Extra03.とある魔女嫁の活動~村人は怒っています~
こんにちは、私はマリー・ルクツリア。
愛する夫と共につい十数日前まで半ば引退状態の冒険者だった魔導士よ。
それが妹が私と旦那の所に来た辺りから、事態が超展開だわ。
うん、正直ドン引き。
私とアルスの故郷、ルクツーを襲撃したのがキキスミに住む領主の私兵である事が正式に判明した。
何で正式にかと言うと、この度正式に『反逆者』の烙印を領主から村全体に押されてしまったからだ。
更に、何時の間にか私とアルスが首謀者という情報まで出回っている。
どこから漏れたのよ、私たちの情報。
そして何故私たちが首謀者?
わけがわからない。
これじゃあグダグダに話をにごらせてみんなの戦意がなくなった所で解散とか出来ないじゃないの。
まぁいいわ、こうなってしまえば私に出来る事と言えば逃げるか戦うか。
今更交渉でどうにかならないだろう……領主も領主の息子も。
と言うか、どうにかなるという可能性があればそれも選択肢に加わっていただろうし。
でも、それはない。
領主の息子は愚行を繰り返し、そして最悪の愚行まで犯した。
反逆者改め、反乱軍のメンバーは怒れる村人×150(そのうち戦闘員60、非戦闘員90)と狂える最凶の魔女。
そして最近流されっぱなしの魔導士である私と楽天家な天才剣士で私の最愛の夫であるアルスだ。
「これでどうにか出来る筈がないわよ…」
思わず執務机にぐだーっとへたり込んでしまう。
領主の軍は常時300の訓練された私兵がおり、戦時ともなれば傭兵も雇うし冒険者にも依頼が行くので最低で600近い兵力になるだろう。というかなる。
如何にお母さんが最凶で、私とアルスが冒険者として名を上げているからと言っても、これだけの敵を相手に戦えるはずもない。
いや、戦えるけど私達だけで殲滅してしまっては意味が無いのだ。
だって、自分達だけで勝って今以上に名が売れでもしたら私の目標である『アルスとのゆっくりライフ』が実現できないじゃない!……まぁ、反乱軍の副団長で実質指揮執ってる人間がもうゆっくり暮らせるとは思ってもいないけどね。
私とアルスは彼らが理性を失った暴徒にならないよう舵を切るのが役目だ。
母さん?いやあの人に任せたら、怒りのままに突撃し、後に残るのは一人の最凶の魔女と死山血河と化した荒野だけじゃない?
「と言っても初っ端から参ったわね、これは」
幾らうちの母さんと言う鬼札が居ても、補給物資の類は正直どうにもなら無い。
主に生活雑貨の類のことだ。
食料は森の中なので何とか見つけられない事もない。
武器とかは母さんの魔法で『練成』出来るので問題ないらしい。
ただ、武器防具は練成できても何故かそれ以外は練成できないらしく、微妙に不便だ。
あ、誰かが慌しくこっちにやってきている。
「副長!盗賊が襲撃を仕掛けてきました!
その数120!!」
「っ!!防衛戦闘準備!迎撃を行うわッ!
前衛攻撃部隊及び防御部隊を出撃させて待機!!
後衛陣地防御部隊は弓を持つ様に伝令!!」
私は一介の魔導師のはずなのに、何故かこんな指揮官の真似事をする破目になっていた。
って言うかアルス、団長は貴方なんだから指揮はあなたがとっ……たら戦線はグダグダね、間違いなく。
さて、先ず此処で私達の陣地に付いて説明が必要だろう。
私達の陣地はルクツーから程近いフェチャシュの森に少し入った場所に森を切り開いて、開いた土地に極光の魔女ことウチの母さんことアイリ・ウェアドの『錬成』という魔法によって大地を頑強で背の高い石塀と砦を作り上げた。
正直色々とずるいと思ったけど、この魔法のお陰で村のみんなが避難する場所を作れたのだから文句は言わない。
この陣地は守りが堅く攻め落とすのが難しいように作られている。
と、いうのも私とアルスが過去に依頼で攻め落とした一番落とし辛かった砦を模倣したものなのだ、此処は。
ここにいるのが極少数を除いてほぼ9割が普通の村人だ。
基本的に農業や商業、ものづくりに従事してた人々が殆どだ。
そんな人たちにいきなり戦えといって武器を持たせても、幾ら怒ってがむしゃらに切りかかったって敢え無く傭兵部隊に迎撃されるのがオチだ。
と、言うか実際嘗ての自分はそういう風にやっていた事もある。
そこで私達は……というか私はみんなに戦う為には先ずは戦い方を知れと力説したのだ。
そりゃウチの一家みたいに魔導師一家(父さんだけ猟師だったが)なら問題はない。
だけど普通の人は基本的に剣の振り方も、ましてや戦場の空気も生き物を殺す感覚も知らない。
いきなり萎縮されて潰走する様になったらオシマイだ。
と、言うわけでそれなりに戦闘の機会があるフェチャシュの森に潜伏し、部隊の戦闘能力を底上げしつつ来るべき日に備えていたのだ。
そして、訓練と魔物相手の戦闘を続けある程度実力が付いてきたので部隊分けが行われる。
剣と盾を持ち槍を背負う前衛攻撃部隊40人、指揮はアルスが行っている。
大盾を持ち弓矢を背負う、前衛防御部隊20人、指揮は母さんが行っている。
そして弓と火矢を持って陣地から支援攻撃を行い、陣地の防衛を行う後方陣地防御部隊非戦闘員全員は私が指揮を執っている。
本当なら私と母さんのポジションは交換した方がいいのだけど、母さんには実の所マトモな戦闘の経験はないらしい。
あるのは一方的な魔法攻撃による蹂躙のみだとか。
それなら前に出てもらって指揮を執って貰う方が良いってなモンである。
まぁ、この場合指揮をとるというよりもみんなの士気を上げて貰うと言った方が良いか。
「みんなおまたせ。状況は?」
私が辿り着いた先は砦の塀の上にある物見櫓兼矢倉の上だ。
この矢倉は塀を介して繋がっており、行き来は非常に楽になっている。
勿論、此処に相手が上ってきた時の対策はしてある…けどそれはまたの機会があれば説明しよう。
「敵盗賊団は前方から来てるわよ!
マリーちゃん、どうすんだい!?」
私の問いに答えたのはルクツーに住んでいた頃に近所に住んでいたベルおばさんだった。
「訓練どおりに何時もの場所を越えて攻め込んで来たら先ずは矢で相手の勢いを殺すわ。 その後は母さんとアルス達にお任せね。
そうそう、目の前のだけとは限らないから矢倉の全てに人員を直ぐに戦える状態で配置、人選はベルおばさんに任せるわ」
「それじゃあ他の矢倉に向かう人はあたしが選んでおくから、あんたは確りとみんなを勇気付けておくれよ!」
「任せてよ」
それから程なくして盗賊団がこちらの攻撃射程に入り込んできた。
「一斉射撃!撃て!!」
私が愛用の長杖を振り下ろすのと同時に全員が火矢を盗賊団に向かって撃つ。
そして私自身も。
この射撃の目的は相手に命中させるより、相手の動きを牽制して動きづらくさせるための攻撃だ。
矢は相手の中央よりも相手の周囲にばら撒かれ、良い感じに動きを鈍らせる事に成功した。
「情熱の炎よ、汝の炎で我が敵を焼き尽くせ!レイジングファイア!」
そして私の魔法で回り込もうとしている盗賊たちの道を塞ぐ様に火柱をいくつも発生させる。
その直後、狙っていたかのようなタイミングでよく通る、透き通るような声で詠唱が響き渡った。
『極光よ集え、我が前に束となりて大地をも穿つ力となれ!
オーロラ・バスター!!』
前衛防御部隊が相手を矢で足止めし。私の火柱で迂回路を塞いだ所に母さんのごん太の光の塊である極光魔法で敵本体を薙ぎ払い、半数近くを殺している。
極光魔法は虹色の光を収束して攻撃する閃光と熱の魔法であり、結論から言うと…かなり強力だったりするのだ。
そして極光の光に焼かれた盗賊達は一瞬で蒸発、その周囲は衝撃波で爆発を起こしてしまう。
燃える、ではなく蒸発。
つまり跡形も残らないし焼かれた地面はガラス化しているほどだ。
なるほど、過去の悪名に偽り無しとも言える威力だ。
……母さんがあんなトンでもない魔導師なのに、何で自分はそこそこ……中堅より上程度の実力なのか。
……私、母さんの敵じゃなくてよかった、本当に。
まぁ、それはともかくとして。
コレにより盗賊団は既に浮き足立って逃げ出そうとしている。
そしてその隙を逃す筈もなかった。
『野郎ども!敵の本体は総崩れだ!!
追撃を仕掛ける!容赦はするな!!
前衛攻撃部隊、突撃ー!!!!』
アルスが前衛攻撃部隊に発破を掛けて突撃を仕掛ける。
『おぉぉぉぉおおおおおお!!!』
『前衛防御部隊!弓を持って散らばって逃げようとする賊を討ちなさい!』
一人も逃がさない、そういう意思を母さんの指示から感じる。
確かに一人も逃がさない、と言うのは賛成だ。
準備期間中である今の内にもっと多く、もっと質の良い敵が来て貰っては困るのだ。
『ブォブォオオオオオ』
誰かが吹いたのか、というか何時の間に用意したのか誰かが角笛を吹いていた。
それが前衛部隊の士気を更に上げていく。
「あの角笛、誰が用意したの?」
「あぁ、あれはアタシの甥っ子の遺品だよ。
吹いているのはアタシの弟さね」
独り言のつもりで呟いた言葉にベルおばさんが答えた。
「弟っていうと……そっか、ゼンおじさんのお子さんか」
私が村を離れていた間にやはり色々なことがあったんだなと理解する。
ゼンおじさんは私が村に居た頃は独身だった筈だからその後の話だと。
そしてそれはこの間の襲撃によって蹂躙されてしまった事も。
「……ふぅ」
私は実質この団体の参謀だ。
感情に動かされてはいけない。
みんなの為の最善、それを選ばなければ。
それから暫くしない内に、前衛攻撃部隊の手によって盗賊団は殲滅できた。
村人達は、其々に色濃い疲労を表情に出している。
私と母さんとアルスは会議室の一室に集まって反省会をしている。
「みんなの様子はどうだった、アルス?」
「前衛部隊の大半がへばってるな。みんな実際の戦闘、特に『殺人』がよほど堪えてるようだ。
まぁ普通はそうだよな」
アルスはみんなが『殺人』に抵抗がある事に関して少し安心した様に言う。
何の忌避感も持たないよりは全然マシだけど、逆に忌避感が強過ぎて戦意喪失心身衰弱などという事になったら目も当てられない。
「母さんの方は?」
「こちらは特に問題無しね。弓に専念すれば特に問題ないし、そもそも弓や魔法を使えば殺人の感触は少ないものね。
私自身も久し振りだからつい手加減も出来ずに跡形もなく消してしまったけど……まぁ良いわね」
いや、良くないわよ。
確かに埋葬の手間が省けるけど、奴等の持ってた装備とか道具とかを剥ぎ取ればそれなりにお金になったはずなんだから。
とか思ってしまうのは冒険者時代に追剥の追剥や盗賊狩りをしていた賜物かもしれない。
そんなことよりも、みんなの精神面に気を向けたほうが良いか。
「アルス、みんなに宴を開くと告げて。
お題目は……そうね、初勝利記念って所かしら。
母さんは後方部隊のみんなに伝達よろしく。
出来ればお料理とかそっちの方面にも加わって欲しいわ」
「了解、いってくるよ」
「わかったわ、マリーはどうするの?」
「私は必要になりそうなものと各方面に出す手紙を用意しておくわ」
そういえば、エリーたちに一度も連絡を取ってなかったわね……。
直接手紙を送るのは流石に拙いから……誰かをギルドに送ってヴァンかピュコアのどちらかに手紙を渡してもらうようにしようかしら?
そうすれば二人に手紙はキチンと渡るでしょうし。
それに、エリーのことを任せたリョウ君は聞く限りではアルスに匹敵する……あるいはそれ以上の剣士の可能性がある。
彼にも何とか助力を願おう。きっとそれがいい。
まぁ、勧誘に失敗してもたぶんエリーと一緒にくるぐらいはしてくれるだろう、きっと。
一番最悪なのは、エリーが相手側に人質に取られる事なのだし。
私はそれだけ考えると羽ペンを手にとって早速手紙をしたためる事にした。