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「アノヘンテコな坂下クンガ、ヘンテコな生き物をツレテキマシタ」とヘンテコなジョージが言った。

 土曜日はいつもと違い四限目の講義から出るので睡眠不足だ。それに先日ジョージとヨーコの能天気コンビが負傷したし、勘違い幽霊坂下も現れたので精神的に疲れている。俺がいつも通り店に入ると二日前にナイフが胸に刺さった奴がヘラヘラ笑いながらやって来た。

「お兄様、アシタハニチヨウビデショウ。ミツキチャン二、ボクノ痛む胸のキズノショウドク、オネガイシマス。アッ、他のトコロモ消毒シテモラオウカナ。セクシィなトコロとか? グフフッ」開口一番、これだ。お前は脳を消毒してもらえ。

「ジョージ、もうその傷、治っているだろ」

「アイタタタ。ソンナァ、化け物ジャアルマイシ」化け物だろ!

「美月は明日も忙しいの!」

「ホントですかぁ?」

「最先端の学問研究に休日はない」

「デモお兄様」

「俺はお前のお兄様じゃない! 止めろ、その気色悪い言い方」

「じゃあハセガワサン。・・・ダケド、ミツキチャンホド賢かったらジブンノジカンヲ作れるでしょう? ホントハ家にイルノデハナイデスカ?」うっ、こいつはこういうことだけは頭が回るのだ。

 俺が言葉に窮していると入口の自動ドアが開いた。常連のポロシャツ男だ。けれども白いくたびれたポロシャツの上に水色のくたびれた薄手のジャケットを着ている! 相変わらずジーパンもくたびれているし、白っぽい運動靴もくたびれている。見事にくたびれ感で統一したファッションだ。渋い顔もくたびれている彼はコロッケ弁当とカップラーメンと麦茶を緑色のショッピングバスケットに入れてジョージのいる奥のレジへ移動した。

「ハイ、おつりデース」ジョージがポロシャツ男におつりを手渡しすると、無口な客はジョージをじっと見てそれから俺を見た。そして黙って店を出て行った。

「ハセガワサン、ポロシャツ男サンがボクヲジット見てましたよ」

「ああ、俺も見られた」

「それにジャケットヲ着ていました。麦茶モカイマシタ。コンナコト初めてデス」

「そうだな」

「今夜ハナニカ大変なコトガ起こるノデハナイデショウカ? 大地震ガ起こるトカ、ゴジラが東京湾にアラワレルトカ」

「うーん、どうかなぁ。ゴジラは現れないと思うけど」俺も何となく不吉な感じがしたが、危惧していることは起こらず時間は過ぎていった。

「ヨーコチャン、今日はオソイデスネ」ジョージはレジの後ろの壁にかかっている丸い時計を見上げた。午前一時を過ぎている。俺も奴の動きに誘われるように振り返って時計を見て、それから何かに引っ張られるように首が左に動き入り口の自動ドアを見た。

「ワァ!」俺は反射的にのけぞった。

 坂下昇が立っている。だが奴の様子が変だ。

「ドーしたのですか、ハセガワサン? ンン・・・、ワオ!」ジョージも大きくのけ反った。坂下は俺たちの反応が面白いらしく涼し気に笑いながら店に入ってきた。

「お兄様、ジョージさん、こんばんは」奴は異様なモノを巻きつけてイートインスペースに向かって行った。

「ハセガワサン、坂下クンのカラダニマキツイテイルノ、蛇デスヨネ?」ジョージの声が少し震えている。

「ああ、白蛇だ。それもかなりデカい。五メートル以上ありそうだ」俺は目を凝らして坂下の体の巻きついている白蛇を見た。その白蛇は俺の視線に気づいたのか、赤い目をこちらに向けて先の割れた舌をチョロチョロ出している。怖っ! ジョージほどじゃないけど俺も蛇は好きではない。坂下の奴、何故あんな不気味な生き物を連れて来たんだ。

「キャンキャンキャン」

「ん?」俺の足元から柴丸の声がした。

「クモちゃーん!」突然背中にヨーコの柔らかい胸の感触がした。俺は後ろから抱きついてきたヨーコの手を慌ててほどいた。そして振り返って嬉しそうな能天気幽霊を睨んだ。

「ヨーコ、ここから現れるなって前も言っただろ!」

「だってぇ、あたしとクモちゃんは遊星が引かれ合うようにくっつくんだワン」

「うるさい! 早くここから出ろ。邪魔だ」

「エーッあたしぃ邪魔しないよぅ。ネッ、ジョージ。うん?」

「ヨーコチャン、アノヘンテコな坂下クンガ、ヘンテコな生き物をツレテキマシタ」お前もヘンテコだろ。

「エッ、何々?」ヨーコは俺の横にくっついて、イートインスペースの隅の椅子に座っている大蛇に巻かれた坂下を見た。

「キャー!」さすがのお気軽女子高生幽霊も白い大蛇を怖がっている。

「ステキィーッ」好きなのか、大蛇が? ヨーコは急いで坂下の方へ走っていった。そしてあの大きな白蛇の頭をよしよしと撫で始めた。白蛇も気持ちがいいのか二つに割れた舌でヨーコの頬をチロチロとなめたりしている。俺とジョージは呆然とその様子を見ていた。

 午前二時になった。やはり客はパタリと来なくなった。

「クモちゃん、いつものコーヒーをお願ぁ―いだニョロ」やはり蛇モードになっている。

「雲海お兄様、僕はブラックで」坂下の甘えたような声に俺はゾゾゾッと寒気がした。しかしなぜか分からないが、奴の分までコーヒーを淹れてしまった。俺はヨーコと坂下の前のテーブルに恐る恐るコーヒーカップを置き、そしてコーヒーカップごと手をかざして霊化した。大蛇は凄い迫力なのだ。

「うーん、お兄様の淹れてくれたコーヒーは格別です」坂下は白蛇の舌が奴の顔の周りをチョロチョロしているのに美味しそうにコーヒーを味わっている。度胸があるのか鈍いのかそれともおバカなのか?

「ノボル君、その蛇さんとはどうして知り合ったのだニョロ―?」

「フフフ、それはですねえヨーコさん、今夜、目が覚めたらこの白蛇さんいました。っていうか僕の体に巻きついていました」お前、よくその状態で眠っていたな。

「ヒャー、ノボル君は蛇さんに愛されているのだニョロ」

「まあクールでハンサムな僕は蛇子さんまで好かれているのですよ」

「蛇子? この白蛇さんは雌なのニョロ?」

「だって僕を好いているから雌でしょ」

「エーッ、そうかにゃぁ。あたしは雰囲気として雄だと思うニョロ」

「いえいえ、雌に決まっています」お互い何の根拠もないが、一歩も譲らない低レベルのバトルだ。

「ジャア、性別評論家のハセガワサンに判断シテモライマショウ」いつの間にか俺の後ろにいたジョージが提案した。だけどこいつ、思いっきり腰が引けているぞ。

「雲海お兄様、性別評論家とは何ですか?」

「クモちゃんはねぇ、エッチなところを見て雄か雌かを判断するのが大好きだニョロ」

「乳房だけでなく生殖器も大好きなのですね」違う!

「ハセガワサンハ生殖器マニアデース!」

「蛇の性別判断は難しい・・・」俺は怒る気力も失せ力なく言った。

「さすがのクモちゃんも蛇男くんには興味ないのかニョロ?」

「意外デスネ。トコロデ、ボクモその蛇はフンイキカラシテオスダト思います。ハセガワサンハどう思われマスカ?」

「ハイハイ、その蛇はオスだ、オス・・・」

「クモちゃん、どうしたの? 元気ないニョロ」お前たちのせいだ。

「そうですか、雲海お兄様も雄だと言われるのならば仕方ありません。この蛇子さんを蛇男(へびお)さんと改名しましょう」

「オー、ヘビオさんハセンスないデス。ボクガグッドネーム思いつきマシタ」

「ジョージが考えた名前は何だニョロ?」

「聞いてオドロカナイデクダサイヨ。コノ蛇のナマエハ『スネークマン!』イイデショ?」俺は違った意味で驚いた。

「ブー! 駄目だニョロ」ヨーコが腕で×をつくった。

「蛇男とどこが違うんだ?」

「駄作ですね」

「クゥーンクゥーン」柴丸はジョージを見上げて悲しそうに鳴いた。

「オーマイガー!」それほど悔しがる名前か?

「クモちゃんは何かないニョロ?」ヨーコはまた白蛇の頭を撫でている。

「うーん・・・シロかなぁ」俺は適当に答えた。

「シロちゃんニョロ?」

「オー、ナイス」

「なるほど、そこは盲点でしたねぇ」見たまんまだけど・・・。俺を除く三人は顔を見合わせ大きく頷いた。

「この白蛇さんはシロちゃんに決定だニョロ!」

「コングラチュレーション!」

「さすがは僕の天使、美月さんのお兄様です」

 俺は改めてこの能天気トリオの知的パフォーマンスに相当問題があると確信した。

「ところでその大きな蛇は坂下の眠っている場所に来たのだろう?」俺はその大蛇を見てある疑問が浮かびつつあった。

「そうです。まあ僕の魅力は男女の垣根を越えますから。あと、シロ君は僕のお休みする場所の近くに住んでいたみたいです」

「分かるの?」

「何となくですが、そんな気がしました、お兄様」

「坂下が休む場所って堀内公園?」

「そうです、北の森です」坂下は真面目に答えた。

「あたしも、おネンネするとこは北の森ニョロ」俺とジョージは驚いた。ヨーコはこれまで自分の帰る場所、つまり休むところは言わなかったからだ。俺もジョージもそのことは訊くべきことではないと感じていた。そして彼女の休むところはおそらく殺人事件が起こった場所の近くだろうと俺たちは推測していた。

「あたし本当はアノ場所にはいたくないんだワン。でも気がつくと北の森にいるニョロ」

「坂下クンモ北の森デネテルンデショ。ドウシテデスカ?」

「僕が幽霊になったのは一週間前ですからね。やはり幽霊になったことがよく理解できなかったし、どうしていいのか分かりませんでした。さすがにクールな僕も混乱したわけです。あっ、でも殺された場所から囚われて動けなったみたいな・・・そんな感覚が残っていますね、何故かな?」

「アーッ! あたしもそれ分かるぅ。幽霊になった初めの頃、なんか地面にベタッと貼り付けられた感じがあったニョロ」

「うーん・・・坂下は犯人の顔知らないのか?」

「もちろんですよ! 知っていたら呪い殺してやる。それかできなかったらお兄様やジョージさんに協力してもらって犯人を逮捕するつもりです、絶対に。許せないです」

「あたしも犯人の顔見てない・・・・・・」悲しそうにヨーコは言った。柴丸がヨーコの膝の上に乗った。大蛇のシロがヨーコの体をグルグルと二回巻いて顔を舌でチロチロと舐めた。

「ハセガワサン、シロハ偉い蛇ミタイデス。柴丸もコワガッテイマセン」ジョージはへっぴり腰ではなくて真っ直ぐ立っていた。

「ジョージ、あの白蛇が怖くなくなったのか?」

「ボクガシンコウシテイル教義ニヨレバ蛇ハイマワシシイ怖い生き物デス。ダケド、シロは怖くないデス」坂下とヨーコに巻きついている大蛇は確かに狂暴さを感じなかった。シロが二人の幽霊をグルグル巻いている様子は、攻撃しているのではなく優しく抱いているみたいだった。

「ハセガワサン、シロの首のトコロヘンデスヨ」ジョージが白蛇の首のあたりを指差した。しかし首と言っても大蛇だからどこからどこまでが首なのか分からない。しかもシロは頭が三角形じゃないから猶更見分けにくい。

「ンーン、何処だ?」

「ヨーコチャン、口のウシロニ小さな穴アルデショ。そのシタニ切り傷アリマス」

「あれっホントだ―ッ。ここに綺麗に切られた傷があるニョロ。シロ可哀そうだニョロ。アレ?」

「ヨーコさん、どうしました? どれどれ、僕が見ましょう」そう言うと坂下はシロの首の傷を覗き込んだ。

「ウーン、それほど大した傷じゃないです、深くもないし。こんな傷で死んじゃったのでしょうか? シロは」

「でしょー、不思議だニョロ」

 俺とジョージも恐る恐るシロの傷を見たが、確かに坂下の言うとおりそれは致命傷とは思えなかった。だけどヨーコや坂下そして柴丸の幽体は無傷だ。マー君やニャン太郎たちも無傷の幽霊だった。そしてマー君、ヨーコ、そして坂下も鋭い刃物、おそらくはあの黒いナイフの一刀で殺されている。俺はそう思うとシロの致命傷に至らなかった傷が何故か不気味に恐ろしく思えてきた。



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