美月はねぇー、我々凡人と違ってね、彼女の脳は並列処理ができるのよー。分かるかにゃ、雲海青年!」

「へーレツショリですか?」

「やっぱり知らにゃいのかぁ。へーレツ処理とはぁ、一度に数個のことを処理できる機能のことだぁ。美月の素晴らしい頭脳は専門の研究をちゃんとしつつ、大好きな雲海お兄ちゃまのことも一生懸命考えることができるのだよん。分かったかなぁ?」

「あ、はあ。何となく・・・」

「雲海クン、君と美月は一応兄弟だからぁ、君はぁ美月にいろいろとぉ配慮をしてくれている。うんうん、それはありがたいよぅ。でもねぇ、もっと自分の感情に素直になってもいいと思うぞ、私は。ヒャハハー。スマン、お代わり・・・くれ!」

「素直ですか」

「そう、素直ににゃりなさい。うんうん、素直に」

「・・・・・・」

「まあぁーねぇ、君が幽霊に好かれブインブイン振り回されているってコトはぁ、わたしはぁ、良いことだと思うぞーッ、うん」

「そうですか?」俺はまずヨーコと坂下の顔が浮かんだ。

「うん、それには理由があるのだ。雲海君のソウルはぁ、ウッーッ、複雑でぇいろんなモノを受け入れやすくてぇヘナヘナしていてぇ、でも美しい・・・・・・ウン、ビューティーホーだ。だから悲しい幽霊さんもよってくるし、可愛い美月も惚れちゃうわけだ」

「はい・・・?」

「ウーッ、久しぶりにぃ君のヘナヘナ声、聞いて、君は相変わらずのヘナヘナなので、アハハ、安心したぁ」

「俺も七海さんの声聞けて良かったです」

「そうかッ! アリガト。じゃあな!」直ぐに通話は切れた。俺はしばらくスマートフォンの画面を見つめた。そしてステージで歌っているセクシィな七海さんの姿を思い出していた。



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